3――子犬のような同居者
「まったくもう。また後回しにするんだ、菜緒」
金城の姿が見えなくなってから、店の奥から現れたツインテールの少女。
「人聞きが悪いわね。じっくり考えさせていると言ってちょうだい、椿」
菜緒は軽く目をつむり、自分の右後方にいる少女――雛岸椿――に言葉を放った。
「というか椿、あなたまた盗み聞きしてたのね。趣味が悪いからやめた方がいいわよ」
菜緒はパーティションを元の場所に戻し、店仕舞いを始めながら椿を咎めた。
「一緒に住んでる仲だし、いいじゃないのー」
椿は軽々しい足取りで菜緒の元へ近づき、店仕舞いの手伝いを始めた。
「私がよくてもお客がねぇ……。って椿、まだシャッター下ろさないで。看板がまだ店の外だから」
シャッターフック棒の先を天に掲げている椿の動きがぴたりと止まる。
「ありゃりゃ、ごめんね菜緒」
椿はフック棒の先を地に向け、跳ぶような軽々しさで店の外へ出ていった。
すぐに戻ってきた椿の手に、畳まれた立て看板が抱えられていた。
『時戻し屋 ――どうしてもやり直したい過去、やり直しませんか――』
深緑色のボードに、白いチョークでシンプルに書かれている。他に書かれているものといえば、右下に小さく書かれた営業時間のみだ。
「この看板、なんか地味だよねー」
椿が声のトーンはそのままで言うので、冗談で言っているのかと思った菜緒。
しかし椿の目は抱え込んだ看板に真剣に向けられているので、本気で看板のデザインを考えているのだと分かった。
この子はいつもそうなのだ。口調から感情がなかなか読み取れないことがある。ただ、目は正直者なのだ。16年とプラスアルファの時間を一緒に過ごしているから、性格は互いによくわかっている。
「真面目にやるなら、あなたに看板のデザイン任せてもいいわよ?」
菜緒がフック棒を手に取りながら言うと、椿は目を輝かせた。
「それマジ!? ありがと! 喜んで引き受ける!!」
椿は長い脚を折り曲げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「はいはい、喜びはわかったから飛び跳ねないの。看板が壊れるわ」
呆れ顔で椿を見つめる菜緒。椿はその視線に気づいたようだ。
飛び跳ねるのを止め、看板を店の奥に持っていく。
菜緒はシャッターを下ろそうと、フック棒をシャッター下部に開いている穴に掛けるが。
「菜緒待って! あたしがやる!!」
わざわざ走って戻ってきて、子供のような輝いた目を向けてくる椿を見て、菜緒はつくづくこう思うのだった。
――子犬みたいね……




