第五話 ⑪
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ゴウッ!
迫ってくるリリーの右の巨腕をナックルは鉄拳で殴り付けた。
「ッ!」
ナックルとリリーでは膂力が違う。力負けし、ナックルの体は後方へと弾き飛ばされる。
「あラ?」
だが、それで良かった。
弾き飛ばされた直後、ナックルが居た位置に今度はリリーの左腕が打ち込まれる。
ナックルはあえてリリーの攻撃に弾き飛ばされる事で追撃の拳を避けたのだ。
今のリリーが持つ巨人の腕は二本。
これは単純に手数が二倍になるというだけではない。
ナックルは右半身のみが金属で、攻撃も防御も右腕任せだ。
だが、今のリリーは違う。
右が攻撃するなら左が防御。右が防御するなら左が攻撃。
もちろん今みたいに右と左両方で攻撃も、逆に、右も左も防御に回す事ができる。
先程と考えられる手札の種類が段違いだ。
けれど、距離は開けず、打ち合う事こそがナックルの戦い方だ。
ダァンッ!
地面に落ちる直前、ナックルは再び右足を爆発させ、リリーへと突撃する。
宙を切った左の拳の所為でリリー体勢が崩れていた。
一瞬でナックルはリリーの懐へと潜り込む。
「マあ!」
リリーが感嘆の声を上げ、それと同時にナックルはその顔面へ拳を放った。
ビキビキビキビキ!
しかし、ナックルの拳がリリーの顔面に当たる直前、リリーの土のドレスから何層もの土片がその頭をヘルメットの様に覆い、ナックルの拳を阻んだ。
何層にもわたった土のヘルメットは鉄拳の衝撃を分散させる。
「!」
今、ナックルはリリーの懐に潜り込んだままだ。
ダァンッ!
ナックルはすぐさま後方へ跳び去るが、
しかし、その右足はリリーの巨大な左手が掴まれる。
「つかマエた」
「放せ!」
ナックルは身を捩るが、リリーの左手はピクリともしない。
「そォれ!」
リリーはそのまま左腕を振るい、ナックルの体を地面へと叩き付けた。
ナックルはギリギリで右半身から地面に落とすのが精一杯だった。
致命的なダメージは避けられるが、衝撃は消せない。
「がっ!」
肺から空気が押し出された。
リリーはそのままもう一度左手を振り上げ、ナックルをまた地面へ叩き付けようとする。
「舐めるな!」
ダァンダァンダァンダァンダァンッ!
ナックルは右足を出来る限り連続で爆発させる。
リリーの左腕は爆発を逃す事ができずそのまま罅が割れ、遂には砕けた。
ダアァンッ!
右脚が開放された瞬間、ナックルはすぐさま爆発に乗ってリリーの間合いから離れ、西側の壁を背にして鉄拳を構えた。
「にげルナンて つれマセン ネ」
リリーは砕けた左手を見た。すぐさま左手の再生が始まり、一秒二秒もしない内に元通りの巨大な土の腕が生まれる。
「何だそのドレス?」
それにナックルは眼もくれなかった。今リリーを殴り付けた時、自動で生まれたヘルメットはナックルの鉄拳の威力を完全に殺していた。
どうやら、リリーの全身を覆うあの土のドレス相手ではナックルの鉄拳は威力を持たない様だ。
「さて、どうする?」
もうナックルの鉄拳は有効打ではない。
そして、土のドレスを無効化する手段をナックルには思いつかなかった。
更に言うならば、ナックルの右脚の熱が異常領域に達している。
爆発はもう連続では使えないだろう。
「――!」
その時、ナックルの耳に聞き覚えがある声が届いた。
ナックルは視線を上げ、声が聞こえた方向、左上方へ視線を向ける。
「リンダ!」
そこには先日と似た様にリンダ姿があった。
ナックルが自分の存在に気付いた事にリンダもまた気付いたのだろう。
リンダは有りっ丈の空気を吸ってナックルへと叫んだ。
「ここが勝負時よ!」
ナックルは眼を見開いた。
懐かしい指示だ。
ナックルは笑う。
遥か昔、発明戦争で、ナックルは今の言葉を何度も聞いた。
「了解!」
ナックルは頷いて、左手を右の耳へと伸ばした。
ナックルの右耳は特殊なシリコン製。
その耳たぶの真ん中に丸いボタンが嵌められている。
リリーも並々ならぬナックルの雰囲気に気付いたようだ。
彼女の視線が大声を出したリンダからナックルへ視線を戻す。
その視線が届いた直後、ナックルは口上と共に右耳たぶのスイッチを押した。
「リトルハーフジャイアント!」




