4. 仲間
先が長いとは思っていたが、シンに火の魔法を教えるのはエラい大変だった。
俺は時間がある時はシンを呼び寄せて火の魔法を教え込んだ。
「違う!っつってんだろうが!」
俺に殴られてまたシンが吹っ飛んだ。コイツはいつになっても身体が大きくならねぇ。どっかおかしいんじゃねぇか?
「怒るんだよ!怒らなきゃ炎は出ねぇって何度言わせんだ!」
俺は怒鳴りながら、立ち上がってきたシンの顔をはたいた。シンの頬は俺の右手が当たる方、左頬があざだらけだ。それを見ると俺はもっと怒りが込み上げてくる。こんなに言い聞かせてるのに、全然出来るようにならねぇなんて!
もう半年以上も、こうやって火の魔法を教え込んでいるが、ちっとも出来るようになるどころか、あったかくなるとか、火花が散るとかそんな兆しのようなものも全くない。どうなってんだ。
「ほら、怒れ!怒れ!」
俺はシンの背中をたたきながら、シンに火を出させようと必死になっていた。
もしかして、コイツ怒れないのか?そんなバカな。喜怒哀楽って言うくらいで、誰だって生きてたら感情ってもんがあるはずだ。
俺たち鬼のような火人だって、喜んだり楽しんだりするんだ。だったら、樹紀の国のやつが怒ることだって普通だろ?それともコイツは子ども過ぎてできねぇのか?
俺が怒りすぎると、もう教えるとかそういうことはできなくなった。教える人間ってのは冷静でなきゃダメらしい。
俺はさんざんシンを殴りつけると、もう教える気にはなれずに、シンを追いやった。
シンは俺から少し離れたところで、膝を抱えて小さくなって座っていた。いつもそうだ。
そのシンの感情はなんだろう。俺に怒られて悲しくなるか?そのわりにコイツは泣かない。じゃあ、怒らないのか?怒られると逆に怒ったりするだろ?それとも、イライラしたりな。そうだ、イライラってのはあるだろ。いくらなんでも、シンは嫌なことばかりの毎日のはずだから、イライラしないはずがない。
うん、これは使えそうだ。
そんな風に、いかにしてシンを火人のようにするかということを俺は考えていた。
周りの連中も協力してくれた。まあ、主に折檻のほうだけどな。
だが、狩りの時はだんだんシンの使い方がわかってきた。
シンは俺たち火人とは明らかに見た目が違う。シンが狩りの村にいても、村人たちは警戒しない。それでシンを斥候に行かせることが多々あった。
シンが知らない村を歩いていると、村人は見慣れない子どもが一人で歩いているので、寄ってきたりする。その間に家の中にお邪魔して赤ん坊をさらってきたり、シンにその家に赤ん坊がいるか見てこさせたり、使い道はいくらでもあった。
俺たちが狩りをしても、シンは捕まるはずもなく、俺たちが狩りを終えて荒野に逃げた後に、シンは一人で俺たちを追いかけてきた。
最初のうちは置いて行かれないように必死になって追いかけてきたが、そのうち荒野で品評会をしている間はその場から俺たちが去らないのを知って、あまり急がなくなった。急いで戻ってきて、俺たちが赤ん坊を焼き殺しているところを見るのは嫌なんだろう。
まったく、それも早く慣れて欲しいもんだ。
俺たちと同じ、立派な火人になってもらわなきゃ困るんだ。俺の弟にしてやろうってんだから、ちゃんとやれ。
シンを連れ去ってきてから、1年くらい経っただろうか。
俺も随分と考え方が大人になってきたと思う。その日は俺の機嫌が良かったってのもある。
俺はシンに火の魔法を根気よく教えていた。
「お前さあ、嫌なこととかあるだろ?そういう気分ってのを思い浮かべんだよ」
俺は初めてうまく説明できたような気がした。シンも、その「嫌な気分」ってのがわかりやすかったんだろう。いつもより納得したような顔をしていた。
そして、いつものように左腕を伸ばし、多分シンの嫌な気分を思い出した顔をして、そして手が震えた。
震えた指先に火花が散った。辺りが暗いから小さな火花でもよく見えた。
「お!やった!」
シンも無表情ではあるが、ドヤ顔をしているように見える。
初めてシンの手から火花が散ったのだ。シンは何かコツをつかんだのだろう。
「そうだ、お前、火が出せるようになれば、俺たちの仲間になれる。もう一息だ」
シンはコックリと頷いた。
だが、火花が出たのはそれっきりだった。
それからも火を出そうと練習をしたが、シンの手から火がでることはなかった。
でもまあ、火花が散ったということは、火が出るってことがわかったんだから、前進してるよな。
その時の俺はよくわかっていなかったが、あとから考えたときに、シンは「俺たちの仲間」になりたくなかったんじゃないか、と思うんだ。そりゃそうだろ、俺たちの仲間ってことは、シンも鬼と同じってことだからな。何かひっかかるものがあって、シンはそれ以上火花を出せなくなったんだって後から気づいた。
あーあ、俺ってばあほだな。
だが、それも時間の問題だった。
だってシンは俺たちと一緒に生きているんだ。俺たちの仲間にならなきゃならないだろう。逆に俺たちと一緒にいるのに、仲間じゃなかったら辛いだけだってそのうちわかったんじゃねぇか?
