6. 友だちの手紙
ガクとシンは虹森からお使いを終えて帰ってきた。
帰りの道のりも、決して口数が多いわけではないが、往路よりはずっと話をすることも多くなった。お互いのことは何も知らなかったわけなのだから、実は話すべきことはいくらでもあるものだ。
シンは特に、ガクの能力について知りたがった。樹紀の国では、職業に適した魔法を歌司が歌にして教えていたので、誰でも簡単な魔法が使える。魔法などなくても仕事はできるし、実際あまり魔法の得意じゃない者もいくらでもいたので、能力は人それぞれだが、得意なことというのも誰でもあるものだ。
「俺は歌の魔法はあんまり得意じゃないんだ。一通り必要なことはできると思うけどな」
ガクはそう言っていた。一通りというのはなかなか範囲が広い。年寄にしか使えない魔法もあるが、そういうものは多分含まない、誰でも日常的に使うような魔法なら問題ない程度なのだろうとシンは思った。
「ただ、動物のことは魔法を使わなくても分かることが多いかな」
「魔法じゃないんですか?」
「たぶんね」
ガクにも本当のところは分からない。動物の生態に詳しいだけでなく、動物の気持ちが分かるのは、ある意味魔法なのかもしれない。でも、そんな魔法は歌司にも他の大人にも聞いたことがないし、勝手に自分で分かるだけなのだ。
「じゃあさ、シンの燃焼系に詳しいのは魔法?」
逆にガクがシンに聞いてきた。
確かに、シンは燃焼系の能力者ということになるのだろう。燃えるものがあると分かる、それは、魔法ではなくて感覚だ。嗅覚や皮膚で感じる何か、そんないわゆる感じる力は、魔法と言えるかどうか分からない。それならば、ガクが動物のことに詳しいのは、やはり魔法ではなくて、感覚なのだろう。
魔法などなくても問題ないのだ。どちらかといえば、感覚や経験からくる勘と言ったもののほうが、仕事や生活をする上ではずっと大切なのだから。
ふとガクは森の木々の上の方に顔を向けた。足は普通に歩き続けているが、木の上の音を聞いているようなしぐさをしている。シンは邪魔をしないように静かにしていた。しばらくすると、ガクは顔を戻し、また普通に歩きだした。それでシンはガクが何か動物の話を聞いていたのだろうと思った。
「ちょっと病気が流行るかも、って鳥がさ」ガクが言った。
「病気?」
「こっちの方にしかない病気があるんだよ。多分南に行けば、南にしかない病気もあるだろうけど、今は少し鳥の病気が出だしているらしい。ヒトにも移るから気を付けないと」
ガクが鳥から聞いたことは、シンにとっては不思議なことだった。そんなガクにも少しずつ慣れていくのだろう。シンは無言で頷いた。
そんなことを言いながら、2日をかけてまた鷲頭の森の家に戻ってきた。
「ただいまー」
「おう、ガク待ってたぞ」
おかえりも言えないほど待っていたのはワタルだった。ゲンと取っ組み合って遊んでいたらしいが、ゲンをぽいっと放り出してガクの方へ来た。
「ガクを待ってたわけじゃないんだけどな」
ワタルは何だかすごく嬉しそうな顔をしている。その後ろで放り投げられたゲンが、頭をさすりながら、それでも笑顔で覗き込んでいた。
ワタルはシンに向き直ると、何か紙の束を手渡した。
「ほれ」
「なんですか?」
シンは受け取りながら、その小さな紙の束を眺めた。どうやら手紙らしい。
「お前たちのいない5日間の間に、鳩が何羽来たと思う?」
「え、それ全部シンへの手紙?」
ガクがシンの手元の紙を見て驚いた。10通以上あるのではないだろうか。
シンは何も言わず囲炉裏の傍に座ると、手紙を一つ一つ開けて読みだした。中身は短い文章らしく、すぐに読み終わった。そして、興味深そうにシンを見ているワタルとガクとゲンに向かって言った。
「こっちに来る前に、学校の方に転居の連絡をしたので、学校時代の友だちが手紙をくれたんです」
それだけ?それだけのことで、こんなに手紙が届くものなのか?ガクは信じられなかった。友だちが引っ越したからって、手紙を書いたことなんかあっただろうか?いやない。よっぽど仲良しだったら、あっちに行っても頑張れよ、くらい書くかなぁと思うが。こんなに10通も来るか?信じられなかった。
