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第四話 ②

 *


 不老不死処置は想像よりも呆気なく終わった。

「あんまり変わんない物なんだな」

 不老不死処置を受けた施設の屋上でナックルは両手を開閉させながら月を見ていた。

 未だに実感が沸かない。果たして自分は本当に不老不死に成ったのだろうか。

 一通り体を動かしてみたが、感覚は手術を受ける前と変わらない。

 体には傷一つ無い。手術痕は寝ている間に再生したらしいのだ。

 盛大なドッキリに巻き込まれたと言われても信じてしまうだろう。

「だけど、成ったんだよな、不老不死に」

 実感は沸かない。だが、実証はある。

 ピロリーン。

 ナックルの左手首に付けていたブレスレット型通信デバイスがメールを告げる。

 左手の人差し指を空中でダブルクリックする様に動かすと、ブオンと音をたててナックルの目の前にホログラム画面が現れた。

「ああ、あいつらか」

 送り主は、地球に反対にあるナックルが育った孤児院からだった。

 そこには、匿名で多額の寄付が孤児院の講座に振り込まれていた事が書かれていた。

「……」

 ナックルは、良かったな、と文章を打ち込んで返信する。

 良かった、とナックルは思った。

 少なくともライフレスに成った意味はあったのだ。

 自分を拾い、育て、外の世界に送り出してくれた陽だまりは守られたのだ。

 月明かりを見つめ、ナックルは息を吐いた。

 地球の裏側に居る彼ら彼女らは今、喜んでいるだろうか。不安から解消されただろうか。

「きっと大丈夫か。あいつらが居るし」

 ナックルは孤児院に残った家族の顔を思い浮かべた。あの二人ならば任せられる。金さえあればきっと上手く孤児院を存続させてくれるだろう。

 ピロリーン。

 また、メールが来た。送り主は変わらない。

 そこにはこれで孤児院はもう大丈夫だという事。これからも発明戦争で孤児に成った子達を助けられるという事が書かれていた。

 だが、ナックルの眼を最も引いたのは最後に書かれていた文章だった。

『ああ、この孤児院を救ってくれた人には感謝の言葉も出ない。もしも会えたなら、私達を救ってくれたヒーローに有らん限りのお礼をするわ』

 ナックルはその文章にしばし返信を打とうとした指を止めた。

「ヒーロー……」

 陳腐な言葉だ。

 子供が憧れる、子供だから憧れて良い、幻想の言葉だった。

 それでもナックルはその言葉に眼が離せなかった。

 ヒーロー。

 弱きを助け、強きも助け、目に付いた誰もを救うそんな夢のある、いや、夢だけの言葉。

「ヒーロー、か」

 そうだ。昔、自分はヒーローに憧れていた。

 父を失い、母も失い、一人路頭に放り出され、明日死ぬとも知れぬ日々を生きていたあの頃、ヒーローの助けを待ち望んでいた。

 今ここにヒーローが居るのなら、助けてください。

 何から助けて欲しいのかなんて分からなかった。

 ただ、助けて欲しかった。誰でも良い。

 今の自分を助けてくれるヒーローをナックルは待っていた。

 そんな日々はナックルが孤児院の職員に拾われた事で呆気なく終わりを迎えた。

 だが、あの職員はヒーローでは無かった。

『おお、坊主、死に掛かっているな? どうする? このまま死ぬか? それとももっと後で死ぬか?』

 いや、助けろよ。そう思いながらナックルは男の脚に手を伸ばした。

 そのまま意識を失う直前、男が笑った気がして、気付いたらナックルは孤児院のベッドに寝かされていた訳だ。

 後に成って、ナックルは自分を助けた職員に聞いた。

 あの時何であんな聞き方をしたのか?

 返答は強烈だった。

『助けられる方にも義務があるのさ。相手に助けを求めるのであれば、全力で助からなければいけない。ナックル、震えていればヒーローが助けてくれる時代は終わったのさ』

 何だそれは、とナックルは思った。ヒーローとは人々を救う存在では無いのか。助けを求める事もできない程弱った人々はそのまま、死ぬしか無いと言うのか。

『そうだよ。ナックル。ヒーローってのは人間に成れる物じゃない。俺達凡人は常に取捨選択をしなければ救える命も救えなくなる。お前は幸い生きる気満々だったから助けたけど、もしも生き続ける見込みが無かったらあのまま死んでいた方が互いに幸せだっただろうさ』

 男の言葉の意図をナックルはまだ理解できていなかった。

 詰る所、ナックルは未だ子供だったのだ。

 誰もを救えるヒーローの存在を信じている、子供の夢を捨て切れてなかった。

 これから先、ナックルは発明戦争の中で戦う兵士に成る。

 明日にはナックルに見合った装備が体に埋め込まれる予定だ。

 そうしたら、きっと多くの人を殺すだろう。

 そうなったら、きっと多くの敵を殺すだろう。

 そこに正義など無く、ナックルが憧れたヒーローなど居ない。

 だが、それでも、ナックルはもう一度言葉を繰り返した。

「……ヒーロー」

 ナックルは返信をする前に、月を見上げ、右手を翳した。

「ああ、成りたいな」

 薄く漏らした言葉は一片の混じりも無い真実だった。

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