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時戻し屋の日課  作者: 宮里作楽
case1 金城美代子
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4――椿の料理

 店仕舞いを済ませた菜緒と椿は、店の奥の向かって左にそびえている扉、ひいてはそこから約60度の急傾斜で延びている階段を上り、二階に上がる。


 二階は居住スペースとなっており、狭いダイニングキッチンと風呂、トイレ、そしてダイニングキッチンの扉を隔てて寝室がある。端的に言ってみれば1DKというところだ。

 ここに菜緒と椿は同居している。同居歴2年。



「ねえ菜緒、どうせ菜緒のことだから、お昼食べてないでしょ?」


 階段を上りきり、椿はキッチンに足を進めながら訊いた。


「……そうね。そういえば食べていない」


「やっぱり」


 菜緒の食べ忘れ癖はいつものことだから、予測していた椿。


「そうだと思って、学校帰りにいっぱい買ってきたんだから」


 キッチンの隅に置かれたパンパンに膨れあがった買い物袋。

 椿は学校帰りにそれを買ったと言う。


「なかなかいないわよ、帰り道に食料品買っていく高校1年生って。友達に珍しがられない?」


「高校通わずに奇妙なお店経営してる菜緒もなかなかに珍しい子だと思うけどな」


 言ってからすぐに、椿は菜緒の顔を凝視した。菜緒の顔色を窺っているのだ。


「……ごめん、菜緒」


「別にいいわ。そう言われるのは慣れてるし」


 菜緒があまりに無頓着なようだったので、椿もすんなり話題を変えた。


「まあ、あたしも珍しいって言われるけど、しょうがないじゃん。今日木曜日だよ? 特売日だよ? せっかくの特売日だから行かないと損じゃん。学校帰りだとちょうどお惣菜のタイムセールなんだからさぁ」


 この言葉だけでは、椿が学生ということを信じがたいが、れっきとした現役高校生である。流行にも敏感な現代の若者である。



「とりあえずあたしがハンバーグ作ってる間、そのパックに入ってるシーチキンサラダ食べてていいよ。さすがにお腹空いてるでしょ?」


 手を洗いながら、椿が買ってきたシーチキンサラダをぼーっと見つめている菜緒の心を読んだ椿。


 菜緒はいつもそうだ。あまり自分から食べたいと言わない。その代わり、食べたいものをじっと見つめる癖がある。知ってるんだから、と椿は得意気に思った。

 椿は家族同然の付き合いである菜緒のことなら何でも知っていると自負してきたのだ。



 椿は冷蔵庫で冷やしておいた玉ねぎの半分を素早くみじん切りにし、フライパンで炒めた。その間に豚ひき肉と塩、卵、パン粉、すりおろした生姜を用意しておく。

 玉ねぎを炒め終えたら、火を止めて冷ましておく。その間に冷蔵庫からネギを取り出し、食感を出すための白い部分の斜め切りと、薬味として使うための青い部分の小口切りの二種類に切り分ける。リズミカルな音が狭い家中に響く。椿はこの瞬間が大好きなのだ。


 ネギを切り終わった椿は塩で豚ひき肉を捏ね、そこにフライパンの上で出番を待ち続けている冷ました玉ねぎのまた半分、用意しておいた卵、パン粉、すりおろし生姜をボウルに入れ、また捏ねる。なるべく手の熱が肉に伝わらないように、素早く。空気抜きは3秒で終了。成形は2秒で真ん中にくぼみのついたきれいな俵型が出来上がる。

 玉ねぎが待っているフライパンの隣に、また別のフライパンを置き、そこに油を垂らして中火にかける。タイミングを見計らってハンバーグのタネを投入。


 焼けるのを待っている間、待たせていた残りの玉ねぎの入ったフライパンにさっと水洗いしたなめこと白いネギを入れて再び火にかける。


「あとは……そうそう。椿特製コンソメを用意しておこっと!」


 椿特製コンソメ。それは野菜の皮など捨てる部分を、日本人ならではの勿体ない精神を持つ椿が丹精込めて、長い時間をかけて煮て、その出汁をまた濾したり調味料入れたりと諸々の工程を経て作り上げられた、菜緒と椿だけしか味わうことができないコンソメ。椿はよく休日にそれを作り置きしているのだ。

 冷凍庫の製氷器に並んでいる琥珀色の固体……これが椿特製コンソメ(固体)だ。これを一個だけ製氷器から取り出し、昨日の残りの白米と共に、玉ねぎ、ネギ、なめこにまるで襲いかかるような勢いで投入する。


 ハンバーグがなかなかいい感じになってきたと思った椿は、右手に木べらを持ち、白米をほぐしながら、左手に持ったフライ返しでハンバーグを手早く裏返していく。ハンバーグの形が崩れることも、フライパンのバランスが崩れることもない、まさに職人技。



「毎回思うけど、料理の腕は凄いわね、あなた」


 サラダを食べ終わった菜緒が、椿の手元に視線を向ける。


「まあねー。菜緒が全く料理しないからっていうのも原因の一つだよ?」


 たぶんあたしがいないと菜緒は栄養失調で倒れるだろうなと思う椿だった。



 椿は会話しながらもハンバーグの方のフライパンに料理酒を注ぎ、蓋をして蒸し焼きにした。

 隣のフライパンではコンソメが溶け、白米に染み込み、だんだん柔らかくなりつつあった。フライパンを振ったりちょっと木べらで混ぜてみたりしてまんべんなく火が通るように。


「そろそろかなー」


 冷凍庫からチーズを取り出し、湯気を出し、透けて見える米の上に被せてとろけさせる。

 程よくとろけたら、器に盛って、仕上げに青いネギをかけてあげる。


「菜緒! ねぎネギきのこチーズリゾット完成だよ!!」


 ねぎネギきのこチーズリゾット。玉ねぎとネギときのこのチーズリゾット。ネーミングそのままだ。

 椿のネーミングセンスは小学校1年生並みだと思っている菜緒。だが椿は「わかりやすくていーじゃん」と言い張る。


 まあ名前が何であれ、味は安定して美味しいため、菜緒は食卓に出されてすぐに食べ始めた。

 今回も例に漏れず美味しいと、菜緒はスプーンを自然と速く動かす。

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