第五話 ⑥
階段を駆け上がりマリアはリンダの手を引いて入ってきた裏口を目指す。
リリーが現れた。最早一刻の猶予も無い。
急げ、急げ、とマリアは自分の体へと念じた。
リリーはゴーレムの外殻を溶かし、新たに作り直す事ができるゴーレムだ。
ルカード自ら手を下すのはゴーレムから核を取り出す所まで、残った体を溶かして作り変えたり、新たな体を作ったりするのはリリーの役目だった。
しかし、リリーは人格に問題があり、普段はゴーレム生成室に半ば監禁状態で眠らされている。起きるのはルカードがリンダを作り変える時くらいだった。
マリアが言っていた、リンダを壊すまでに掛かる八時間とは、すなわち、ルカードがリリーを催眠状態で覚醒させるのに掛かる時間と同義である。
そんなリリーが何故起き上がっているのか。
可能性が零だった訳ではない。もちろん、ナックルとフィーネにも伝えていた。しかし、フィーネの占いではリリーが襲撃の邪魔になる確率は十パーセントを切ると言っていたのだ。
マリアは一桁の可能性の悪夢を引いてしまったようだ。
ダダダ。
マリアはリンダと共に階段を駆け上がり、裏口へと走り出した。その直後、後方から階段を上る音がする。
マリアと違ってゆっくりとした音だ。まだ、覚醒していないのか?
いや、違う。マリアは即座に甘い考えを否定した。あのゴーレムはそういうゴーレムだ。だからこそ、ルカードさえあいつを普段眠らせているのだ。
リリーの能力の発動条件は至ってシンプル。
視界に入ったゴーレムへ声をかける事。たったこれだけで並みのゴーレムならば一瞬で泥に成ってしまう。
幸い、マリアは他のゴーレムに比べて構造が複雑だ。まだ肘から先が溶けるので済んでいる。
マリアが裏口を体当たりする様に開けたのと、リリーが階段を上り切ったのはほとんど同時だった。
いや、正確にはリリーの方が一瞬だけ早い。
「つかまエて」
リリーの声が聞こえた。
その瞬間だった。マリアの足元に居た、ついさっき気絶させたメイの体が瞬間的に膨張した。
「くっ!」
マリアはすぐさま踵を返し、リンダを引っ張って裏口のドアから離れる。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ガァシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンアアアアアアアン!
瞬間、地を揺らす様な巨人体ゴーレムの叫び声と共に、一瞬前までマリア達が居た場所へ巨人体ゴーレムの右腕が壁を突き破って現れた。
そのまま巨人体は壁を破壊して、その大穴から現れる。
ガラス玉の様な視覚器官はマリアとリンダへ向けられていた。
裏口はもう使えない。
マリアは正面玄関へと目線を向けた。
リリーがぼんやりとした足取りで正面の玄関へと向かっていた。まるでもうこちらへは興味が無い様に。
「ッ!」
「マリア!?」
「大丈夫です! こっちに!」
実際の所、大丈夫なところ等何一つ無い。最悪だ。巨人体ゴーレムに追いかけられては逃げる以外に打つ手が無い。
だが、何もしない訳には行かない。
マリアはリンダを連れ、残った唯一の逃走経路、西側の上り階段へと走り出した。




