そんな運命、ありですか?
この短編を手にとって頂きまして誠にありがとうございます。
エラントリア王国から村一つ挟んだ位置にあるエニタ村。
王都からそれほど離れていない場所に位置し、エニタ村から分岐して他の大都市や工業都市に繋がっているため、出入りの旅商人やダンジョン帰りの冒険者などの休憩地として賑わいを見せる。
人口は村で言うとかなり多く、元々の村民に加え、豊かな自然と静かな土地を求め、わざわざエニタ村まで移り住む者もいたりするので、もう少し人口が増えれば、近いうちに町になるだろう。
賑わい栄えるエニタ村にも日が落ち、チラホラと家の明かりが灯り出してた。
商人は暗くなる前に露店をたたみ、冒険者はその日の疲れを労わる為に、仲間達と共に数ある酒場へと繰り出す。
村人達は1日の仕事を終え、明かりのついた自らの家に吸い込まれていく。
ーーウチの家も明かりが灯ってはいるが、室内は心なしか暗い。
暗くしている原因が、オレの目の前にいる。
「で、どうした。そろそろメシの時間だが。早くしないとシーナさんに怒られるぞ」
机を挟んで向かい合いに座る幼馴染。少し影を落とした笑顔を浮かべつつ此方の顔色を伺いながら、意を決して口を開こうとしているのが見て取れた。
イヤな予感がする。何故か胸が痛む。
「怒らないで聞いてリンド。この前、村に来た勇者サマが私と旅に行きたいって。私も勇者サマ・・・ルーファスと一緒に行きたいの! だから、ゴメンね」
申し訳無さそうに目尻を下げながらも、まったく悪びれもせず、そう口からでた言葉は、確かにオレの耳に届いた。
14年間、共に過ごし育った幼馴染から出た言葉は、意味が分からなかった。
何で? どうして? 何故?。
「何で、いきなり。勇者? ・・・勇者と一緒って。村の外は危ないだろ! それにいくらルリナが少し魔法が使えるからって」
この村は、王都からさほど離れていないからか、王宮に仕えていた騎士や引退した冒険者達が身を寄せてくれているおかげで、他の村より比較的に治安も良いし、モンスターの被害も少ない。
だが、村から離れればーー。
そんなオレの気持ちを余所に、ルリナは今まで見たことの無い激情を表す。
「・・・リンドは心配性だよね。いつもいつも。前もそうだよね。危ないから、心配だからって。いつも私を心配するフリして私に何もさせてくれない! 私だって色々出来るんだよ? それなのに駄目って‼︎ リンドはちっとも私を信じてくれなかった‼︎ でもルーファスは私を認めてくれたの‼︎ 私には凄い力があるって‼︎ 私には沢山の可能性があるって‼︎」
違う。そうじゃない。違うんだ。
「頼むルリナ。落ち着いて聞いてほしい。オレのーー」
「イヤ‼︎ もうリンドの話は聞きたくない‼︎ この村で過ごす最後の夜だから仲の良かったリンドともキチンとお話したかったけど、もう、帰るね」
ーーオレの大切な人だから、傷付いて欲しくないんだ。
「ルリナ! 頼む! まってーー」
虚空に伸ばした手も、オレの声も、届かなかった。
それは、一人で住むには広すぎる部屋に、重く響く扉の閉める音で分かった。でも、分かりたくなかった。
オレが、もっとしっかり伝えていれば。
自分の感情を隠して、ルリナの為だと偽って、それを押し付けて。何をやってるんだろうなオレ。
ーー椅子に座ったままボケっと上に垂らしてある灯りを見てると、胸に出来た塞ぎようの無い穴の大きさを実感する。
思えば、いつだってルリナがオレの真ん中にいた。
この広すぎる家に、14年間も一人で居れたのも、フラフラしながらもまっすぐ歩き、孤独に躓いても手を差し伸べてくれたのも。
でも、もう、居ない。
オレの横には誰も。
一人。ちっぽけで、一人で歩けな弱い人間が。
ーー気づいたら朝だった。
村も、夜が明けるにつれ活性化し、やけに喧騒が耳に入り込む。あぁ。ルリナが旅立つのか。だからこんなウルサイのか。今まで感じた事の無い苛立ち、焦燥感。