ワタルがニヤニヤして言った。
「これ全部、女の子からだろう?」
ガクが驚愕の顔で手紙を見直した。
たしかに、手紙は色気のない白一色の紙とは違い、花の絵が描いてあったり、押し花のようなものが貼り付けてあったりするようだ。そしてチラリと見えた差出人の名前も明らかに女の名前だった。
「なななななな、何おまえ、女の子からてて、手紙なんてもらって」
ガクは思わずどもりながら怒鳴ってしまった。生まれてからこの方一度も女の子に手紙などもらったことのない自分を差し置いて、3つ年下のこの男はたった五日の間に10通も手紙をもらってしまうほどの、モテ男なのだ!許せん!けしからんことだ。
とは思ったが、ワタルがニヤニヤしているのは、シンの反応を見たいがためではなく、自分を見ているのだと気づき、ガクは冷静な顔を作った。
「ふ、ふうん、人気者だね、シン君は」
言葉づかいがおかしいが、直せない。
ガクは潔く負けを認めて一人、部屋に戻ったのだった。
若い者たちは大きな部屋に布団を敷いて、みんなで一緒に暮らしている。年長になると2人部屋や1人部屋がもらえるが、この家で一番若いシンとガクは勿論大部屋に住んでいた。とは言っても、ここ鷲頭の森の家は人数も少なく、年寄が少ない。(家のことをしてくれる女性3人を除くと、森守りは17人しかいない。そのうち1人部屋が3部屋、2人部屋が6部屋とくれば、大部屋に入る人数もそんなにいないものである。)しかし、ワタルとヒロは見習いのゲンの世話があるので大部屋で一緒だった。そういうわけで、大部屋は今、5人で住んでいた。
夜になると、ワタルがガクにちょっかいを出してきた。
「お前、女の子から手紙もらったことある?」
絶対に「ない」というだろうと確信している顔をして、若干しょぼくれたガクの背中にウリウリと肘をくいこませてくる。
「そういうワタルはどうなんだよ?」
ガクは横目でワタルを見ながら、それしか言えなかった。手紙をもらったことがないとは言いたくないのだ。
「俺?ないわけないじゃん。何年生きてると思ってるんだよ」
ワタルは相変わらずニヤニヤしながら何とも普通のことのように答えた。そんな普通のない、ガク・・・ワタルと3歳しか違わないのに、この差はなんだろう?さらに落ち込んだ背中になってしまったガクを見て、ワタルもさすがにちょっといじめすぎたと思ったのだろう。肘鉄だけはやめてやった。
「ホントに?ホントに女の子から手紙もらったことないのかよ」
ワタルはガクを思いやって言ってあげたつもりだったが、どうやら追い込んでしまったらしい。
「おいおい、そんなに言ったら可哀想だろ」
ヒロが横から助け舟を出してくれた。この助け舟はどちらかと言うと、ガクに出されたというよりはワタルに出されたようでもあったが。
「ガクだって、手紙こそもらったことはないけど、結構モテてたじゃないか」
ヒロはどこから得た情報なのか、ガクのことを知っているようだった。
「結構モテて?」
自分で分かっていないガクはちょっと嬉しそうな顔をしてヒロを見た。
「お前んちの近所のヒナは、確実にお前のことが好きだよな。いつも付いて回ってるし」
「って、ヒナまだ6歳ですけど?」ガクが答える。
「ぷ、それって犯罪ですよね」
すかさずゲンが追い込む。
「ちょっと前には、学級の子3人にお菓子を作ってもらってたじゃないか」
「おお!」ワタルが歓声を上げる。
「違うって、アレ、実験台。すっげーまじいの食わされた」
「あわれな・・・」ゲンが呟く。
「そうそう、毎日公園で女の子と手をつないでいたじゃないか」
「うわー!」ガクが大声で打ち消した。
なぜヒロはそんなことまで知っているのか。しかし、内容はそんなに甘いものではなかった。
「あれは、卒業の踊りの特訓。思い出したくもない!」
