1――意外な依頼
女性を店の奥に呼び入れ、店の中央に設置してあるパーティションを動かす菜緒。
こうすることで半密室状態になり、客の安心感を誘うと菜緒は考えている。
実際経営していると、それがあながち嘘ではないことを思い知らされる。パーティションがなかったときの客の口の堅さと落ち着きのなさには菜緒も手を焼いたのだ。
「さて、まずはお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
女性と向き合うように座るなり、菜緒は彼女に名を訊いた。
「金城美代子といいます……」
金城と名乗ったその女性は、長身の体を縮こまらせようとするような体勢で座っていた。
菜緒は、何かコンプレックスでもあるのだろうかと思ったが、口には出さなかった。
「金城さん。失礼ですが、ご年齢とご職業を」
菜緒の目には20代後半のOLが映っていたが、実際はどうなのだろうか。
「27歳、千寿電気株式会社の人事課です」
予想とぴったり。人事課とまで教えてもらえたのは、菜緒に話すことにあまり抵抗はないということだと分析する菜緒。
「あなたはどうしてここへ来たのですか?」
思いきって訊いてみた。
しかし金城はそこまでガードが緩い人間ではなかった。
「……あなたが過去を変えてくれると聞いたので」
菜緒はうなずき、揉み手をする金城を優しく見つめた。次の言葉を視線で促しているのだ。
菜緒の思い通り、金城は恥ずかしそうにぽつりと話し出した。
「実は……一週間前に彼氏と別れたんです」
菜緒はこういう類いの台詞は聞き慣れていた。
また恋愛絡みの案件。依頼の60%は恋愛が絡んでくるのだ。無礼だとは思うが、聞き飽きていると言ってもいいだろう。
「なるほど……。だから別れる前に戻したいということですね?」
菜緒が先回りして問うと、金城はうつむいた。
「いいえ……別れる前まで戻してもらわなくてもいいんです」
菜緒はその言葉に少し興味を持った。
今までの統計的には、別れる前に戻してほしいと懇願されるはずなのだが。
「ではいつ頃に?」
「昨日の朝7時くらいでお願いします……」
菜緒の目が本気になった。