『ルリナ‼︎ 気をつけてな‼︎』
外から聞こえてきた声に反応して、咄嗟に耳を塞いだ。
聞きたく無い。イヤだ、いやだ、嫌だ。怖い。一人が。
一人は、イヤだ。
何で? 物心付いた時から一人で。 その後はルリナが居て、でも、結局は一人で。ルリナももういなくなって。
こんな所もう嫌だ。何処か、静かな所へ。
他の人が一人も居ない。そうだ‼︎ 誰の姿も見えない、誰の声も聞こえない場所へ。
ーーそう考えていたら気持ちがとても軽くなった。 オレはいつだって一人なんだから、一人になるべきだし、そうあるべき一人なんだ。
ルリナを頼っていたのが間違えだった。
隣にいるのが当たり前で、考え方が可笑しくなっていた。
そうと決まれば早く出なければ。
ふと、ルリナの母シーナさんが気になった。シーナさんには14年間いろんな事をお世話になっていた。ルリナを見ながら、オレの母親代わりに色々手を焼いてくれたのだ。
最後は一言くらい何か言った方が良いかな? そんな事を思いつつも、大きめな麻の袋に、日持ちの良い乾物類などの食料や、3着しか無い服、寝る時に体を包める粗く編んだ布を入れていく。
ーーあらかた、準備を整え、さて、家を後にしようとした時、家の外からシーナさんの声が聞こえた。
「リンドくん? 起きてる? 起きてたら返事が欲しいな」
「はい。起きてますよ。ちょうど良かった。どうぞ入ってください」
扉が開き、顔を覗かせたのはシーナさん。
女手ひとつでルリナを育て、それだけでも凄いのにオレまで育ててくれた人。
今年で28歳とは言っていた。
だが、畑仕事で日光に晒されているはずなのに、シミひとつ無いミルクのような肌と、月の光をそのまま捕まえた腰まで下がる銀髪と爛々輝く紅い宝玉を連想させる双眸は美しく、そしてどこまでも優しくこちらを見透かす。
麻でできた野暮ったい服に包まれる肢体は、一児の母とは到底思えない程、究極に洗練された女性の理想的な体で、同じ色をその身に持つルリナと並んで歩くと少し年の離れた姉妹にしか見えない程の美貌を保つ。
さんざんお世話になっているのに失礼な考え方だが、何故こんなお姫様みたいな綺麗な人が何も無い辺鄙な村に住んでいるのか、疑問に思ったことさえある。
「お邪魔しまーーリンドくん⁉︎ どうしたのその顔⁉︎」
いつものおっとりしたシーナさんからは想像できない、切迫した表情でオレの肩を掴み、顔を覗いてきた。
顔? いつもと変わらないと思うんだけどな。どんな顔してるんだろう。
ーーそんな事を考えていたら、不意にシーナさんに頭を胸に抱かれた。
顏に感じる胸の柔らかい感触と一緒に、太陽みたいな暖かい香りが鼻をくすぐった。
「シーナさん。苦しいです」
少し頭をよじって、呼吸口を確保できた。
「ダメッ‼︎ 絶対に離さないっ‼︎ 離したらリンドくんがいなくなっちゃう‼︎ だからダメ‼︎」
なんで、分かったんだろ。一言もそんな事を言ってないのになぁ。
「ねぇリンドくん・・・。気づいてないでしょ。いまのリンドくんね。死んじゃってるの」
抱きしめるために頭の後ろに回された腕の力が少し弱まったのを見計らって、少し頭を胸から離す。
「シーナさんは面白いなぁ。オレは生きてますよ。死んでません」
そんな言葉を、かすかに漏らしてしまった。
ーー同時にシーナさんは、最初に抱きしめた時より更に強く抱きしめてきた。
今度はオレの首元に顔を埋める形で抱きしめて。シーナさん。少し震えてる?。
「リンドくんは生きてるよ。でもね。死んでるの。苦しみも、悲しみも、怒りも、喜びも。何にも感じてないの。今のリンドくんの顏には何も無いの。それは凄くつらいことなんだよ。・・・リンドくん。ごめんなさい。私がしっかりしていれば・・・。ホントにごめんなさい・・・ごめんなさいぃ」
やっぱり優しいなシーナさん。
でもーーその優しさは・・・。
