17――感情的な声
菜緒は未だ心配そうな視線を向ける柊彩乃と別れ、行きに利用した階段を通り、千寿電気をあとにした。その際、うつむきながらエントランスに入る金城美代子の姿を確認した。こんな時間に出入りする人は少ないため、見間違いはない。彼女が奥に進むのを見届けてから、菜緒はその足を動かした。
さて、次はどこを回ろうか。今頭の中に浮かび上がっている仮説を立証するための証拠を手に入れられる場所を考える。やはり、高橋電気が妥当か。
いや、高橋荘治がいない今、高橋電気に有益な情報は少ない。もしあったとしても、菜緒のような子供に公表してくれる人はいないだろう。仮説が正しければ、特に。
そのとき、菜緒の携帯に着信があった。羽衣警部だった。
「萩原さん! 今すぐ現場に来てくれないか!」
めったに聞かない羽衣警部の感情的な声に突き動かされ、菜緒は駆け出した。
羽衣警部はよほど菜緒を待っていたようで、走ってきた菜緒を自ら率先して迎え入れてくれた。
「羽衣警部、あのフラッシュメモリーが復元できたって本当ですか?」
羽衣警部はうなずいたが、すぐに詳細は語らなかった。
「まずは、金城美代子の供述について話そうか」
羽衣警部は菜緒に背を向け、現場と向き合った。
「彼女、事故について詳しいことは何も知らないと言い切っていたよ。事故一時間前に高橋荘治と電話をしただけだってね」
菜緒が最初に彼女から聞いた情報と同じだ。進展はなかったのか。
それにしては、羽衣警部の話しぶりがもったいつけているような感じがする。
「供述は、ですよね。警部から見て、彼女の様子はどう感じましたか?」
羽衣警部は菜緒に背中を向けたままくすりと笑った。
「さすがは萩原さん。彼女のことも、私のこともよく理解しているね」
「これは私の主観だ。決定的な証拠とは言いがたい」と言いつつ、羽衣警部は自信ありげに語った。
確かに金城美代子は何も知らないとしか言わなかった。しかし彼女がこの場に足を踏み入れた際、目に見えて動揺していたという。特に、高橋荘治の車が一時停止した地点では、見るからに返答が鈍くなっていたらしい。羽衣警部は自ら金城美代子の行動を再現し、菜緒の理解を深めてくれた。
「やはり金城美代子は事故発生時に現場に居合わせたのだろう。何らかの理由があって、私たちにはそれを言おうとしない。そのことが分かっただけでも彼女を呼び出した価値はあった。彼女に連絡を取ってくれたこと、改めて感謝するよ」
事故車を背景に、羽衣警部は菜緒に向かって律儀に頭を下げた。
「それで、フラッシュメモリーの件だが、完全に復元できたわけではないんだ。一部の修復が完了しただけ。しかし、その一部が衝撃的だった」
羽衣警部は菜緒にレポート用紙の束を手渡した。菜緒は表面に書かれている文字を見て、内容を察した。
「これは……!」
羽衣警部があんなにも感情的な声を出したのもうなずける。そして、自分の仮説を裏付ける確かな証拠が手に入ったことに、菜緒は複雑な気持ちになった。
「警部。この資料、持ち帰ってもよろしいでしょうか? きっと私より椿の方がよく理解できると思うんです」
「ああ。雛岸ちゃんなら大丈夫だろう。あの子はああ見えて、大事なことは安直に他言してはならないことをしっかりわかっているからね。もちろん萩原さんの口の堅さも信用しているよ」
ついでのように褒められたが、菜緒はそんなことを気にするような性格ではない。むしろ椿のことをよく理解していると感心していた。
「また新たな発見があれば、連絡させてもらうよ」
「ありがとうございます。警部のご厚意のおかげで、この事故の全貌が見えそうです」
頭を下げた菜緒に、羽衣警部は微笑んだ。
「考えがまとまったら、どうするつもりだい?」
「まずは警部にご連絡します。それからは、金城美代子本人に話そうかと思っています。本来、彼女は依頼人ですから」
「なるほど。それで、時を戻すつもりかい?」
菜緒はすぐにかぶりを振った。羽衣警部はじっと菜緒の言葉を待った。それに気づいて、菜緒は素直な心情を述べる。
「私にその気はありません。きっと彼女のケースなら、時を戻さない方がいいでしょう。しかし、すべては彼女次第です。依頼を受けた以上、依頼人の強い意向を無視した行動はできません」
羽衣警部は菜緒の目を見てその真剣さを汲み取った。
「萩原さんらしいね。依頼人を第一に考えるところ、探偵としては最高の長所だ」
「探偵じゃないですよ」
「依頼人のために捜査までするのだから、探偵のようなものじゃないか」
前に椿にも同じようなことを言われたなと思いつつ、菜緒は頑固に「探偵」という呼称を否定した。羽衣警部と少しの間議論した結果、羽衣警部が折れた。
菜緒は時戻し屋の店員。ただ推理小説を読むのが好きな少女。捜査をするのは、依頼人の過去を深く知り、依頼人にその過去を正しく認識させるため。探偵ではないのだ。
菜緒と羽衣警部は軽い別れの挨拶を交わし、それぞれ現場をあとにした。羽衣警部は署に戻り、捜査状況を報告するという。菜緒は重要な証拠を抱え、椿の待つ我が家へ走る。
私たちはとんでもない真実を明らかにしようとしているのかもしれない。胸に抱えたレポート用紙の束に目を落としながら、菜緒は自分の心臓の高鳴りを感じていた。




