5――予想外の言葉
椿が鼻歌を歌いながらハンバーグを焼いている間、菜緒はねぎネギきのこチーズリゾットを口にしながら、自分のスマホのディスプレイに映し出されたとあるネットニュースを凝視していた。
「食事中にスマホ見るんじゃありません」
椿がちらと菜緒を見て、そう咎める。
「捜査のためよ。あまり時間を掛けたくないの」
そう答え、またリゾットを口に含む。視線はまだディスプレイの上。
「菜緒もよくやるよねぇ。時を戻せばそれでいいってことじゃないって教えるために、一度断って、時を戻さなくてもいい方法を提示する……。時戻し屋って銘打ってるのにそれは大丈夫なのかって思うけどね。
はいハンバーグ出来たよ」
椿がコンロの火を消す音が聞こえ、その後に綺麗な俵型の肉の塊が乗った皿が菜緒の目の前に運ばれてきた。
「みんながみんな時を戻すことに頼ったら、この世界は崩壊してしまうわよ。
いただきます」
そこでようやく菜緒はスマホをスリープ状態にして、机の上に置いた。
「それで、何を調べてたの?」
椿は菜緒と対面して座った。前のめりで話を聞いてくる。
菜緒は焼きたてのハンバーグを一切れ口に運び、よく咀嚼してのみ込んでから答えた。
「金城美代子の元彼が遭った交通事故についてね。本当に事故だったのかと思って」
椿が、菜緒が目を伏せたことを見逃すはずなかった。
椿は菜緒のスマホを素早く奪い取り、スリープ状態を解除した。
椿の目に飛び込んできたのは、『高橋電気副社長 高橋荘治 交通事故死』の文字。
「高橋荘治……この人が金城美代子の元彼なの?」
菜緒は勝手にスマホを見た椿をきつくねめつけたが、怒りはしなかった。
「恐らくね。彼女の証言した時間に当てはまる死亡者が出た交通事故で男性が被害者なのは、それしかないみたいだから」
「あれ、本人に訊かなかったの? 元彼の情報」
椿は目を丸くしてさらに身を乗り出した。
「本人が言いたくなさそうだったから。
その理由は、いざこうやって名前を知ったらわかったわ」
椿はもう一度菜緒のスマホを見た。
「高橋荘治って、そういえばどこかで聞いたような……」
椿は目を細め、その名をじっくり見たが、思い出すに至らなかった。
首をひねる椿を前に、菜緒はすでにハンバーグを平らげていた。
「美味しかったわ、ハンバーグ。
で、どうしてもわからないようだから、ヒントをあげる。
金城美代子の勤務先は千寿電気株式会社。千寿電気については知ってるわよね?」
椿はうなずいた。千寿電気はこの辺一帯がテリトリーなのだ。地域に根ざした会社で、大規模な展開はしないものの、地域からの信頼もあってか確実に成長を遂げている。知名度もこの辺りでならかなりあるはずだ。
「うちの電子レンジも千寿のやつだよね」
椿はまたキッチンに足を踏み入れ、わざわざ確認しに行った。
「うん。やっぱり千寿製だ」
右上に刻まれた千寿電気のシンボルマークを触れながら、椿は菜緒に言葉を放つ。
「でもそれがどうしたの?」
「最近、千寿電気の業績が伸びなくなってきたのよね。なぜだか知ってる?」
「んとー……」
思索する椿の声が突然消えた。
代わりに息を大きく吸い込む音が聞こえた。
「待って、茶碗蒸し出すの忘れてた!」
予想外の言葉に、菜緒はくすっと笑いを漏らしてしまった。
「今からでも遅くないわ。持ってきてくれる?」
「レンチンするから5分待ってて!」




