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第二話 ④

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 ゴーレムは叫び声を上げながらその巨腕をナックルへと振り下ろした。

 ナックルは躊躇わず右足から爆風を射出し、後方二十メートル先へと回避する。

 瞬間、空振りしたゴーレムの巨腕がコンクリートで固められた大地を破壊した。

 ガアアアアアアアアアアン!

 爆発音にも似た轟音が辺り一帯を包み込んだ。

 衝撃で地面は隆起して、飛び散った石片が周囲の壁や家を破壊する。

「くっ!」

 ナックルは飛んでくる石片を右腕で叩き割る。

 だが、それと同時にゴーレムはその巨体からは考えられない速度でナックルの眼前へと詰め寄った。

 既にゴーレムは腕を振り上げ終わり、後はナックルへと振り下ろすだけだった。

「ちっ」

 既に回避は叶わない。ナックルは迫ってくる巨腕を右腕で殴り付けた。

 ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァン!

 先程よりも強い音が周囲へと響き、はたして、壊れたのは巨人の腕だった。

 硬度の違う金属と衝突した土塊の巨腕は罅割れて肩まで砕け散る。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 激痛が走ったのか、ゴーレムは仰け反り、その隙にナックルは距離を取る。

 ナックルの顔は強張っていた。

 心臓は早鐘を打つ。

 刹那の攻防を生き残った事にではない。

 今ここにゴーレムが存在している事に動揺していた。

「マジかよ」

 逃亡は叶わない。仮に逃亡しよう物ならばゴーレムは辺り一帯を破壊する。

 周囲に野次馬が集まってくる気配があった。

 死ななくて良い命ならば死なせるのは忍びない。

 ナックルは再びゴーレムから十メートル程の距離を取った。

 ナックルにとってもゴーレムにとっても一歩で詰められる距離だ。

「GAAAAAAAAAAAAA! AAAAAAAAAAAAAAAA!」

 ゴーレムは未だ失われた右腕は痛みに悶え、残った左腕を振り回している。その腕が周囲の壁や建物を砕いていた。

 だが、それも長く続かなかった。

 まるで磁石の様に周囲に散乱したコンクリートや土がゴーレムの右腕だった部分へと吸い付き、一秒二秒の時間で新しい土塊の右腕を構成する。

「だよな!」

 吐き捨てる様にナックルは言って、再び右腕を構えた。

 ゴーレムは最早痛みを感じないのか、両腕を振り上げてナックルへと突撃する。

 丁度この場に着いてしまった野次馬が目の前の光景に悲鳴を上げた。

 ナックルはゴーレムの両腕が振り下ろされる直前、右脚の爆風に乗ってゴーレムの懐へと潜り込んだ。

 人間で言うならば心臓の位置。

「ラァ!」

 そのまま右の大砲の打ち込み、ズガン! と、ゴーレムの胸に大穴が開く。

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 ゴーレムは絶叫を上げて、ナックルを掴もうと伸ばした腕を畳む。

 ナックルの方が一手早い。

 ナックルは空中で右脚を蹴り上げ、ゴーレムの腹へと右足を向けた。

 ダァン! 右足が火を噴いて、ナックルの体が弾丸の様に加速する。

 ゴーレムの巨腕は左と右が激突して互いに砕け散った。

 だが、ナックルの表情は晴れない。

 瞬く間にゴーレムの両腕は周囲のコンクリートと土を吸収して再生する。

「ああ、もう、面倒くさい!」

 ゴーレムの再生能力の脅威をナックルは良く知っている。

 圧倒的質量と明確な意思を持って殺しに来る巨大な土人形。

 単純ゆえの強さ。

 ゴーレムを破壊するための方法は二つある。

 一つは再生能力が追い付かないほどの速度で破壊し続ける事。ナックルの右腕ではそれは不可能だ。

 ならばもう一つの方。何処かにあるはずの再生に使われる核を破壊するしかない。

 心臓部分に当たりを付けて先ほどナックルは攻撃したが、心臓部分ではないようだ。

「なら、頭か?」

 今まで経験上最も多かった核の位置は心臓部。次が頭、その次は腹だった。

 腹は先ほど右脚で蹴った時の感触からしておそらくだが核は無い。

「でも、頭、か」

 ゴーレムの頭は地上から四メートルを越えた位置にある。

 ただ殴るだけなら右足からの爆風で跳び上がれば出来る。

 だが、あのゴーレムの巨腕を掻い潜りながらと成ると成功率は低いだろう。

「こんな事ならちゃんとアッパーの練習もするべきだったな」

 どちらかと言うとナックルはストレートパンチが好みだった。時点でコークスクリュー。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 ゴーレムの叫び声は止まらない。むしろ強くなっている。暴れ回る激しさも増していき、最早巨大な削岩機だった。

「嘆いている時間は無いか」

 一つでもまともに当たれば終わりの竜巻をギリギリで避け、鉄の右腕で砕きながらナックルは右足からの爆風に乗って右に左に直線的な移動を連続で繰り返した。

 連続の爆発で右脚が強烈な熱を持つ。

 微かに靴のゴムが溶けた臭いがした。

 ナックルの右脚は元々連射を想定して作られていないのだ。

 このままのペースで動き続ければ、遠からず暴発し、ナックルの右脚は壊れて使い物に成らなくなるだろう。

 ナックルはタイミングを計っていた。

 必ず来るはずの必殺の時。

 それはすぐに来た。

 ゴーレムが蚊を潰す様に両手でナックルを潰そうとした。

 ダァン!

 ナックルは一瞬、後方二メートルにステップを踏んだ。

 ガアアアアアアアアアアアアン!

 乗用車同士の衝突音の様な音がナックルの眼前で鳴り響く。

 ゴーレムの両腕が再び砕け、即座に再生を開始した。

 だが、瞬間的な再生だとしても、それにかかる時間は零では無い。

 ダァン!

 再びナックルの体が残像を残して消えた。行き先はゴーレムの懐。

 拳の狙いは顔では無い。脚だ

「シッ!」

 ズガァン!

 ナックルの鉄拳がゴーレムの左足の膝を砕いた。

 圧倒的な質量をたった二本の脚で支えているゴーレム。

 片方の軸が折れれば即座にバランスがモーメントに従って崩れ倒れる。

 ゴーレムは割れに割れた地面を更に砕きながら膝を折った。

 頭部は地上二メートルの位置に。

 ダァン!

「セイッ!」

 短い気合と共にナックルの右ストレートがゴーレムの頭部、赤い水晶の瞳に突き刺さり、その威力でゴーレムの頭部は砕け散った。

 拳からゴーレムの核を砕いた感触がナックルに伝わる。

「GA!」

 ゴーレムの声は短かった。

 核が砕かれたゴーレムは糸を切られた操り人形の様に呆気なくただの土塊へとその姿を変え、ドシャア! とその場に土の山を作った。

「……ふぅ」

 右脚から煙を出しながら、ナックルは右肩を回して息を吐く。

 遠くから見ていた野次馬達も戦いが終わった事を悟ったのだろう。こちらへと走ってくるのが見える。

「ん?」

 だが、その中でナックルはこちらへ走ってくる野次馬達と間逆に、野次馬の群れを縫う様に逆行するメイド服を来たブロンドの髪の女の後ろ姿を見た。

 追うのは難しい。野次馬達が邪魔だ。

「逃げるか」

 ダァン!

 最後に右足から爆発を起こし、ナックルは上空へ放物線を描いて跳びその場から逃げ去った。

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