ある日俺たちがホクコメ国に狩りに行こうとしている途中だった。
たまたま俺はシンのそばにいなかった。シンは誰かに酒を注いでいた。普段はシンは俺に殴られても、その意味を知っているから怒ったり口答えをしたりしない。だが、俺意外の奴はただ単にシンを殴りたいというだけで殴ったりする。それでシンはかなり痛めつけられていた。
アレは誰だったかな。タローだったか。タローはだんだん興奮してきて、ついにシンに火を放とうとした。大人の炎は俺の比じゃない。
その炎を見たからか形相を見たからか、シンは必死に叫んだ。
「やめろ―!」
そう言って、左腕を出すと炎を出した。
シンが初めて、ちゃんとした炎を出した。
しかも、その炎はタローの出した炎と互角にやりあった。
怒りと恐怖によって、シンはやっと俺たちの仲間になったんだ。
俺は嬉しかった。
これでガングー様が喜んでくださる。
アルジンの宝を俺たちの仲間にしてやったんだ!俺がアルジンから取ってやったんだ!
それからシンは、訳もなく殴られることは減ってきて、だんだんと俺たちの仲間として認められていった。
シンが来て2年目になろうとしていた。
それからも俺はシンに火の魔法を教えた。シンの魔法はかなり気まぐれだった。出そうと思った時に炎が出せなければ意味がない。
それに、炎の出し方はいくつかやり方がある。俺は手から火を出すのと、掴んだものを焼き尽くす魔法と、それから手から遠いところに火を付ける魔法を知っていた。大人になると炎の量や色の調整もお手のものになる。
そういうのもシンに教えてやらなきゃなるまい。
そうやって、俺はシンを弟として教え込んだ。アイツは立派な火人になれたと思う。
そうして、シンのいる生活は5年が経とうとしていた。
シンはなかなか大きくならなかった。
俺は10歳になって、成人した。身長だけでなくて肩幅なども充分に大人だ。
だが、シンは俺より一つ下くらいのはずなのに、まだ5歳くらいに見えた。俺がシンをさらってきた時の俺くらいの大きさだろう。小さいなぁ。
まあ、そのくらい小さいほうが、村に斥候に出すときに怪しまれなくて良いんだけどな。
そんなことを考えていると、親父が俺に言った。
「おい、お前の奴隷は、本当の名前を思い出したか?」
忘れていた!
そういえばそんな話があった。シンが俺たちの仲間として生きているのは、ガングー様が仲間にしろと言ったからではあるが、大人たちにとってはシンは食料だ。そうだ、それで大きくなって本当の名前を思い出したら焼き殺して食べようという話だったのだ。
「シンは火人の仲間にしろってガングー様が言ったんだよ」
俺が言うと、親父はふん、と鼻を鳴らした。
「じゃあ、もう良いじゃないか。火を出せるようになったんだから、ガングー様ももう食っても良いって言うだろ?」
あくまでも親父はシンを食べるつもりだ。俺は複雑な思いがした。シンを食べる?そうだ、もともとそのつもりでさらってきたんだ。今更何を言ってるんだ。
だけど…シンを食べる?
