16――平和の証
高橋電気。千寿電気。
この二つのワードが椿のスマホの検索履歴に残っている。
高校の昼休み、椿は即座にお弁当を平らげ、二つの電気会社についての情報を集めていた。今、高橋電気は薄型テレビの売り上げが伸びているらしい。薄くて、頑丈で、発色が綺麗で、高音質で……いい評価しか見つからなかった。その上消費電力も抑えているものだから、売り上げが伸びるのも納得だ。対する千寿電気にはそこまで目立った評価は見当たらなかった。現在ノートパソコンの開発に力を入れているという情報はあったが、情報元が公式ではないため、信憑性は薄い。
「……おーい雛岸! 聞こえてる!?」
「うわあぁぁぁ!?」
スマホをじっと見つめていた椿に突然大声で話しかけてきたのは、椿の友達、柴土優。
「ちょっと柴土、急に大声出すのやめてよ! 心臓止まるかと思ったじゃん……」
「何を言うんだか。ずっと声かけてたのに気づかないから仕方なくやっただけなんだけど」
そう言う柴土の手には卓球のラケット入れが握られている。そうだ、今日から昼休みには柴土に卓球を教わることになっていたんだった。思い出した椿はそそくさと用意を始め、柴土の隣に立った。
「自分から頼んだくせに忘れるなんてひどいなぁ」
柴土はわざとらしく泣き真似をした。椿はそれを小突いてやる。二人は教室を出て、卓球場へと向かった。
「薫ちゃんと成瀬くんは?」
どちらも椿の友達。一緒に卓球をやろうと約束している仲間だ。花守薫と成瀬透。柴土もそうだが、みんな高校入学からの付き合いだ。
「どこかの誰かさんがスマホに夢中だったから、呆れて先に行ったよ」
柴土は手をひらひらさせて答える。
「それは……ごめんなさい」
「お、やっと素直に謝った」
柴土が面白がっているのを咎めたかったが、今回は自分に非があるから黙ってあげよう。椿は無言で歩き続けた。
「それにしても、どうしたの? あんなにスマホに夢中になるなんて珍しくない?」
柴土の言う通り、椿が昼休みにスマホを弄るのは珍しいことだった。食事が終われば友達と喋り倒すのがいつもの椿。
「ん……ちょっとね」
「彼氏とか?」
「違う!」
「そうかー?」
「あたしに彼氏なんてできるわけないでしょ」
「そりゃそうか」
ぽんぽん会話が行き交う。その間二人はずっと笑顔だった。いつもの光景。こうやって冗談を言い合うのが平和の証だ。
卓球場に着くと、既に薫と成瀬がラリーをしていた。
「やっと来たか、お二人さん」
成瀬は視線をこちらに向けながらも、薫の打つ球を返し続けている。
「椿ちゃん助けて……もう疲れたよ……」
薫は成瀬に打たれた球を返すのに精一杯。もう息が上がっている。
「そんなこと言ってたら球技大会で優勝するなんて夢の夢だぞ、花守」
そう。椿たちは今度の球技大会で優勝するのが目標。種目はもちろん卓球。一年生から三年生まで、学年の壁を越えて、クラス対抗で戦う。
卓球部の柴土と成瀬は余裕で優勝する勢いだが、薫と椿は正しいラケットの持ち方も知らない初心者。そこでこうやって昼休みにみんな集まって特訓しようということだ。
「薫ちゃん頑張って!」
「雛岸も頑張らないといけないけど」
薫と成瀬のラリーを観戦している椿の後ろから柴土が肩を叩いた。その手には年季が入っていながらもきちんと手入れされたラケットと、新品のラケット。椿は新品のラケットを受け取った。
椿と柴土は、薫たちの卓球台から一つ分間隔を空けた台でラリーを始めた。
「あーもう雛岸! ラケットの持ち方から違うって。それはシェークハンドだから、全部の指を曲げるんじゃなくてこうやって人差し指だけ後ろでピンと伸ばして」
柴土はラリーを一時中断して、椿に持ち方の手本を見せる。椿は見よう見まねでやってみる。
「そうそう。それで、親指をもっとグリップの方に寄せて……」
「え、どういうこと?」
「もう、しょうがないなぁ」
椿が混乱しているのを見かねて、柴土は椿の手を取って正しい位置へと導いた。
「これで全体的にもうちょっと上」
「こう?」
椿の手にはしっかりと正しい持ち方で握られたラケット。持ち方一つで素人感がかなりなくなった。
「うん、それでいい。ただ、その持ち方はシェークハンドっていっていうタイプ用の基本型。ラケットの種類は他にもペンホルダーっていうのがあるんだけど……成瀬、借りていい?」
薫とラリー中の成瀬は無言で答えた。柴土は卓球場の隅に置かれた成瀬の鞄からラケットを取り出し、椿に差し出した。
「これがペンホルダー。名前の通りペンを持つように持ち。ちょっと持ってみて」
椿は言われたままにラケットを持った。
「さっきのよりも軽いけど、ちょっと動きにくいかも……?」
「どっちを選ぶかは雛岸次第だよ。どっちも長所と短所があるから。合わないと思ったら替えればいいし」
柴土に言われて、椿はシェークハンドを選択した。せっかく柴土に持ち方を教えてもらったんだから、こっちでやってみよう。
「よし! じゃあ改めてラリーやろ」
「りょーかい!」
椿は柴土に教わった持ち方で、柴土のサーブを打ち返した。安定感のある球。持ち方一つ変えただけだ。それでここまで変わるなんて、椿には信じられないほどだった。
「うんうん。いい調子!」
柴土と椿のラリーは二人の予想以上に続いた。
昼休みが終わる5分前のチャイムを聞いて、椿たちは卓球場を撤収した。次の物理の授業に間に合うように早足で行く。
「それにしても、花守、意外と上手かったな。教えたことはすぐ対応してたし」
「ありがとう成瀬くん。だけどまだまだだよー」
椿の後ろでは薫と成瀬がいい雰囲気。椿は微妙な心境ですぐ隣の柴土の方を見た。
「ん、どうかした?」
柴土はあくびなんてしている。椿は諦めて前を向いた。
「いや、なんにも」
しかしこのままでは無言の時間が続いてしまう。喋るのが好きな椿にとって、一人でもないのに無言で過ごすのは苦痛だった。
そのとき椿の頭に浮かんできたのは、高橋電気のことを調べていたときに出てきたこと。
「ねえ柴土、高橋電気が最近取った特許って知ってる?」
「急にどうした?」
突拍子もない質問に戸惑っていた柴土だが、椿の顔を見るとすぐに態度を変え、少し考えるような素振りを見せた。
「最近というと……テレビディスプレイ用の超薄型ガラスのやつ?」
どんぴしゃだった。椿の目が輝き、詳しく教えてほしいとねだる。
「詳細は公表されていないけれど、だいたいは予想できる。それを教えるには……時間が足りないなぁ」
柴土が時計に目を向ける。あと1分で本鈴が鳴ってしまう。
ギリギリで教室に駆け込んだ椿たち。椿は柴土に手のひらを見せて、また後で詳しく聞くことを暗示した。柴土は仕方なさそうにうなずいて速やかに席に着いた。椿も慌てて席に着くと、ちょうど本鈴が鳴った。




