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第三話 ⑦

 *


 ナックルは中央に百階建ての超高層ビルが建つラプンツェルタウンのパン屋と肉屋の間の路地に隠れていた。

「さて、どうするか」

 確実にルカードはナックルへ追手を出しているだろう。

 ナックルがルカードの立場だったら間違い無くそうしている。

 正直、またゴーレムと戦闘するのなら、市街戦が有り難かった。

 ゴーレムの様な巨体相手ならば遮蔽物が多く、ゴーレムにとって狭く、ナックルにとって充分に広い街中での戦闘ならば負ける事は無い。

「ただ、そうなると確実に迷惑だよな」

 だが、ナックルは出来る限り街中での戦闘は避ける気だった。

 自分の勝手な都合でゴーレムを暴れさせる訳には行かない。

 市街戦とは悪夢である。

 罪無き一般人に確実な犠牲が出る戦い等好き好んでするべき物では無い。

「マリアは何処だ?」

 一先ず、マリアを見つけなければ成らなかった。

 落ち合う場所くらい決めておくべきだったと後悔した。

 後で見つけると息巻いた手前、少々バツが悪い。

 少し考えてナックルはフィーネへと電話を掛けた。

『もしもし? どうしたの? ボクは情報収集で忙しいんだけど?』

「すまんな。ちょっと占いをして欲しい。ブロンド髪のマリアってメイドだ」

『キミはいつも言葉が足りない。経緯を説明しな』

「ちょっとゴーレムの発明者に殴り込みを掛けに行った。思ったよりゴーレムが多くて逃げた。殴り込みを一緒にしたメイドのマリアと逸れた」

『オーケー。大体分かった。少し待っていて』

「ああ、頼む」

 フィーネの占い結果が出たのは、一分後の事だった。

『最初にキミと彼女が出会った町に居るっぽいよ』

「了解だ。感謝する」

 ピッと通話を切り、ナックルはレッドキャップシティへと移動を開始した。


「ナックル様! 良くぞご無事で!」

 レッドキャップタウンの入り組んだ路地裏の奥にてナックルはマリアを発見した。

 何処かで着替えたのか、マリアは眼鏡を外し、メイド服から白いブラウスに紺色のロングスカートの姿に成っていた。

「それで、リンダは?」

「すまん。ギリギリで手が届かなかった。ルカードに邪魔をされちまった」

 ナックルの言葉にマリアは途端に顔を青くした。

「ナックル様、今すぐもう一度サンドリヨン邸に行きましょう! 今度こそリンダを助けるんです!」

 マリアはナックルの手をグイグイと引いて路地裏から出ようとした。

「落ち着け。さっきの襲撃で分かった。何の準備も無しにリンダを攫うのは無理だ。まずゴーレムの数が多過ぎる」

 実際にあの館に居たゴーレムの数はナックルの想像を遥かに越えていた。

 数体のゴーレムが居れば町の一つや二つ壊滅させるのに充分である。

 そんなゴーレムがあそこには最低でも十体以上居る。

 何の準備も無しにリンダを救うのは不可能だった。

 逆に言えば、ちゃんとした準備をすればどうとでもできる自信がナックルにはあった。

 あの発明戦争に比べれば、ゴーレム数体など脅威ではあっても強敵では無い。

 だが、ナックルの言葉にマリアは首を左右に激しく振って否定した。

「悠長な事を言っていられません! 早く、早くリンダを助けないと、あの子は壊されてしまいます!」

「……壊される?」

 マリアの言葉のニュアンスにナックルは左眉をピクッと歪ませた。

 まだ、〝殺される〟または〝死んでしまう〟ならば分かる。

 ルカードが怒りに身を任せてリンダを殺すという事は想像できる。

 だが、〝壊される〟とはどういう事であろう。

 心が壊されるや体が壊されるという意味合いでマリアは言ったのでは無い事は分かっていた。

 なぜなら、失言を悟ったのか、マリアはハッと口を抑え、ナックルを見ていたからだ。

 ナックルは左手でマリアの胸倉を掴み、グイッと引き寄せた。

「俺に隠している情報があるな?」

「ッ」

 ナックルの細められた瞳を見たのだろう。マリアは息を飲んた。

 しばらく、ナックル達は鼻先が触れ合いそうな距離で見つめ合い、遂にマリアが口を開いた。

「……リンダは、いえ、リンダと私も〝ゴーレム〟なんです」

「は?」

 唖然とするナックルの左手をマリアは自分の胸に押し当てた。

 体温はある。乳房の柔らかさもある。

 だが、心音だけが聞こえなかった。

「そう言う事か」

「お願いですナックル様! すぐにリンダを助けに行ってください! ルカード様の理想から離れたと分かってしまったらリンダは元の土塊に戻されてしまいます!」

 マリアの顔は悲痛に満ちていて、ナックルはそう多くの時間が残されていない事を悟った。

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