俺の弟を?
いや、シンは弟じゃない。そう、家畜みたいなもんだ。一緒にいるうちに情が移ってしまったが、アレは弟じゃない。俺は一生懸命自分に言い聞かせた。
親父はシンに
「お前、本当の名前は何だ?」
と聞いていた。だが、シンは首をかしげるだけだった。それを見て俺はホッとした。シンが本当の名前を思い出せないのなら、少なくとも今すぐ焼き殺されることはない。
朝になり俺たちの眠る時間が来た。
だが俺は眠れなかった。シンのことを考えていたのだ。そうしたら眠れなくなってしまった。
俺は起き出してシンを探した。シンは寝床にはいなかった。そうだ、朝はシンの食事の時間だ。俺が連れてきた日から、アイツは朝になると荒野に出て、落ちている白い何かを食べているんだ。
俺たちの干し肉や酒はほとんど口にしない。アイツが育っているのは、この白いカサカサした食べ物のおかげなんだ。
俺はため息をついて、シンの食事風景を見ていた。大きく手ですくい取って、それを一つずつ口に運んでいる姿だ。あんなもん美味しいのか?シンの表情はほとんど無表情だから美味しいのかまずいのかもわからない。そう言えば、アイツが来た頃は、もうちょっと表情があったよなぁ。
アイツの泣いた顔なんてほとんど見たことがない。そうだ、初めてこの白いものを食べたとき泣いたんだ。俺はあの顔を覚えている。その顔を思い出すと俺の心が何かに掴まれるような気がした。なんなんだこの感情は。わからなかった。
俺はシンを見ていると色んな事を思い出した。アイツは俺たちの食料だ。鬼としての仲間にはなったが所詮食料だ。家畜と同じだ。
だが、アイツはアルジンが言うところの「宝」だそうだ。アルジンはアイツを大切にしているのだろう。こんな火人の中に連れてこられて命を永らえ、毎日こうして食べるものにありつける。そしてコイツは殺されない。
しかも、こいつは「守られて」いる。そう誰かが言っていた。契約によって、守られる。そして必ず助け出される、と。それって奇跡だよな。
本当にコイツはアルジンの宝なんだ。こんなしょぼくれたガキが、どうして宝なのかわからない。
だけど、コイツは大切にされている。
少なくとも、俺よりは。
俺はため息をついた。俺は家族もいる。仲間もいる。食べるものもあるし、ガングー様は俺を褒めてくれる。
だが、何だ、この敗北感は。
シンは何も持っていないのに、シンは守られている。
なのに俺はどうだ。なんでも持っているのに、誰にも守られていない。ガングー様は俺の命のことなど何も言ったことがない。親父だってそうだ。俺が死にそうになったって、手先すら動かさない。心だってきっと動いていないんだ。
俺はどうだ。多分、シンが現れなければ、誰かが、何かが死んだとしても、心は動かされないはずだ。だけどシンが来てから、俺の心はちょっとずつ変わっていった。
たとえば、シンはいつ死んでもおかしくない。シンがいなくなると、心配するのは、俺の心が変わっちまったからだ。
それから、俺自身も、死ぬことを考える。どうしてだ。そんなこと、俺の周りで考えるやつはいないのに。ガングー様は楽しんで生きろ、と言ってくださるが、死んだ後どうなるかは教えてはくれない。
いや、死ぬことが怖いんじゃない。
ただ、俺が・・・誰にとっても大切な存在じゃないってことが、むしょうに辛いんだ。
あんな、何にも持ってないガキが大切な存在だと言われているのに、俺は大切でもなんでもない!
悔しかった。うらやましかった。
だから俺は、アイツを仲間にしたかったんだ。アイツが守られていない、俺の仲間になるようにしたかった。
それなのに、シンは火を出せるようになって、俺たちの仲間と認められても、食い物だと思われていても、やっぱりまだ守られているんだ。
悔しい。悔しい。
誰か、俺のことも、大切だと言ってくれ!
俺はシンが憎くてたまらない。




