第三話 ④
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「嘘でしょ? 何で?」
リンダは眼に映る光景に言葉を失っていた。
何故、昨日この町から逃げたはずのナックルが今こうしてこの館に来ているのか。
何故、ナックルがルカードのゴーレム達と戦っているのか。
何故、そのゴーレム達と渡り合えているのか。
ナックルは自分を特別製と言っていた。
それは真実だった。
只の人間がゴーレムの拳を掻い潜れる筈が無い。
ダァンッ!
断続的にナックルの右脚から爆炎が舞い、遅れて爆発音が聞こえる。
ナックルの戦い方は人間がする物ではなかった。
これでは遠い昔にあったという発明戦争の化物達では無いか。
リンダは過去にこの館にあった歴史書を思い出した。
凡そ千年前。人類が最も神に近かった頃に起きた発明戦争。
ルカードの様な天才が人類のスタンダードに成っていた時代に起きたこの戦争は、最終的に人類の人口を最大時の一割以下にまで落とし、文明レベルを崩壊させたと言う。
「……ライフレス」
リンダの頭にふと浮かんだ言葉。
これは発明戦争中期に手段は違えど不老不死処置を受けた兵士達を指す言葉だった。
命を失ったライフレス。
彼ら兵士は肉体を改造し、長きに渡って発明戦争の主戦力として在り続けた。
ナックルの事をリンダは初め、何処か遠い義足と義手が発達した国から来た観光客だと思った。
だが、そうではなかった。
今、この世界でルカードのゴーレムと戦える人間など居るはずが無い。
ナックルが本当にライフレスなのかどうかはリンダには分からない。
だが、それに近しい存在である事は確かだった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
一体のゴーレムの悲鳴が轟く。ナックルの右腕が胴体に大穴を開けたのだ。
ゴーレムとライフレス。
御伽噺でしか知らない戦いだった。
リンダは恐怖を感じなかった。
いや、嘘だ。
恐怖は感じていた。
化物同士の〝闘い〟を初めて目の当たりして、そこから伝播する死の気配に震えていた。
だが、それ以上にリンダを震えさせる物があった。
それは好奇心だった。
ゴーレムと戦える人間を初めて見た。
これほど大きな音を初めて聞いた。
轟音が肌を振るわせる感触を初めて知った。
舞い上がる土煙の匂いを初めて嗅いだ。
何時流れ弾の様に破片がこちらへ飛んでくるのか分からない。
知識として出来うる限り早く部屋に戻り、避難するべきだと分かっている。
だが、それを迅速に行動するには、リンダはあまりに子供だった。こんな場面だと言うのに、火事を初めて見た子供の様にリンダの心へ〝非日常〟と言う麻薬が染み込んで行く。
毎日毎日同じ事しか起きなかった、同じ世界から出る事が叶わなかったリンダの〝日常〟では絶対に味わえない光景がそこにあった。
一歩一歩。リンダはテラスの手すりへと近付いていく。
少しでも近くであの闘いが見たかった。
体を乗り出すようにリンダはナックルとゴーレム達の戦いを見た。
ナックルを囲んだ四体のゴーレムはそれぞれが順番に拳を突き落としていく。
その順番はランダムの様に見えて一種の規則性があった。
それを見抜いているのだろう。
ナックルは一歩二歩で拳を避け、時に右の鉄腕を振るってゴーレム達の体を砕いていた。
体が砕かれる度、ゴーレム達は周囲の土や鉱物を吸収して壊されたパーツを修復する。
頭部に埋まっている核を破壊するか、ルカードが命令しない限り、半永久的にゴーレムの活動は止まらない。
一体ナックルはどうするつもりなのか。