第四話 ①
ナックルとマリアがサンドリヨン邸を襲撃してから数時間。
時刻は午後十時を回り、ナックル達は追手のメイド達の眼を掻い潜りながらシンデレラタウンとレッドキャップタウンの間にあるカグヤタウンまで逃げ、今、手近に見えたムーンライトホテルにて一時の休憩をしている所だった。
すぐにでもリンダを助けに無謀な突撃をしようとするマリアの肩を抑え、ナックルはスピーカーモードにしてベッドに置いたスマートフォンでフィーネに電話する。
『はいはい、フィーネだよ。今度は一体どんな問題が起きたんだい?』
フィーネの声はいっそ楽しそうで、ナックルはそれに苦笑した。
大変な状況に成る程、彼女が笑う事を良く知っているからだ。
「すまん、フィーネ。リンダもゴーレムだった。このままじゃあいつが破壊されるらしい。すぐにでも二回目の襲撃に行きたい。今、分かっている情報だけでも教えてくれ」
ナックル達が置かれた状況をフィーネはすぐさま理解した様だ。
その上でフィーネは笑い飛ばした。
『後三日待ってて。そうすれば他のライフレスをその町へ派遣できるから』
「そんなに待っていられません! 今こうしている間にもあの子は壊されてしまっているかもしれないですよ!?」
マリアはフィーネの提案に苛烈に反応した。
だが、ナックルは次にフィーネが言う言葉を良く分かっていた。
『知らないよそんな事。そもそもマリアって言ったっけ? お前がナックルに接触した時に包み隠さず、リンダもゴーレムである事、下手をしたらリンダが只の土に戻されてしまう事、君もゴーレムで手の平から少しなら電流を流せる事、とか隠していた事全部を話せば良かったんだ。そこに居る金属製人体模型みたいなお人好しはそれならそれで作戦を立てたはずさ』
フィーネのマリアへ向ける言葉は鋭く冷たい響きを持っていた。
「そう言うな。俺の確認が足りなかった。まさか愛玩用ゴーレムなんて居るとは思わなかったんだ」
『ボク達凡人には発明者の思考回路なんて分からないさ。覚えているかい? シュレディンガーの猫って発明を? 触れた物を全て猫にするっていう量子力学に真っ向から反逆したあの出鱈目な奴の事さ』
「あったな。そんなの」
フィーネの言葉に、ナックルは昔当たった無数の戦場の一つを思い出した。
あの戦場は恐ろしかった。ただ一人の男に町四つが壊滅させられたのだ。
『ナックル、キミは大人しく待機していな。三日もあれば全部終わるんだ。わざわざ自分を危険に晒す必要は無い。そこのゴーレムの言っている事なんて無視してさ』
フィーネが自分を案じているのをナックルは分かった。
彼女は冷酷だが、身内への情の厚さはライフレス随一だ。
フィーネにとって共にこの千年を駆け抜けた仲間以外の存在など些事なのだ。
その気持ちをナックルは痛い程理解できた。ナックルだって、仲間が傷付くのは見たくないし、可能な限り止めたいと思っている。
「……」
何も言わないナックルにマリアは縋り付いて叫んだ。
「お願いですナックル様! どうか、今すぐリンダを助けに行ってください! あの子は私の希望なんです! あの子が笑ってくれるのなら私はもう何も望みません! 私の身がどうなっても構いません! リンダを救ってくだされば私の全てをあなたに捧げます! だから、だから、どうか、どうかリンダを!」
『うるさいゴーレムだね。お前の勝手な願いでボクの仲間を傷付ける気? ふざけるなよ? 壊してやろうか?』
フィーネの言葉に明確な殺意が篭る。
「止めろフィーネ。確かにマリアはゴーレムだ。だけど理由も無く殺すのは駄目だ」
『理由ならあるさ。キミが危険に晒されている。それだけで充分だ』
「それでもだ。お前は怒ると周りが見えなくなる。普段ののほほんとした飄々さは何処に行った?」
『…………そうだね~。ちょっと冷静さを欠いていたよ。で、結局ナックル、キミはどうするの? ボク個人としてはそのまま大人しく潜伏していて欲しいのだけど?』
フィーネは多少なりとも冷静に成ったのか、ナックルへと質問した。
長い付き合いだから、フィーネは分かっていた。結局の所、幾らフィーネが言おうとも、ナックルの判断に任せるしかないのだ。
「五分くれ。考える」
『了解。決まったら電話して』
ピッ。
通話が切れ、ナックルはドシンッとベッドへと腰掛けた。
「ナックル様」
マリアの縋る様な視線がナックルには心地が悪い。
「リンダが壊されるってのは確定なのか?」
「確証はありません。ただ、ルカードは理想主義者です。リンダの人格がルカードの求めた物から外れていると分かってしまったら、リンダを壊してまた新しいゴーレムを作ってもおかしくないのです」
「仮にリンダを壊すとして時間はどれくらい掛かる?」
「新しいゴーレムを作るのならリンダから核を取り外す筈です。準備に半日もあれば充分かと」
暫定的なタイムリミットは八時間後。
準備には決定的に時間が足りない。
リスクを考えるのならフィーネが派遣する増援を待つべきだ。
他のライフレスが居ればゴーレムだけの集団など苦労なく殲滅できる。ゴーレムと相性の良い仲間が来る事だろう。
だが、果たしてその選択は正しいのだろうか。
ナックルは左手を額に当てて瞳を閉じた。
選択肢に悩んだ時、ナックルはいつも思い出す事がある。
それは遠い昔。ナックルがライフレスに成った日の事だ。