第二話 ②
リンダの言葉にナックルは確信した。
彼女は昨日の黒服達の事を知っている。
そして、それと同時に思い至った。町民達はナックルへ視線を避けているのではない。リンダを意識しない様にしているのだ。
思い返すなら、何故、昨日ナックルがリンダと出会った時、真昼間の公園に子供の姿が一人も居ないのか。
「さあ、特に何も無かった気がするけど?」
ナックルは嘘を付いた。リンダはもしかしたら黒服と同じくナックルを殺そうとしているのかもしれない。
簡単に情報を渡すわけにはいかなかった。
「……そう。なら良いんだけど」
ナックルの言葉を信じていないだろう。リンダは顔を晴らさないまま、自分の額へ手を当てた。
それを見ながらナックルは左手に持ったレインボードリンクのストローへ口を付ける。
七種類のフルーツの味が見事に共演した異色のフレーバーだった。
しばし、噴水を見つめながら魅惑のドリンクを味わっているとリンダは額から手を離し、ナックルへと向き直った。
「ナックル、悪い事は言わないわ。今日中にこのメルヘンシティから出て行って。出来るだけ早く。出来る限り遠くへ」
どうやらリンダは黒服の事を知ってはいても、ナックルを殺したい訳ではないようだ。
「まだ観光とかしていきたいんだけど?」
「それでもよ。お願い。詳しくは言えないけど、このままメルヘンシティに居ると危険なの。あたしの所為だけど、見たところまだ怪我とかしていないみたいだから、今の内に出て行って。ね?」
ズイッとリンダは縋り付くようにナックルへと詰め寄った。
拳一つ分程に成った鼻先同士の距離。
視線は強く、嘘を付いているとは思えなかった。
事実、もしもナックルがただの一般人だったのなら昨日の黒服達の襲撃の時点で殺されているはずだ。
このままリンダの忠告に従ってメルヘンシティを去ると言うのは充分に考えられる選択肢だった。
けれど、ナックルはリンダへ問い掛けた。
「リンダ、お前には秘密があるようだな?」
「ッ」
見るからにリンダは反応した。眼が瞬間的に見開かれ、肩が強張っている。
チラッとナックルは周囲を見た。
半鉄人と灰髪の少女という目立つ組み合わせだと言うのに、町民達は誰一人として視線をこちらへ向けていない。
「どうやらこの町でお前は有名人みたいだ。俺が昨日襲われた事もそれに関係があるのか?」
「!? あ、あなたさっきは何も無かったって!」
「あれは嘘だ。本当は黒服達に襲われた。拳銃でバンバン撃たれたよ」
「そんな……。でも、何処も怪我していないわ。ええ、勿論それが良いんだけど」
リンダはマジマジと怪我一つ無いナックルの体を見つめた。
「ちょっと俺は特別製でね。あんな銃を持っただけの人間なら束に成っても俺を殺せないさ。さて、やっぱりリンダはあの黒服達を知っているみたいだな。あいつらは何で俺を殺そうとするんだ?」
皮肉気にナックルは笑い、リンダの返答を待った。
失言を悟ったのか、リンダは下唇を小さく噛んで、ナックルを睨んだ。
だが、睨み付けは長くは続かず、「はぁ」とため息を吐いてリンダは肩を落とした。
「ごめん。ナックル。あなたが殺されるのはあたしの所為なの。あたしとあなたが楽しく話しているのが、ご主人様に伝わってしまったから」
「ご主人様? 昨日居たマリアってメイドさんが話していた人の事?」
「うん。ご主人様はあたしに執着していてね。あたしに話しかけたり、あたしが話しかけたりした人や生き物は皆ご主人様の命令で殺されちゃったわ」
「おいおい、それが分かっていて俺に話しかけたのかよ」
「本当にごめん。まさかあんなに早くマリアがあたしを見つけるなんて思わなくて。それにあなたの外見に驚いちゃって、油断していたわ」
リンダの言葉には後悔が滲み出ていた。
昨日のあの楽しげな会話を悔やんでいるのだ。
「だから、さっきから誰もリンダの事を見ないのか」
「ええ。このメルヘンシティの皆が知っているわ。あたしは死神よ。灰色の死神。あたしと話した人は皆殺されるって」
寂しげに渇いた自嘲気味の笑みをリンダは浮かべた。
「ねえ、ナックル、これで分かったでしょ? 確かにあなたは今まで殺された人達とは違うみたいだけど、ご主人様の力があれば絶対に殺されてしまうわ。だから、お願い。あたしと会話してくれた不思議な鉄の人。このままこの町を出て行って」
懇願だった。リンダの眼は心の底からナックルに死んで欲しくないと思っているのだ。
少し考えてナックルは肩を竦めた。
宿代が大分無駄に成るが、しょうがない。
「ああ、分かった。今日の夜にはこの町を出るよ」
「ありがとう」
ナックルの言葉にリンダはとても寂しげに安堵した微笑みを浮べていた。