第一話 ③
「一体何だったんだ?」
コートに染み付いた血をショルダーバックから取り出したタオルで拭き取りながら、ナックルは今自分が殺した黒服達の十一の屍を見た。
何度見ても黒服達の顔に覚えは無い。彼らの口ぶりから誰かに依頼されてナックルを殺そうとしたのだろうが、思い返してもこの町で殺される謂れなどナックルには無かった。
「逃げたのは一人か」
黒服達の中でたった一人。銃を放り出し、逃げて行った男の姿があった。
今から追いかける事もできるが、ナックルは自分を殺そうとしない限り、殺そうとは思わなかった。
あらかたの血を拭い終わり、ナックルはダッフルコートを着直した。このダッフルコートは特別製である。あれ程ベッタリと付いていた血糊が綺麗に無くなっていた。代わりに結構気に入っていたタオルが真っ赤に成ったが、それは必要経費と言う物だろう。
「さて、文句でも言うか」
ナックルは速やかにフィーネへと電話を掛けた。
『はいはいー。さっきの今でどうしたの?』
「こんなに物騒な町とは聞いてない。ここはほのぼのとした都市じゃなかったのか?」
『そうだね。だからボクも観光がてらいってらっしゃいって言ったんじゃないか』
ナックルはフィーネからメルヘンシティはほのぼのとしたのどかな都市と聞いていた。
それがどうだろう。来て一日目でいきなり銃弾の嵐である。
「のどかな町ってのには銃声なんて聞こえないはずなんだフィーネ。常識知らずのお前には分からないかもしれないが」
『失礼な。ボクほどの常識人も中々居ないよ。というかおかしいね。ボクが聞いていた話では御伽噺みたいにフワフワした正に夢の国って感じの都市な筈なんだけど』
「こんな夢の国認めてたまるか。むしろ夢の国に飛ばされそうだわ」
『まあ良いじゃん。普通の人間にキミが殺されるはずが無いんだし。どうせ返り討ちにしたんでしょ?』
「今足元で死んでるよ」
『あらら、ご愁傷様。さっさと逃げれば良かったのに』
「誰かに依頼されて俺を殺そうとしたらしい。どうやら俺は逆鱗とやらに触れたそうだ」
『ああ、それそれ、さっきボクがキミに言った〝逆恨み〟だよ。流石ボク。この占いの的中率の高さ。惚れ惚れしちゃうね』
電話越しに浮かぶフィーネのフフンとしたドヤ顔にナックルはイラッとした。
このまま通話を切りたくなったが、その気持ちを鋼の精神力で耐え切り、ナックルはフィーネへ一つお願いした。
「フィーネ、すまんが占って欲しい。俺はこの町でどこのホテルに泊まれば良い? 流石に血の匂いがする男が泊まれる宿ってのは少ないだろう」
銃で命を狙われるという体験をしたのにも関わらずナックルはこの町から出て行こうとはしなかった。一週間は必ず滞在する気を崩さなかったのだ。
『とりあえず手近な宿に入ってみれば? ホテルマン達もプロだから無下にはしないでしょ。いざ悲鳴を上げられても良い経験だって』
「殴るぞ?」
『まあ待とうか。キミの拳で殴られたボクみたいなか弱い少女は一たまりも無い。女の子はマシュマロよりも耐久率が無いんだから丁重に扱いたまえ。良いよ、占ってあげる。…………………………ナックル、その路地を出たら眼を瞑って好きな方向に二百三十七歩歩いてみな。大丈夫、その間は何かぶつかったりしないから』
「分かった。じゃあ切るぞ」
『はいはい~。またね~』
ピッ。
通話を切り、ナックルは路地裏を出て、フィーネの言葉通り眼を閉じて歩き出した。
腐れ縁ではあるが、フィーネの占いをナックルは大きく信用している。
二百三十七歩。
眼を開けると、そこには〝ホテルセブンリトルズ〟という名前の小ぢんまりとした二階建ての宿があった。
ドアを潜り、ナックルは受付へとすたすた歩いていく。
そこには林檎を食べているホテルマンが居た。
「あら、お客さん。いらっしゃいませ。宿泊ですか?」
「とりあえず、一週間泊まりたいのですが」
「御代は?」
「ここに」
懐から財布を取り出し、ナックルは中から紙幣を数枚取り出し手渡した。
「ではどうぞ。鍵はこちらです。朝食は朝七時から十時まで。大浴場は一階右手の奥にあります」
「ありがとう」
207と書かれた札が貼られた鍵を受け取り、ナックルはホテルマンが示した扉を潜り、階段を昇って、目的の部屋に入った。
簡素な部屋だった。中央にベッドが置かれその脇には小さな机と箪笥がある。部屋の扉のすぐ近くにはユニットバスがあった。
「とりあえず洗うか」
ポンポンポンとナックルは着ていた衣服を脱ぎ去り、浴室へと放り込んでお湯を入れ始めた。
下着姿になり、球体関節の目立つ右腕と右脚が外気に晒される。
そのまま靴も脱いで、右靴の点検を始めた。
ナックルの右脚は右腕と同じ様に金属製であり、これにはギミックがあった。
黒服達の銃弾を避けたあの超絶な爆発はナックルの右足裏からの物である。ふくらはぎに込められた薬莢が爆発する事で足裏から銃口の様に爆風が放たれ、それが推進力へと成ったのだ。
右足の爆発を生かすため、ナックルの右足側の靴も特別製だった。表面上は革靴だが、アウトソールは鋼鉄製であり、中央にはぽっかりと穴が開いている。
こうでもしなければ爆発するたびに靴が消え去ってしまうのだ。
「あー、ちょっと溶けたか」
右足部分の靴底の穴の周りは爆発の熱にやられたのか少々溶けた後が見えていた。使う分には問題は無いが、見栄えが悪い。
ナックルはショルダーバックからヤスリなどの工具を取り出して、穴の形を整え始めた。
「全く、あいつらは何で俺を殺そうとしたのかね」
ブツブツ文句を言いながら、ナックルはこのメルヘンシティは自分の目的地と成り得るのかどうかぼんやりと頭の片隅で考えていた。




