第一話 ②
あれからナックルはレッドキャップタウンを散策し終え、今はホテル街が連なるスイーツハウスタウンを歩いていた。
時刻は午後八時を過ぎ、ナックルは今日の、というかしばらく滞在するためのホテルを探している所だった。
ナックルは新しい町に着く度、平均で大体二週間ほど滞在している。ちなみに、一番長く滞在したのは一年半だった。
さて、今回の滞在はどれくらいの長さになるだろう。そんな事を考えながらナックルは、右と左ちぐはぐに足を出しながらホテルを物色していた。
その時、ナックルのダッフルコートの左ポケットに入っているスマートフォンがブーブーと振動した。
「……フィーネか」
左手で取り出し、着信の主の名前を見てみると、そこにはナックルがこの町に来る理由の一つと成った占い師、フィーネの名前があった。
「はい、もしもし、ナックルだ、どうした?」
『やあやあ、フィーネだよ。運命の出会いは見つかったかい?』
電子音が混ざったアルトボイス。ナックルも聞き慣れたフィーネの声だった。
彼女は電話口の向こうでニヤニヤと笑っているに違いない。
「そうそう運命の出会いなんてあって堪るか。変な女の子に絡まれただけだよ」
『その女の子こそナックルの運命の相手なんじゃない? キミみたいな不審者バリバリの鋼鉄製アンドロイドみたいな男に好き好んで話しかける女の子なんて早々居ないよ』
「切るぞ?」
ミシッと左手のスマートフォンが軋んだ。
フィーネの軽口は昔から変わらないが、だからと言ってイラッとしない訳ではない。
『わー、待って待って。さっき暇だからキミの直近の運勢を占ったんだ。面白い結果が出たから教えておきたくてね』
「録でもない結果が出たな?」
ナックルは左眉を顰めた。普通なら莫大な金か相応の対価が無ければ他者を占わないフィーネだが、昔馴染みであるナックルについては頼んでも居ないのに勝手に占い、ろくでもない結果が出た時のみわざわざ電話を使って連絡してくるのだ。
こう成っては今更通話を切っても無駄である。
むしろここまで言われたら占い結果が気に成るのが人情と言う物だ。
ナックルは嘆息混じりにフィーネへ続きを促した。
『うーんとね、逆恨み、ドンマイ! って感じ』
「んなアバウトな」
『とりあえずその町に居ると色々と苦労があるみたいだよ。ガンバ!』
「ああ、そうかい。今度お土産混じりに何があったのか話してやるよ」
『よろしく!』
ピッ。
伝えたい事は終わったのか、フィーネは速やかに通話を切り、ナックルの左耳にはツーツーという音しか聞こえなくなった。
「何時に成ったらあいつは年相応に成る事やら」
やれやれと同世代の友の言動に肩を竦めながらナックルはホテル探しを再開した。
二十分後。
「ちくしょう的中だ!」
吐き捨てながらナックルはスイーツハウスタウンを爆走していた。
右足で大きく跳び、左足で小さく跳ぶ、ナックル独自のおかしな走り方だ。
さて、そろそろホテルを決めるかと思い、ふと見えたグレーデルホテルへ入ろうとした矢先、突然ナックルを一発の銃弾が襲った。
ナックルはそれを右足でステップを踏む事で避けたが、その瞬間ぞろぞろと拳銃を持った黒服達が現れ、鬼ごっこが始まったのだ。
バンバンバン!
