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第三話 ⑤

 *


 ナックルは正直辛くなってきた。ゴーレム四体など普通なら逃走するところだ。

 負けないが勝てない。

 ゴーレムには体力が無いが、ナックルの生身の部分には疲労が溜まって行く。

 永久的にこの闘いが続けられる訳ではない。

 だが、この場で撤退してしまえば、一体何をしにこの館に着たのか分からない。

 せめてルカードかリンダの顔の一つでも見ねば帰れなかった。

 チラッとナックルはマリアに言われていたリンダの部屋がある方を見た。

「って、居るのかよ!」

 そして思わずゴーレムの肘に右フックを放ちながらツッコミを入れる。

 ナックルが視線を送った先。そこにはテラスが有り、手摺りから乗り出す様にリンダがナックルとゴーレム達の事を見ていた。

「リンダァ!」

 激突音の合間、ナックルはリンダの名前を叫んだ。

 三十メートル先の彼女には声が届かないようだ。

 全力で大声を出せば気付くだろうが、そんな余裕は無い。

「ちっ!」

 ダァンダァンダァン! 

 ナックルは今まで断続的にしか爆発させていなかった右脚を三連続で爆発させた。

「GA!」

 ゴーレム達は残像さえ残るナックルの動きを追う事ができない。

 まるで黒い稲妻の様にナックルはゴーレムの包囲網の隙間を駆け抜けた。

 ジュッと右足が熱を持ち、露出した土の地面を焦がしていく。

 ゴーレム達がナックルを追おうと両脚に力を込めたが、それが開放される前にナックルは再び爆風に乗った。

 ダァァンッ!

 今度は細かく刻むので無く、強く大きい爆発。

 ナックルの体は瞬間的な加速を見せ、テラスに立つリンダのすぐ下まで跳んで行った。

「ナックル!? どうして――」

 リンダが眼を丸くして何か言う前に、ナックルは左手を伸ばした。

「俺と一緒に来るか!?」

 その時、ナックルはリンダが息を飲む音を聞いた。

 リンダはハッと胸を抑えて、眼を見開き、口は何かを言おうと開閉している。

「早く!」

 ナックルは返事を急かす。

 削岩機の様に先ほどのゴーレム達がドドドド勢いをつけて向かってきている。ここに来るまで二秒も掛からない。

 叱責する様なナックルの声に、リンダはビクッと震えた後、恐る恐ると言った様子で右手をナックルへと伸ばした。

 それをナックルは返答とした。

「了解!」

 ダァンッ!

 爆発に乗ってナックルの目線がリンダの同じ高さに成り、その手を掴もうとした瞬間だった。

「リンダァ!」

 バーン! とリンダが居た部屋のドアが強く叩き開けられた音と共に、壮年男性の切羽詰った声が聞こえた。

「ひっ」

 その時、ナックルの目の前に居たリンダは怯える様に身を縮こませ、後一センチで掴めそうだったその右手を再び胸の前へと持って行ってしまった。

「くそっ!」

 ナックルは無理矢理に左腕を伸ばすが、右腕ならいざ知らずナックルの左半身は只の人間の物。指先がリンダに掠る事も無かった。

 地面に落ちたと同時にゴーレム達が到着し、再びナックルは囲まれる。

「飛び降りろ!」

 即座に振り下ろされたゴーレムの拳を避けながら、ナックルはすぐ頭上のテラスに居るリンダへと言った。

「やだ! やだぁ! 離して! 離してぇ!」

 しかし、ナックルの耳に入ったのは半狂乱に叫ぶリンダの声で、眼に映ったのはテラスにしがみついたリンダを無理矢理剥がそうとする壮年の姿だった。

「お前が、ルカードか!」

 ナックルは確信した。

 あのくたびれたワイシャツを着て、髪から色素が抜け落ちた男こそ、このゴーレム達を作ったというルカード・サンドリヨンだ。

「貴様が私の娘をかどわかそうとする不届き者か!」

 とうとうリンダをテラスから引き剥がした男、ルカードはリンダを両腕で羽交い絞めにしながら、怒りに満ちた表情でナックルを見た。

 その言葉に呼応する様にゴーレム達の攻撃もまた一層激しさを増す。

「ゴーレムを作るのはもう止めろ! これはとても危険な発明なんだ!」

「うるさい! お前の言う事など聞くか!」

 ルカードはナックルの言葉に聞く耳を持たず、ゴーレム達へ命令した。

「四体では足りん! お前達集まれ!」

 命令の効果は劇的だった。

 地鳴りの如き振動をたてながら、何処からとも無く新たなゴーレム達が走ってくる。

 総数は十を越えていた。

「ちっ!」

 ナックルは舌打ちし、思考を撤退戦へと切り替えた。

 十体を越えたゴーレム相手ではまともに戦うのは不可能だ。

 こうなっては、リンダを攫う事も、ルカードに発明を止めさせる事も、この襲撃では不可能だろう。

 ダァンダァンダァン!

 先ほどゴーレムの包囲網を抜けた時と同じ様にナックルは右足を連続で爆発させ、ゴーレム達の視界から消失する。

 追加のゴーレム達の包囲網が完成する前の僅かな穴を突いて、ナックルは館を囲む壁へと到達する。

「また来るぞ!」

 そして、それだけ言い捨てて右の鉄腕を壁へと振り抜いた。

 ダガァンッ!

 強大なハンマーで叩き付けた様な音と共にナックル一人が通り抜けるのには充分な大穴が生まれる。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

 自分を捕まえようとゴーレム達が壁へと突撃してくるのがナックルには見なくても分かった。

 ナックルは速やかに穴を潜り抜け、ゴーレム達の視界から抜ける。

 直後、

 ダァアンッ!

 一際強い爆発に乗ってナックルはシンデレラタウンの何処かへと跳び去った。

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