陛下と身代金
ヴィルさん負けifなんてどう? というskypeでの会話から生まれました。
「運がなかったなァ、皇帝陛下? まさか部下において行かれて囚われちまうとはな」
「くっ……この私を慰み者にするというのであれば、舌を切って死にますよ」
「へっ、そんなことはしねえ。俺達は紳士だからな」
「……おい、親分なんか言ってるぜ、俺達ただの傭兵なのに」
「シッ、黙ってろ」
「こほん。――てなわけで、俺達はてめぇの国にあんたの身柄を引き渡すつもりだ。ただし……」
「身代金……ですか」
「そう。察しが良くて助かるぜ。だが、ここからが問題でなあ」
「?」
「いやなに、俺達も長いこと戦ってはいるが、何分にも皇帝陛下をふん捕まえたことなんてなくてな。適正な価格ってのがわからねぇんだ」
「ふむ」
「そこでだ。てめぇには、自分の値段を決めてもらう」
「私の……値段? それが身代金の額になるということですか」
「そういうことだ。どうだ、俺達は紳士だろう? うんと安く見積もってくれてもいいんだぜ。ちゃんとその金額で解放してやるからよ」
「…………そうですか」
「――では、諸々の経費を込みで、1万と言ったところでしょうか」
「いいぜ、1万だな……やすっ!? いや、ぜんっぜん安いな!?」
「そうですか? 私がちょっと国内視察をすると言っただけで百万千万の金が動くのですから、道中の宿代、食事代、そもそもの交通費を考えても破格の値段ではないですか?」
「いや、破格とかいらないから! そこはこう『一国の皇帝たるもの、この身に金額をつけることなどできるはずもありません!』――とか言い出すところだろうがよ!」
「なあ、親分の声真似……」
「シッ、黙ってろ!」
「……いくらでもいいと言ったのはあなたではないですか」
「言ったけど……言ったけど、そこはほら、常識とか……世間体とか……なんかあるだろう? そんな感じのもんがよぉ」
「傭兵が世間体を語るのですか……いえ、まあいいですが。まったく、仕方ありませんね。では、2万くらいにしましょうか。宿と食事の質を少し上げましょう」
「そうそう……にま……そうじゃなくて!」
「なんです? ああ、わかりました。皆まで言わないでください。私の考えが足りませんでしたね」
「う……まあ、分かってくれたのなら――」
「私の食費・交通費・宿泊費が1万、護送のためにあなたと仲間たちにかかる費用として5万。締めて6万でどうでしょう」
「どうでしょう? じゃなくて! なんでそんなカツカツなところ攻めてくるの!? もっとどんぶり勘定でいいんじゃない!?」
「どんぶり勘定とは難しいことを。あなた、我が国の名をご存知ですか?」
「あ? 何だいきなり、エルトリア帝国……だろ? 大陸北西部の凍牙地域を根拠に勢力を伸ばして、数代前から延々カルヴァン王国とやりあっている……それがなんだってんだ」
「何だ、やっぱり知っているじゃないですか。我が国の財政は常にカツカツ。国民にかろうじて文化的な生活をさせ、見栄にできるところに関しては予算を回す事ができる程度で常に国庫は火の車。迂闊に視察と口に出すと氷河も溶け出す大火事が起こる始末で、視察は常に公然の秘密でお忍び。そんな我が国ですよ、いくら私が皇帝だろうと、鐚銭一枚回す余裕などあるものですか!」
「――堂々と言うな! そんなお国事情聞きたくなかったよ!」
「なあ、この情報を王国に売ったら……」
「シッ、黙ってろ。仕事がなくなるぞ!」
「さあ、事情を理解したというのであれば、早いところ私を金5千で解放しなさい!」
「元値より下がってるー―ーーー!!?」
「おや2500でしたかね」
「しれっと値切ろうとすんな! っていうかなんでそんな切り詰めてくるんだよ!」
「ふっ、私の個人経費から出るのですから、値切りもします」
「ざっけんな! 1万! あと俺らが護送する費用として5万の計6万だ! しっかり要求してやるからな!」
「……仕方ありません。では――ちょっとそこにある私の荷物袋を開いて、その奥の方にある小袋を出してください」
「……………………これは? なんか、ちゃりちゃり鳴ってんだけど?」
「私の財布です」
「……だと思ったよ」
「陛下!」
「あら、トムくん。出迎えに来てくれたの?」
「ええー、来てくれたの? じゃありませんよ、切羽詰まった内容の手紙が届いたから慌ててやって来たと言うのに……」
「内容は仕方ないじゃない。持ってた小遣い全部使って傭兵を雇って帰国する事になったから、食費が足りなくて……結局赤字分を請求することになっちゃったんだから。……で?」
「はぁ、ちゃんと持ってまいりました。ここまでにかかったという経費と、滞在中に掛かるだろう費用を算定して」
「ん、結構。じゃあ、それはあちらの彼に渡してあげて」
「ハッ、かしこまりました。……って、なんだか随分疲弊しているみたいですけど、陛下、何かしました?」
「……なんで私が何かした前提なの?」
「いや、それはほら……いえ、まあ良いです。――ほら、受け取ってくれ」
「おう……ありがとよ……」
「……その、何があったか知らないが、大丈夫か?」
「ああ、おたくの陛下がけち臭いくせに宿代を値切ろうとしたり、食事の改善を訴えたり、馬車の揺れをどうにかしようと藁を買い込もうとしたり、全然こっちの言うこと聞いてくれないくせにやけに活き活きしてるせいなんてことはないから、気にしないでくれ……」
「……そうか。ご苦労だったな」
「じゃ、金も頂いたし、俺たちはこれで――」
「あ、ちょっと、親分さん?」
「うぇっ、何だよ、もう貰うもんは貰ったし、あんたとの付き合いは終わりだろ」
「なあ……俺、なんだかやな予感がする」
「シッ、黙ってろ……俺もだよ」
「あなた、傭兵なのよね?」
「傭兵だが……それが、いや、何も言うな! 言わないでくれ! 俺達はもう国に帰るんだ!」
「私達を帝都まで送り届けなさい。お金ならホラ、そのお金と、私の月の小遣いからいくらか出すから」
「嫌だー! 帰るー! 暖かい国に帰るーー!!」
「よーし、決まりね! 帝都につけば暖かいスープを出してあげるわ! じゃがいもが美味しいのよ。うちの自慢なの!」
「……自慢と言うか、我が国にはそれくらいしかないですからね」
「帰る……帰るぅ……」
「ねえトムくん、道中彼らに我が国のことを教えてあげてね。それから、国の財務官に毎月の経費をいくらか捻出するように送っておいてね」
「ハイ……雇うんですか、彼らを」
「ええ。彼ら、傭兵のくせになかなか紳士なのだもの。使い出があるわぁ」
「帰るー! 帰るー!」
「さー、帰るわよ! 懐かしの我が故郷へ!」
「ま、一月と経ってませんがね」
「お家へ帰りたーーいぃ!」
ちゃんちゃん。
気づけば名前が出ていなかった主人公。
陛下:ヴィルヘルミナ・エル・ボーデン・エルトリア・五世
エルトリア帝国の女皇帝。そこまで貧乏ではないのだが、お国柄貧乏性。
トムくん:トム・ノイマン
若い将官でヴィルさんの側近の一人。オフではこんな調子。
傭兵隊長:紳士(笑)
部下受けはいい。多分苦労人。ツッコミ体質。結局帝国にとどまって一部隊を率いるようになってしまった。可哀想に(笑)
それにしても、まさかこんなことになるなんて。