ガクの悲痛な声に誰も何も言えなくなった。(実際には、好きな子には意地悪をしてしまう女子の心理もあったようなので、ガクが気づいていないだけで、本当はモテていたりするのです。)
みんなで楽しくガクをいじめて遊んでいると、今まで口は出さずとも楽しそうに輪に加わっていたシンが立ち上がり、部屋から出て行った。
その場に残ってさらにいじめられるのは嫌だと、ガクも付いて行った。
シンは外の鳥小屋に入って、鳩を見た。本当にシンがいない5日間で13羽もの鳩がシンに手紙を届けたのだ。シンは返事の手紙を一羽一羽丁寧に括り付け、飼い主の元へ戻るよう促した。かなり律儀なやつである。
それから居間に戻ると、例の帽子を取り出した。
「どうしたの?」
別に無断で使ってはいけない帽子ではないので、いちいちどういう使用目的かを言わなければならないというわけではないのだが、とりあえずシンが何をするのか聞いてみた。
「本が見当たらないので」
とだけ、シンは答えた。そういえば、歌司の家に行ったときに本がないと言っていた気がする。なくしたのだろうか?今まで見ている限りだとなくしものをしそうには見えない、しっかりした人間に見えたが、そんなシンでもそういうこともあるんだなぁ、などとガクは呑気に考えていた。
「何の本?」
「ただの小説です」
それだけ答えると、シンは帽子を机の上に置き正座をした。相変わらずきちんとしているヤツだ。
「読みかけの本がなくなってしまいました。探してください」
それだけ言った。どこにあるのか分からないのだから、場所は言えないし、帽子に「探してください」としか言えなかったらしい。
とにかくそれで、シンは帽子に手を突っ込んだ。丸い帽子の隅々まで探しているようだが、どうやら本は手に当たらないらしい。しかし、本はないものの、何かが手に当たったようだ。
「あ」
と言って手をひきぬくと、そこには小さな紙が握りしめられていた。シンはそれをじっと見ていた。
「栞?」
ガクが聞くと、シンはハッと何かに気づき、急に部屋へ戻って行った。そして、栞を握りしめたまま、自分の荷物の入っている小さな引出を開けた。
その中には、どうやらお目当ての本が入っていたらしい。シンは本と栞を膝の上に置き、静かに引出を元に戻した。
「そうだ、ここに入れて出かけたんだった」
ポツリと言って、何か物思いにふけるような顔をしていた。じっとしているシンを部屋の皆が見ている。
ガクが帽子を棚に戻して部屋に戻ると、そんな風景だった。ガクはシンの膝に置かれた栞を見た。
小さなスミレが押し花になっている、いかにも手作りの栞だった。これも女の子の手作りだったりして、と思うようなものだった。
本を探してください、というお願いは、本を出してください、というお願いとも取れる。しかし魔法の帽子は、本を出してはくれなかった。本を出してくれればそれですぐに終わるのに、一見なんの関係もないような小さな栞を出したのだ。
この栞は、シンが昔学校の友だち(勿論女の子)にもらったもので、特に思い入れがあったわけではないが、綺麗にできているので、ちゃんと小物入れに入れておいたものである。
なんでこの栞が出てきたんだ?と思って手に取ると、それをしまい込んだ場所を思い出した。小物の入っている引出だ。そう、そういえば、出かける前に引出に本を入れたじゃないか。そう連鎖的に思い出して、無事に本を見つけることができたわけだ。つまり、帽子は本を探すのに一役かってくれたわけである。
栞はまた大切に、引き出しにしまわれた。
栞をくれた子は、特に仲が良かったわけではない。大人しい目立たない子だった。学年が上がる時に、みんなに栞を配っていたので、その子にとってもシンが特別だったから栞をくれたわけではなかった。それでも、その栞はとても良くできていたので、捨てずにとっておいたのだ。本をよく読むシンには、栞はあって困るものではない。
そういえば、学校の時の友だち(女の子ばかりだ)が、鳩を飛ばして手紙をくれたが、その中にこの栞を作った子はなかった。まあ、そんな程度の友だちってことだ。