第二話 ③
*
「何だって?」
「ですから! 皆殺されちまったんですよ! 首が吹っ飛んで心臓が握り潰されて! あんなの人間じゃない、人間があんな事出来るはずが無い!」
館の執務室にてワイシャツを着た線の細い壮年男性の言葉に、机を挟んだ所で黒いスーツを着てメイド達に肩を抑えられた金髪の若い男が狼狽した様に言葉を繰り返していた。
時刻は午後二時。
とある仕事を申し付けた筈の部下達が何時まで経っても帰って来なかったため、男はメイド達へ探して来るように命令を出し、一時間ほどでメイド達に引き摺られる様にしてこの金髪が部屋に入ってきたのだ。
金髪は狂乱していた。歯の根は合わず、眼の焦点は滅茶苦茶で、支離滅裂な報告をした。
その報告の中、男は、襲撃は失敗した事、金髪以外の全ての部下達が殺された事を知った。
それもおよそ人間がしたとは思えない殺され方で。
「右半身が金属の男か」
マリアから話は聞いていた。右半身が金属で覆われた奇怪な男が、愛するリンダに近付いたと。
いつもの様に撃ち殺せれば良いと黒服達を放ったが、男の右腕で壊滅させられたらしい。
信じられない話だったが、十メートル先に居た男は銃弾よりも速く動き、鉄の拳が大砲の様に黒服達の体を破壊したらしい。
「くそ、くそくそ! 何だよあいつ!? 何だったんだよあいつ!?」
金髪は未だ狼狽し、会話に成らなかった。
だが、問題は無い。聞くべき情報は全て聞き出せた。
要は普通の人間ではあの金属の男は殺せないという事だ。
男は机の引き出しを開け、中から押し出し式の注射器を取り出した。
注射器の中身には蛍光色の液体がタプンと詰っている。
「抑えておけ」
短い男の命令にメイド達は直ちに従い、金髪の肩に置いた手の力を強くし、金髪を床にうつ伏せに倒した。
「かはっ」
突然の衝撃に肺の中の空気が押し出され、金髪は咳き込む。
「放せ!」
体を起こそうともがくが、メイド達の力は金髪の想像を遥かに越えて強く、まるで岩の様にビクともしなかった。
男は膝を付いて右手に持った注射器の針を金髪の首、大動脈の位置へと当て、中の蛍光色の液体を注入した。
「がっ! かhsじゃy!」
変化は劇的だった。金髪は眼を限界まで見開いて、酸素が無くなったかのように息を吐いた。口元からは泡が吹き出している。
「お前にはもう一度行ってもらう」
男は興味を失った様に机へと戻った。
*
午後七時。
適当に夕食を済ませたナックルはホテルセブンリトルズに戻ろうとしていた。
このまま宿で荷物をまとめて帰るつもりなのだ。
正直名残惜しかった。
旅に掛かる金も無料ではない。一週間は滞在するつもりで予定を組んでいたのにパーに成ってしまった。
まあ、元々気の向くままに旅をしてきたのだから、こういう事もあるかと無理矢理自分を納得させてはいたが、釈然としない物が胸に残る。
「……ビューティースリーピータウンにも行ってみたかったんだが」
パンプレットに書いてあった様々な寝具が軒を連ねるという町にも言ってみようとチェックをしていたのだが、行けそうに無かった。
フィーネへの土産にアイマスクでも買ってやろうかと思っていたが、そのプランもパーである。
「はぁ」
そう溜息を吐いていた時である。ホテルリトルセブンズが見えてきた頃だった。
「あ、あ、ああうあ」
ナックルの目の前に金髪の黒服を着た男が現れた。
顔に見覚えがある。昨日ナックルが見逃した黒服達の一人だ。
だが様子がおかしい。薬を浴びたかの様に眼からは光が消え、涎が垂れ流しだった。両手はゾンビのようにダランと垂れていて、微かに下半身から異臭がしていた。
「何の用だ?」
右半身を下げて半身の体勢に成る。
見るからに正気ではない。ドラックをやっているのだろうか。
嫌な予感が後頭部をチリチリと焦がしている。
ズリ、ズリ。足を引き摺って黒服がナックルへと歩み寄ってくる。
それと同じだけの距離をナックルは摺足で後退した。
昨日の様に走って逃げてしまえば簡単なのかもしれないが、背中を見せるのはまずいとナックルは何故だか直感していた。
嫌な予感は何故だか良く当たる物である。
「ああ、あうあ、おいえあ、が、ああ」
黒服の呻き声は徐々に強くなる。
それと比例する様に黒服の足が進む速度が速くなって行く。
もう面倒だから殴って気絶させるかと思った矢先だった。
「がっ」
黒服の呻き声が唐突に止まった。
その刹那だった。
ボコボコボコと奇妙な音を立てて、黒服が〝変形〟した。
何故だか、ナックルは炭酸飲料を思い出した。
蓋を開ける前に一度地面をバウンドしてしまった炭酸飲料だ。
黒服の肌と言う肌が泡立った。皮膚の下から爆発的に増殖していく泡は黒服の体を膨張させ、その形を変化させていく。
「GAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
そして現れたのは土塊の巨人だった。
二つ有った筈の眼は水晶球の様な大きな赤いガラスに変わり、柔らかさを持っていたはずの肌は罅割れた大岩に成った。
巨人の拳はナックルの体を簡単に掴めるほどの大きさだ。
黒服はもう人間では無い。ただの化け物だった。
ナックルは言葉を失った。目の前に映った化け物の存在が信じられなかった。
「……ゴーレム」
つい出てきた言葉はそれだった。
遥か遥か昔、錬金術師が作り出したと言う土塊の自動人形。神話の時代のフィクションがそこに居た。