prologue――『時戻し屋』
ビジネス街の片隅の、塗装の剥げた古びた店……。
ここは『時戻し屋』。過去と向き合い、過去を変える場所。
最近はネット上で話題になってきたこともあり、客が急増して大変だと感じているのは、この店の主であり、唯一の店員である萩原菜緒。
今日も既に二人の客と相手をしてきた。
しかしその二人とも、ネット上でこの店を知ったという、本気さに欠ける方だった。
まあ最近はずっとそんな感じ。うわさが本当なのかどうか確かめに来る人、冷やかしに来る人さえいる。
菜緒は自分の店が都市伝説化され、世間である意味無防備に晒されていることにふつふつと怒っていた。
しかし彼女は基本的に冷静だ。いつかは熱が冷めていくだろうと思い、店の奥の自分だけの特等席に座り、昨日古本屋で出会った少し擦りきれ気味の推理小説のページをひたすら捲った。
「こんにちは……」
控えめな声が店に響いた。
菜緒は読んでいる物語がちょうど盛り上がってきたところで仕方なく栞を挟んで、お客のもとに歩き出した。
「いらっしゃいませ。『時戻し屋』へようこそ」
いつも通りの言い慣れた台詞を投げ掛ける。
「ほ、本当に女の子なのね……」
店先で爪先の方向を迷わせるショートカットの女性。この人が今回の依頼人らしい。
菜緒は一目見ただけで、この人がうわさの真相調べでも冷やかしでもなく、本気で過去と向き合いたくて来たのだと見抜いていた。目を見れば大体はわかる。
「早速ですが、お話を聞かせてもらえますか?」
菜緒がそう促すと、女性の目に覚悟の色が現れた。
「はい。でもその前に確認してもいいですか?」
「なんでしょう?」
女性は喉から声を押し出そうと、声にならない声を出した後、やっとこう訊いた。
「本当に……あなたは過去を変えてくれるの……?」
菜緒はふっと息をつき、女性の緊張を解かせるために微笑んで答えた。
「少し語弊があるようですが、はい。結果的にはそうなりますね」
そしてゆったりとした間をつくり、こう繋げた。
「私は直接的にあなたの過去を変えるわけではありません。ですが、あなたの過去と向き合い、あなたが望むならあなたを過去に戻して差し上げます。それが私の、『時戻し屋』の仕事です」
そう、『時戻し屋』の仕事は、時を巻き戻し、依頼人の後悔を晴らす手伝いをすることなのだ。




