絡繰人形
古代文明は宇宙人によってもたらされたという説は冗談のように思われていたが、三十年前海洋国家ジパングに飛来した謎の金属板によって急激に信憑性が増した。その金属板には謎の文字が刻まれていたのだが、それは既に解読された古代文字と類似する点が数多くあったためである。その事によって自分達が一から文明を築き上げてきたと信じていた者は軽くショックを受ける事となったが、古代文字と類似するという事で解読し易いというメリットもあり、意外と簡単に解読する事ができた。
金属板を解読した結果、『至高の浪漫、大型二足歩行絡繰人形』という見出しが振ってあり、全高六メートル程の大きさのロボットの設計図が記載されているという事が判明した。それは出鱈目に書かれた物ではなく、姿勢制御や、関節の強化の方法、軽量化に適した材料の作成方法についてなど事細かに載っており、どれもこの時点では世界中何処を探しても無いものである。
そのため、この技術の悪用を危惧した研究者達は、金属板の情報を世間には公表しないという方針を決めたが、金属板は彼らの思惑とは裏腹に自動的にデータを世界中に流布してしまい、その後すぐ多くの国で絡繰人形は軍事目的で研究され始め、数年後には一部で運用され始めた。
当初二足歩行ロボットは戦車や戦闘機には歯が立たないと言われていたが、蓋を開けてみれば市街地では立体的で機敏な移動ができる事や、戦車の無限軌道では行く事のできない地形にも難なく到達する事などの利点が強みとなりなかなかの戦果をあげ、戦闘以外でも細かい作業に適しているということから、金属板が飛来して三十年近く経過した現在では民間でも広く使われる事となった。
ジパングでも当初は広く研究され使用されていたが、絡繰人形を使った犯罪が増え始めると面倒な手続きが必要な許可制となったり、絡繰人形の規格もパワーに制限が掛けられた物に限定されたりなど、規制に規制を重ねられているうちに警察予備隊と一部の民間人以外では誰も持たなくなってしまい、データの発信源でありながら現在その市場はかなり小規模となってしまっている。
一応その甲斐あって、絡繰人形を使った犯罪はあまり横行しなくなったがゼロになったわけではなく、仮に発生した場合は出撃に面倒な手続きが必要な警察予備隊や、だいぶ前にロボット犯罪対策課を解体してしまった警察ではなく、絡繰人形を所有している自警団が対応しているという状況であったが、団員達は操縦に殊更慣れているという訳でもなかったので事件が発生すると問題が長期化し易くなっていた。
ジパングのカミシモ工業地帯で工場を営むマツナガ・ショウゾウはこの不完全な体制に常々目をつけていた。
彼は所持を申請してある一機の他に、工業地帯の仲間と作り上げた機体をもう一機持っており、そちらの機体のテストをたまに発生する事件を利用して行いたいと以前から思っているのである。
そちらの機体はパワーに制限がかけられた既製品などとは違い、ショウゾウ達が十三年の歳月をかけて一から造り上げてきた機体であり、まだ試した事はなかったが現在警察予備隊で使われている機体に差し迫る程の性能を秘めているという目算であった。当然造るに当たって許可などはとっていない。
それ程の機体なので、造っているうちに齢五十近くになってしまった彼にはとてもではないが扱いきれず、たまに動かすきっかけになりそうな事件が起こっても絡繰人形を動かせずにいたのである。工業地帯の仲間も彼と大して年齢が変わらない者や、彼よりも歳上の者が多かったのでテストパイロットを頼む訳にはいかない。
(誰か適任者はいないものだろうか)
そんな事を考えていると、ショウゾウの元へ彼の弟から電話がかかってきた。
「うちの息子が春からそっちの高校に行きたいって言っているんだが、お前のところで世話をしてくれねぇか?」
ショウゾウは最初、
(そういえばもうそんな歳なのか、親元から離れたくなる年頃なのかねぇ)
などと感慨に浸っていたが、その甥に頼めばいいのではないかという考えが徐々に浮かんできたため、
「構わないが、少し家の事を手伝ってもらうかもしれんぞ」
と言った。本来絡繰人形の操縦は免許制で、十八歳以上、六十歳未満しかできなかったが、操縦する機体は元々許可を得ていないので毒を食らわば皿までである。
少し訝しんだものの、結局弟は承諾したため春からは甥がショウゾウのところへと来ることになった。
三月の終わり頃、ショウゾウの甥ハルトが到着した。
ショウゾウは普段家にはあまりいないので、二人は工場で久しぶりの対面となった。
「随分と大きくなったなぁ、おじさんの事覚えてる?」
「いえ、以前会った時はまだ五歳くらいの時だったと思うのであまり覚えていないです」
「そりゃそうだな、俺はまだしばらく工場にいないといけないからハルトは先に戻っているなり、この周辺を見て回るなり自由にしていいよ」
ショウゾウはハルトに何の仕事をしているか尋ねられる事を期待したが、彼は、
「それじゃあ、お言葉に甘えて周辺の散策をしてきます」
と言って行ってしまった。
ハルトが周辺の地理を見に行ってしまった為、ショウゾウが絡繰人形の話を切り出すのはその日の夕食の最中になった。それも、
「明日は暇だろう、少し見せたい物があるから付いてきて欲しい」
と的をえない説明をしている。
「別に構いませんが、何を見せて頂けるんです?」
「見てからのお楽しみだよ」
ショウゾウからの返事はスッキリしたものではなかったが、全ての準備が終わってしまった以上入学式まで特にやることも無いので、
「分かりました」
と、ハルトは承諾した。
翌日、ショウゾウとハルトは朝から工場へと来ていた。
金属を加工するために使う機会などが置かれている何の変哲もない工場であるが、ハルトがただ一つ不自然だと思ったのはその広さである。
何のために設けられたか分からない広いスペースが工場の隅の方にあり、そこを黒と黄色のストライプが囲っている。
「特に何もないみたいですけど…」
ハルトが見たままの感想を言うと、
「まだ何もやっていないだろ」
と言いながらショウゾウは壁のボタンを押した。
すると、何も無かったスペースの床が開き、床下からエレベーターで絡繰人形が上がってきた。
それは、パワーを抑えられた状態で海外から輸入されたものであり、ハルトもたまに工事現場で見た事がある。最近だと絡繰人形自体がそれなりに珍しいものではあるが、その中では特段珍しいものではない。
「見せたかったものはこれっすか?」
「いや、これじゃない。見せたい物はもう一段階手数を踏まないと現れないんだ」
そう言うとショウゾウはその絡繰人形、グリーンパイソンに乗り込みそれを起動させる。
機体を立ち上がらせると、器用に天井についている小さなボタンのような物を押した。
それから、すぐさま機体を座らせて機能を停止させ、ショウゾウはコックピットから降りてきた。
それから約二分後、自動的にグリーンパイソンが地下へと下がって行き、代わりにゆっくりと別の機体が現れた。
無骨な見た目のグリーンパイソンとは違い、かなりヒロイックな見た目の機体である。
「これが君に見せたかったものだ」
ショウゾウは少年のような顔をしながら楽しそうにそう言った。