第三話 ①
「帰ってくれ」
ここもか、とナックルは思った。
ゴーレムと戦闘した次の日、朝からナックルはドリームシティを歩き回り、町民達にリンダの事を聞いていた。
だが、初めはフレンドリーに反応していた誰もが、リンダの名前を出した瞬間から口を噤み、一切の反応をしなくなってしまう。
ナックルの想像以上にリンダの存在はこの町で重い意味を持っている様だった。
「大人しくフィーネの情報を待つかねぇ」
冗談だった。
一秒でも早く発明者を特定しなければならない。ただ胡坐をかいて待っていては、いざと言う時の初動が遅くなる。
昼食がてら訪れたホットドックの屋台を追い出され、ナックルは左手に持ったホットドックを食べながら、町を歩く。
彼が歩くのはビューティースリーピータウン。最高の寝心地をプレゼントするという特製枕が名産の町だった。
「聞き方を変えてみるか」
リンダ本人の事を直接聞けなくとも遠回しになら口を割るかもしれない。
ナックルは目に付いた枕専門店〝マクラージュ〟の扉を潜った。
「いらっしゃいませ!」
店員は薄いピンク色の制服に身を包んだ若い女性一人だった。
「あ、すいません。枕を見たいんですけど?」
「はいはい、色々ありますよ! お客さんは観光ですか?」
「そうです。この町の枕はすごいってパンプレットで見て」
「それは嬉しい! そうですねぇ、お客さん右と左でちぐはぐだからこんなマスクはどうでしょう? 左右で反発性が違う最新鋭のアンバランス枕。これならお客さんの頭も良い感じに治まりますよ!」
「マジですか」
観光客を装って店員の話を聞いていたが、ナックルは割りと本気で反応した。
右半身が金属の身では寝る時に結構辛いのだ。
終始右半身が沈んでいく感触がし、仰向けに寝ているのに横向きに寝ているような違和感に襲われる。
まさかこの町の寝具を使えば、安眠が約束されるというのだろうか。
このまま店員の枕トークを聞き、自分に合う最高の枕を探したい欲求をグッと堪え、店員との会話の適当なタイミングでナックルは話を切り出した。
「そういえば、この町にはメイドさんって居るんですね」
直後、店員は張り付かせていた笑顔をピシッと固まらせた。
「……お客さん、何処でそれを?」
「一昨日です。何か白い髪をした女の子と歩いているのを見たんですよ。あの人達は有名人なんですか?」
さも初めて来た町の風景が面白い観光客の様な顔をしてナックルは店員の言葉を待った。
ポスッと店員は手に持っていた枕を棚に戻す。
「……お客さん。悪い事は言いません。その人達の事は忘れてください。次に見た時が有っても無視してください。あの人達に関わってはいけません」
「え、何でまた?」
もう一度ナックルは店員の言葉を待った。
「殺されてしまいます」
「は?」
「馬鹿な店員だと思ってくれて構いません。でも本当なんです。あの女の子に関わったらいけません」
食い付いた。ナックルは次の言葉を丁寧に考えた。
ちょっと引き気味の演技をしながらナックルは店員へと返事をする
「まあ、分かりました。それじゃあ、あの女の子に会わないために絶対に近付かない方が良い場所ってありますか? そこには近付かないようにするので」
わざわざナックルを忠告するくらいだ。この枕を売っている女は善人なのだろう。
その心をナックルは利用した。
ここで危険なスポットを教えなかったら目の前の観光客は不用意に危険地帯に近付いて命を落とすかもしれない。
そんな考えが店員の眼から見て取れた。
「……ごめんなさい。それも言えません」
言葉には隠し切れない恐怖の色が滲み出ていた。
「分かりました。ありがとうございます」
ペコリとナックルは感謝と謝罪の両方の意味を込めて頭を下げた。
*
シャー。
朝、リンダはシャワーを浴びていた。
ベタベタと汚れた体を綺麗にしているのだ。
灰髪が水を吸い、艶かしくリンダの体に貼り付いている。
体に染み付いた汚れを洗い流し、リンダはシャワー室から出た。
「お嬢様」
脱衣所ではマリアがバスタオルを広げて待っていた。
「うん、ありがとう」
慣れた調子でリンダは両手を広げ、マリアに体を拭くのを任せた。
テキパキと一切の不快さを感じさせない手際の良さでマリアはリンダの体を拭いていき、下着とワンピースを着せた。
「何度も言っているけど、自分で出来るわよ?」
「これが私の仕事ですから」
「そう答えると思ったわ」
リンダは軽く溜息を吐きながら脱衣所を出て、自室のベッドへと転がった。ベッドの左側には南向きのテラスが見えている。明け方まで居た絹のベッドに比べれば寝心地は良くなかったが、リンダはこのベッドの方が落ち着いた。
「……ナックルは、逃げられたかな?」
天井をボーっと見つめて、リンダは旅をしているというあの右半身が金属の男がちゃんとメルヘンシティから逃げ切れ、気ままな旅へと戻れただろうかと思いを馳せた。
「旅、か」
その言葉はリンダにとって希望でもあり、叶わないと分かっている絶望でもあった。
いつか、いつの日か、外の世界へと旅に出て、見た事の無い物を見て、広い、いや、広いと言われる世界を気の向くままに旅をしてみたい。
それがリンダの胸に抱いていた夢だった。
「まあ、無理、だよね」
でも、リンダはそれが叶わない願いだとも分かっていた。
ご主人様はリンダが逃げる事を決して許さないだろう。
そもそも逃げ切れる力をリンダは持っていない。
だから、リンダは夢を見ていた。
いつか、いつの日か、誰かが、物語の王子の様に、リンダを救い外の世界へ連れ出してくれる日か来ますように。
星に願いを託していた。
「……ふわぁ」
天井を見つめていると、眠気が首筋から沸き上がって来た。
結局昨日は上手く寝られなかった。
眠気を意識し始めると、ズキズキと頭痛がして来る。
「マリア、少し寝るわ」
「ええ、かしこまりました。良い夢を、お嬢様」
視界の端でマリアが頭を下げたのを見て、リンダは瞳を閉じた。
そして意識が眠りに落ちる直前、リンダは誰かが額を撫でた様な気がした。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォン!
リンダは轟音で眼が醒めた。
「え、何?」
トラックが激突した時を思い起こされる強大な音だった。
リンダが今までで一度も聞いた事の無い大きな音だった。
テラスを見ると日は落ち、西日が見えていた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォン!
また、激突音が聞こえた。
音は外から聞こえている。
リンダはベッドから飛び上がり、タタタと窓を開けてテラスへと出た。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
テラスから見える正門には数体の巨人タイプのゴーレムが居た。
ゴーレム達は叫びながら、足元の何かへとその巨腕を振るっている。
巻き上がる土煙へとリンダは眼を凝らした。
「ナックル!?」
そこには鉄腕を振るってゴーレム達と渡り合うナックルの姿があった。