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第五話 ⑧

 *


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 リンダはマリアに手を引かれ、二階の物置の中へと逃げ込んだ。

 ドアの外から巨人体に成ったメイの声が聞こえる。

 声から理性は削げ落ちていた。最早、アレはただの巨大な土人形。捕まったらリンダもマリアも命は無い。

「……」

 左耳を壁に押し当てながらマリアが外の音へ耳を澄ます。左手は右肩を押さえていた。

 既に、右腕は二の腕から先が消失している。

 リリーと呼ばれたあのゴーレムの能力らしい。

「マリア、腕が」

「大丈夫です。すぐに治まります」

「嘘言わないで。さっきから止まる気配が無いわ。さっきのゴーレムが何をしたのかは分からない。でも、このままじゃマリアの体が全部溶け切ってしまうんでしょう?」

「私の身がどうなろうと構いません。リンダ、あなたが生き残ってさえくれれば、私はそれで良いのです」

 何だ、それは? とリンダは思った。

「何、言っているの? マリア、あなたはおかしいわ。何であなたがあたしを助けるの? ずっと、ご主人様の言い成りであたしを監視し続けていたあなたが」

「その質問に今答える時間はありません」

 リンダの質問にマリアは答える気が無いのだろう。

 理性の部分でリンダもそれを理解していた。この部屋の外では巨人体ゴーレムが自分達を探して歩き回っている。もしも見つかれば、自分達に命は無い。

 けれど、感情の部分が受け入れる事を拒否した。

「駄目。答えて、マリア」

「……リンダ、いえ、お嬢様、あなたは私の光なんです。ごめんなさい。自分でもおかしいと分かっています。でも、私はあなたに笑って欲しかった。ずっとずっと昔から。また、初めて会った時みたいな陽だまりみたいな笑顔を浮べて欲しかった。ごめんなさい。これ以上は時間がありません」

 マリアはそれで言葉を打ち切って、左手でポケットからスマートフォンを取り出し、耳に当てた。

「フィーネ様。十パーセントを引き当ててしまいました。現在、サンドリヨン邸二階物置の中で隠れています。廊下を巨人体ゴーレムが徘徊中。私はリリーの能力を喰らって右手から体が溶け始めています。十五分もあれば全身に回るでしょう。どうしたら、この場から生還できますか?」

 電話の向こうではフィーネと呼ばれた相手へマリアが報告している。

後、十五分でマリアの溶解が全身に回るという言葉にリンダは絶句した。

 もしも、身体中が溶けたらどうなる? 核が無事ならばゴーレムは死なない。だが、もしも核も共に溶けてしまうとしたら?

 リンダの胸に喪失する恐怖が広がった。

 過去、マリアに裏切られたとリンダは思った。マリアはリンダを監視するために存在していたゴーレムで、マリアの眼がある限り自分は何処にも逃げられないのだと思っていた。

 だが、そんなマリアが今、リンダを助けようとしている。

 かつてリンダがマリアへ抱いていた親愛がゆらゆらと淡く立ち上がり、それと同時に現在進行形で崩れていくマリアの体から眼が離せなくなってしまっていた。

 ずっとずっと、笑って欲しかった?

 訳が分からなかった。マリアはずっとリンダを監視していたのでは無かったのか?

 本当は胸の中でリンダがまたあの幸福な日々の様に笑える事を願っていたと言うのだろうか?

『――』

「……はい。それで構いません」

 話が着いた様だ。

マリアはスマートフォンをスカートの左ポケットへ戻し、リンダへと向き直る。

「リンダ。今から私はこの部屋を出て囮に成ります」

「駄目。許さないわ」

 リンダは即座にマリアの提案を否定した。万全の体だとしても巨人体からマリアは逃げられないだろう。

 囮に成るとはすなわち死ぬという事だ。

「分かってください。これが一番お嬢様の助かる可能性が高いんです。お嬢様はずっと外の世界を見たかったのでしょう?」

 確かに、確かにその通りだ。リンダは外の世界を見たかった。籠の鳥で終わるのではなく、外の世界を知りたかった。

「違う! こんなの望んでない!」

 リンダは頭を振った。灰髪が大きく揺れる。

 何を望んでいないのかはリンダには良く分からなかった。

 確かに、ここでマリアが囮に成ればリンダはこの邸から逃げ出せるかもしれない。

 ずっと閉じ込められていたメルヘンシティから飛び出して、切に望んだ旅に出られるかもしれない。

 けれど、こんな結末はリンダが望んだ物ではなかった。

「お嬢様……。申し訳ありません」

 スッとマリアの左手がリンダの頬を撫でた。

 瞬間、バチッと音が鳴り、リンダの膝から力が抜けた。

「えっ」

 床に顔が激突する直前、マリアの左腕がリンダの体を支え、そのままリンダは床へと寝かせられた。

「マリアっ!? どうして?」

「ご安心ください。出力は弱めました。痺れは十秒もすれば治まるでしょう。スマートフォンはここに置いていきます。後の指示はフィーネ様にお聞きください」

 マリアの声が頭上から聞こえる。痺れた体ではその顔を見る事はできなかった。

 ト、ト、ト。

 マリアがドアへと近付く音がする。

 リンダは必死に声を出した。外に居る巨人体ゴーレムの存在など気にも留めないで。

「待って! 待ちなさい!」

 しかし、マリアがリンダの言葉を聞く事は無い。

 ガチャリ。

 マリアがドアノブを開けた音がした。

「では、お嬢様。不肖のメイド、マリア。しばしお暇を頂きます。どうか幸せにお過ごしなさいませ」

 言葉を最後にして、マリアは一息にドアを開け放ち、部屋の外へと飛び出した。

「マリア!」

 リンダは必死に起き上がろうと体に力を込めるが、痺れは未だ取れず、震えるばかりで何もできなかった。

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