「シーナさん、謝らないでください。始めからこうなるべきだったんですから。シーナさんとルリナからは、沢山の大切を貰いました。でも、気づいたんです。それはオレみたいな人間が貰うモノじゃなかった」
オレを暖かく抱きしめてくれた。
昔も、今も、ただただ無性に。
慈愛、慈悲、慈しんで惜しまず。
愛を知らないオレに、愛を教えてくれた。
オレのためだけに流してくれるその涙を、どこまでも清く、美しく、愛おしく感じたのだ。
ーー違う、オレにはすぎたモノなのだと改めて実感する。
「シーナさん」
震える体をそのままに、俯きながら顔を首元から離す。
「やっと・・・やっとだよ。ずっと、ずっとずっーと待ってたんです。この日が来るのを」
何を、言っているんだろう。
顔を伺いたいが、更に、強く強く抱きしめられた。
「邪魔だったんだよね、あの子」
「え?」
「リンドくん・・・ううん、“貴方様”」
どういうーー。
「愛してる」
視界いっぱいにシーナさんの顔。
唇が柔らかい何かに塞がれ、呼吸が出来ない。
唇についたモノが少しだけ離れたのでおもいきり息を吸ったら、次には何か柔らかいモノが口内に入り込んできた。
口の中にヌルヌルした何かが這いずり回り、もどかしく、シーナさんの鼻から出る息がくすぐったい。
「ーーんっ。シーナさん?」
肩を掴んで力を入れ体を離す。
今まで見た事の無いシーナさんの表情に、次にかける言葉が見つからない。
「契約は無事に終わりました。これで貴方様と私は同じ時を生きれる」
ーーわけがわからない。
次の瞬間、己が目を疑った。
みるみるうちにシーナさんが小さく、否、小さくなるだけではなく顔までも幼くなっていく。
月の光のような綺麗な銀髪は、雲が陰り深い夜が訪れ塗り潰された黒髪に。
爛々と輝く紅い宝玉は更に明るく強くなる。
気づいたらルリナと同じ年齢にまで幼くなり、オレとあまり変わらなかった身長も頭一つ分は縮んでいきルリナより小さくなった。
同い年ーーつまりルリナと同じ年だと言うのに、小さい背とは思えないほど、発育は早熟のようだ。
その早熟さも相まってなのか、同い年の女子やルリナには絶対に出せない、清純とした幼さと洗練された美しさを掛け合わせた淫靡で恍惚とした表情。
弧をかいた瑞々しい唇からつむがれた、男を惑わし揺さぶる言葉。
「意味が分からないって顔してますね。かわいいです。ほら。怖がらなくて大丈夫ですよ。貴方様は産まれた時から、私とこうなる運命でした。むしろ今までは、とても邪魔な子が居たから貴方様に悲しい想いをさせてしまいました」
本当に優しく微笑むんでいたが、一瞬表情が無くなる。
「あんな紛い物近いうちに壊れるから安心して下さい。むしろ壊れなくても私が壊します。だから安心して下さい。あ、自己紹介がまだでしたね? ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝りつつ、早く自己紹介がしたいのか、目が忙しなく動く、動く。
嫌な予感がする。
ーー予感的中、シーナさんの口からとんでもない言葉が飛び出た
「“はじめまして”。シェイルーナ・エラル・ルド・エリウスカルテと申します。この世界の共通認識上では、魔族を統べる魔の王に分類される人類の敵です。そして貴方様の本名もお伝えします。貴方様の本当の名はリンド・エルブルム・ルイナーク。貴方様はワタシを討ち滅ぼした古の勇者ルイナークの転生体であり、そしてーー」
更にとてつもなく嫌な予感。これは、とことんマズイ気がする。この場合、十中八九当たる。当たって欲しく無いと、心が叫んだ。
「先ほどの契約は魂の宣誓。つまるところ、夫婦の契りを交わしました。ですので、一般的にも、魔族的にもツガイとなりましたので末永くよろしくお願いします」
これにていったん閉幕となります。短い間ではございましたがお付き合い下さり、また、貴重なお時間をこの短編に割いて頂きまして感激の極みです。
御購読ありがとうございました