ナックルの後ろからは銃声が聞こえる。銃弾はナックルを狙い、真っ直ぐに伸びてくる。
それをナックルは右に左に跳びながら、時に右手で弾きながらギリギリで逃げ続けていた。
「おいお前ら! 善良な観光客に何をする!? というか俺が何をした!?」
首を左に小さく回し、ナックルの左眼が彼を追う黒服達の姿を見た。数は十人ほど。いずれも手に拳銃を握り、絶え間なく、放ち続けている。
「……」
ナックルの言葉に黒服達は答えない。彼らは無機質に銃弾を込め、照準をナックルへと向けていた。
「何が目的だ!?」
黒服達はただのゴロツキでは無い。引き金を引く動作に躊躇いと無駄が無さ過ぎる。訓練を受けた人間の動きだった。
右に左に、ナックルは思い付くままに走り続ける。
だが、土地勘も無い素人では逃げ続けるのにも限界があった。
気付いたらナックルはホテルとホテルの間の袋小路に追い込まれていた。
「ちっ!」
前方に行き止まりが見え、ナックルは舌打ちをした。
後ろからは規則正しい黒服達のかけ音が聞こえている。
とうとうナックルは壁際まで到達し、振り返った直後、ドタドタドタと黒服達が現れる。
十数の拳銃がナックルへと向けられていた。
黒服達は作戦の遂行を確信したのだろう。先程までと違い、無闇に弾丸を放とうとはしなかった。
「何で俺を殺そうとする?」
ナックルは一番前に出ているリーダー格と思われるスキンヘッドの黒服へと問い掛けた。
「お前はあの方の逆鱗に触れたのだ。同情はしよう。だが、これが俺達の仕事だ」
「あの方? 誰の事だ? 俺はこんなナリだが、この町に来てまだ一度も粗相とかした思いでは無いぜ? そんな無実の人間を殺そうとするのか?」
「そうだ。諦めろ」
スキンヘッドは平坦な声を崩さず、引き金を引こうとした。
バ――ダァンッ!
しかし、それは叶わなかった。いや、引き金自体は引く事ができた。だが、スキンヘッドは自分が放った弾丸がナックルへ届いた場面を見る事は無かった。
スキンヘッドが引き金を引こうとしたその瞬間。スキンヘッドの頭部が消失したからだ。
正確には、一瞬で距離を詰めたナックルの鉄拳がスキンヘッドの顔面へと突き刺さり、その威力を持って首から先が吹っ飛んだのだ。
放ったはずの銃弾の音はそれ以上に大きな爆発音に掻き消されていた。
「は?」
周りに立っていた部下達が間抜けな声を出した。一瞬前までナックルが居た場所にはもくもくと土煙が上がっていて、一瞬前までそこにあったはずのスキンヘッドの頭が大砲を浴びたかの様に消失していた。
一拍の間を持って、スキンヘッドの体は、首の断面から血を噴き出しながらゆっくりと仰向けに倒れた。
「あ、あ、てめえ!」
スキンヘッドのすぐ左隣に立っていたサングラスを掛けた黒服が激昂しながら銃口をナックルへと向け、引き金を引こうとした。
ダァンッ!
だが、その直後、ナックルはまた瞬間的に姿を消し、その右拳がサングラスの胸、心臓部分へと突き刺さっていた。
「え?」
それがサングラスの最後の言葉だった。
ずるりとナックルの右腕が胸から引き抜かれ、ヌチャアッと水っぽい音を鳴らす。
それを見て、やっと他の黒服達も正気に戻り、銃口をナックルへと向けた。
瞬時に銃弾は放たれ、バンバンバン! と音を鳴らすかと思われた。
だが、まただ。また、ダァンッ! と爆発音が地面より鳴り響き、ナックルの姿が黒服達から消えた。
気付いたら、ナックルはつい五秒前まで居た壁際へと戻っていた。
鮮血に塗れた右腕と、フードが外され、右側全てが鉄に覆われた顔面が露出さえしていなければ、まるで五秒前までそこに居たかの様に。
鉄の瞳が黒服達へ向けられる。二人減り、今ここに居る黒服達の数は十人だった。
ナックルは言った。
「もう一度聞こう。俺を殺す気か?」
この言葉を聞いても黒服達の行動は変わらなかった。
黒服達の誰かが号令を出した。「撃て!」
それが黒服達の最後の言葉に成った。
「三度目は聞かない」
そこに先ほどまでの善良な観光客の姿は無かった。
そこに居たのは鉄腕の殺戮者。
命を殺す右腕が、右足からの爆発を推進力に銃弾よりも早く飛んでいく。
路地裏から銃声が消えたのは八秒後の事だった。