7――見落としていた文字
レンジから取り出したばかりの、熱々の茶碗蒸しをあっという間に平らげた菜緒は、まだ食事を終えていない椿を前に、スマホでの情報収集を続けていた。
菜緒がさっき見つけたネットニュースによると、高橋荘治が運転していた車は、人気のないT字路の突き当たりにある空きビルの一階に突っ込んで前のめりになった状態で発見されたらしい。その様子が写真におさめられ、少しの説明とともにスマホの画面に表示されている。
事故当時の目撃者はいないため、詳しい事故原因は捜査中。
運転席にいた高橋荘治以外に死亡者、負傷者は確認されてなく、高橋荘治の死因は外傷性ショック死だと推定されている。
『高橋電気副社長 高橋荘治 交通事故死』……スマホの画面上部に太字で映し出されている文字列。菜緒はそれを指でつっとなぞった。
そして、今まで見落としていたその文字にやっと気づいた。思わず顔が強張る。
「そんな怖い顔してスマホ睨んで、どうしたの?」
椿が明るい声で問いかけた。しかし、その瞳は本気で心配してくれている。
「時刻よ……」
「ん?」
椿が食事する手を止め、首をかしげる。
「おかしいと思ったのよ。金城美代子はどうやって高橋荘治の事故の情報を得たのか」
「いや、別におかしくはないでしょ。金城美代子は高橋荘治の元カノでしょ? それに、事故の一時間前に高橋荘治は金城美代子に電話をかけている。事故があったなら、警察とかから連絡があってもおかしくないじゃない?」
「警察から金城美代子に連絡するメリットがあるかしら。一見不可思議な点がないこの事故を、警察がそこまで深く取り扱うと思う? 私が警察だったら、高橋荘治の家族に連絡するだけよ」
椿はしばらく考えた後、額に手を添えて答えた。
「確かに、元カノに連絡するよりは家族に連絡するかもね……」
少しの間唸ってから、「でも」と椿は反論を開始した。
「この時代、テレビやらネットやらのメディアで簡単に情報が得られるようになってるんだよ。現に菜緒も、そのネットニュースから高橋荘治が事故死したことを知ったんでしょ? 金城美代子本人がそれを見てなくても、内情を知ってる知人から教えてもらうってこともあったかもしれないし……」
「私も最初はそう考えたわ。でも、見て」
菜緒は椿に自分のスマホを差し出し、その文字を指差した。
「これ……」
椿はその文字を見て、ようやく菜緒の考えていることがわかった。
菜緒の見ていたネットニュースが掲載されたのは、金城美代子が『時戻し屋』に相談しに来た後の時刻だったのだ。
しかも、このニュースサイトは業界最速を売りにしている。
「もちろん、この事件に関するニュースをこのサイトより速く掲載したものはないわ。謳い文句通りにね」
今の時代、テレビや新聞よりもネットの方が情報の伝達が速い。つまり、金城美代子がこのネットニュースよりも先に情報を得る状況は、たった一つしかない。
金城美代子が事故現場を目撃している状況だ。
「そもそも、どうして彼女は電話の一時間後、高橋荘治の出勤中に事故にあったことを知っているのかしら。このネットニュースでさえ、事故が起こった時刻は明記されてないわよ」
「もしかして、菜緒は、金城美代子が高橋荘治の事故に関係しているって言いたいの?」
椿が鋭い視線を向ける。菜緒はその視線を真っ正面から受けた。
「その可能性も、あり得るわ」
菜緒は寂しく微笑みながら、二年ぶりにあの人に会う決意をしていた。
「椿、私、明日は外に出てるから、鍵を忘れないようにね」
そう言い残して、菜緒は一人、寝室の扉の奥に消えていった。




