第五話 ⑦
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「オハツニお目にかかりマス。ワタクシは リリー。イゴ オミシリオキを」
ドレスの裾を摘んで、リリーと名乗った少女は恭しく頭を下げた。
あまりに場違いな行為。一瞬ナックルは自分が舞踏会か何かに迷い込んでしまったのかと錯覚した。
しかし、違う。そうではない。ナックルが居るのはゴーレムとライフレスの戦場だ。
「リリー! 何でジュリアを溶かしたの!?」
アルがリリーへと怒号を浴びせる。声色には怒りの中に恐怖が混じっていた。
緩慢な視線をリリーはアルへと向ける。
「だって アンマリにも ダメダメなんでスモノ」
「ッ!」
絶句したアルの横をリリーは軽やかに通り過ぎ、今しがた泥と化したゴーレムの側で立ち止まった。
動きは隙だらけ。しかし、ナックルは踏み出さない。
リリーの周りには未だ巨人体ゴーレムが多数居る。
たとえ、巨人体ゴーレム達が動く気配が無かったとしても、無理に攻めるべきではない。
ナックルが攻めあぐねている間にメルの再生が済んだ様で、アルとメルは互いに支え合って立ち上がった。
「ほんとうにダメダメ です。それに ウルサイ です。アル、メル、ワタクシはオコッテいます。できれば イマスグ にでも アナタタチ を トカシテシマイタイクライ」
「黙りなさい。リリー。この門は私達の領域よ」
「門番足る私とアルの持ち場なの」
「我らの役割を壊すのなら」
「たとえあなたでも容赦しない」
アルとメルの言葉にメルは煩わしそうに首を振った。
「アナタタチ コウゴに シャベラナイデください。アタマがイタクなりマス」
そう言いながらリリーは膝を曲げて左手を泥と化したゴーレムへと突っ込んだ。
「ソウデスネエ、オキャクジンにアワセルとしまショウか」
刹那、泥は再び形を変える。
子供が笑いながら泥団子を作る様に、見る見るとゴーレムだった泥は不定形から指向性を持った。
変化は音も無く、二秒に満たなかった。たったそれだけの時間で、リリーの左腕に巨大な土塊の腕が装備された。
巨人体ゴーレムの全身と同サイズの幅三メートルを越える巨大な腕。
そこから感じる圧力は巨人体ゴーレムとも門番型ゴーレムのアルとメルとも段違いだった。
ナックルの直感が告げる。
ああ、これはヤバイな。
即座にナックルは右の鉄腕を構え直す。
ここから先にミスは許されない。
「では オキャクサマ。ダンスを シマショウ」
その時、リリーは確かに笑った。深窓の令嬢が浮べる様な儚き微笑だ。
だが、それに見惚れる場合ではない。
タァン。
リリーは軽やかなステップを踏み、十メートルあったナックルとの距離を零にする。
動きに速さは感じなかった。
だが、その動きには早さがあった。
急な動きだが、ナックルはギリギリで対応する。
ナックルの鉄腕とリリーの土腕が激突した。
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィン!
ナックルの想定以上の硬度だった。
先ほどのゴーレムと同じ材質を使っているはずなのに、土とは思えない、金属同士が激突した音が辺りへと鳴り響く。
だが、それ以上にナックルが驚愕したのは、自分が力負けをし、後方へ弾き飛ばされているという事実だった。
「ちっ!」
左腕が巨人級とは言え、リリーの体自体は華奢な少女の物。一体どんな原理でこの様な力を手に入れているのか。
そんな事考える意味も無い。
「本当に発明者は面倒くさいな!」
悪態を付きながらナックルは地面に右足を向けて爆発を放つ。
ダァン!
着地する直前に生まれた爆風に乗ってナックルはリリーへと突撃する。
距離は開けない。例え力負けしても、打ち合う事こそがナックルの戦い方だ。
ガキン! ガキン! ガキン!
ナックルとリリーの拳同士が何度も直撃する。
その度にリリーの攻撃の重さにナックルの体は仰け反りそうに成る。
ナックルは体重移動で体勢が崩れるのを回避していた。
腕の硬度では並ばれた。
膂力では敵わない。
経験値以外にアドバンテージは無い。
どうする? ナックルは考える。
自分には切り札がある。それの使い時は今なのか?
悠長に決着をつけて入られない。リリーはサンドリヨン邸の正面玄関から現れた。
意識をサンドリヨン邸へ向ければ、中から巨人体ゴーレムの叫び声が聞こえる。
まだ、マリアからリンダを助けたという合図は無い。
ならば、彼女達はまだサンドリヨン邸の中に居るはずだ。
戦闘能力が無い彼女らを助けられるのは現在ナックルただ一人だけ。
ガキン! ガキン! ガキン!
必死な顔で打ち合うナックルと対照的に、リリーの顔は涼しげだ。
息も乱さず、リリーは後方の巨人体ゴーレムとアルとメルへ命令する。
「なにを ホウケテイルのデス。アナタタチもキナサイ」
リリーの左腕で見えないが、アルとメルの逡巡する気配が伝わる。
「トカサレタイのデスか?」
「「……皆、行くよ」」
アルとメルの声と共に巨人体のゴーレム達を引き連れて、ナックル達へ突撃する。
「一対一で戦う気は無いか?」
「みんなで オドッタホウが タノシイですよ」
「そうかい!」
ダァン! ダァン! ダァン! ダァン!
ナックルは右足の爆風に乗ってゴーレム達に囲まれない様に立ち回る。
アルとメルの息の合ったコンビネーション。巨人体ゴーレムの単純だが重い一撃。そしてリリーの複雑で、かつ、最も威力の高い攻撃。
それら全てにナックルは対応していく。
金属同士の衝突音と、ゴーレムの腕が砕かれる音が何度も何度も辺りへと響き渡った。
そして、ナックルは理解する。
このままでは勝ちの目は無い。




