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30. 空腹と楓の砂糖と壺


 次の朝早く、ガクは山菜などを探していた。食料が乏しいのだ。たくさん食べるシンにひもじい思いをさせるのも可哀想だし、自分もお腹が空く。たぶん今日中には着けないだろうから、少なくとも1食分は確保しておきたいところだ。

 しかし山菜すらまだこの時期にはあまりなかった。ガクがウロウロしていると、昨日のあの青年がやってきた。

「昨日の人ですよね?」

 と、聞いてきた。ガクはすぐに気づき、

「あ、どうだった?」と聞いた。

「ありがとうございました。あんなに良いもの」

 昨日と(過去の)印象が違い、青年は礼儀正しかった。

「いやいや。お役にたてて」

 そう言いながら、ガクは相変わらず山菜を探していた。

「何してるんですか?」

 そんなガクに青年が聞いた。

「いや、ちょっと、食べられるもん、ないかなぁと思って」

「はぁ?」

 昨日あんな極上バターをくれた人が、食べ物を探しているなんて思わないだろう。だったら自分が持っているものを食べれば良いじゃないかと思ったようだ。

「ははは、何でもない」

 そう言いながら、ガクは「じゃ」と言ってそこを去った。

 森守りのガクなのだから、こんな雪解けの季節でも、探せば食べられるものが見つかるものだ。なんとか山菜やら木の実やらを見つけたところで、仮小屋の木に戻ろうとすると、先ほどの青年がまたそこにいた。

「あの、これ」

 と言って、彼は竹の葉の包みをガクに渡した。

「昨日のお礼です」

 そう言って笑うと、すぐに行ってしまった。

 ガクはその感触ですぐにわかった。おにぎりだ。もしや彼は自分の朝食のおにぎりをくれたのではないだろうか。そんなことはさせられない。そう思い、ガクは彼のあとを追った。

 そこでガクが見たものは、自分のところの仮小屋の木の下で、たき火に当たりながら、彼女の朝食のおにぎりを二人で仲良く半分こしている睦まじい姿だった。

 負けた。

 ガクはおにぎりを感謝してもらっておいた。



 朝食はそのおにぎりではなく、干しイモをかじっただけにしておいた。そして道々食べられそうなものを探しながら歩いて行った。

「お腹すいた」

 日が高くなったとき、シンが言った。シンはあまり食べ物のことを気にしていなかった。それで食料がないことにその時気づいたようだった。お腹が空いたのに食べ物がないのだ。

 ガクは山菜などを見つけてはいたが、そのまま食べるにはちょっと辛い。もう少し見つけて、夕飯に火を熾して煮込んで食べたい感じだった。

 ガクは朝もらったおにぎりを出した。

「どうしたんですか、コレ?」シンが聞いた。

「彼氏にもらった」

「は、彼氏!?誰のですか!」

 シンは何か誤解してやいないか?と、ガクは思いながら笑って答えた。

「あの、見事なビンタくらわした女の」

「・・・・ああ!」

 とりあえず、誰にもらったかは分かったらしい。

「なんで?」

「まあ、物々交換みたいな感じかな」

 曖昧な答えだったが、とりあえずシンは納得してくれた。昨日楓砂糖のバターを渡したところを隠れて見ていたので、お礼にもらったのだろうとなんとなく想像がついた。

 二人で分けるには少し少ないが、それでもありがたいおにぎりだった。それから木の実を少しかじりながら、また午後も出発した。

 途中で水を補給しなければならない。ガクは綺麗な川があるのを知っていた。二人でそこへ降りて行って水を汲むことにした。

 雪どけ水は清冽で気持ちが良かった。シンは水を汲んだあともしばらく水に手を浸して休んでいた。

 もうちょっとゆっくりしたい、とシンは思っていたのだが、ガクはすぐに立ち上がってしまった。そして小声で

「シン、行くよ」

 と言って谷を登って行ってしまった。どうしたというのだろう。ガクとシンが登り切って、少し歩き出してからガクが立ち止まった。

 もう一度谷間の川を見たいのだろうか。木々に隠れるようにしながら川を覗き込んだ。

「ほら、鹿が来てるよ」

 ガクがシンに言った。本当だ。まだ若い鹿がいる。耳をしきりに動かしながら、水を飲みに来たのだ。

「あの鹿はすごく暑がりなんだよ。そしてものすごく臆病」

「そうなの?」

「風向きが変わって川の水を飲みに来たら、俺たちがいたから、なかなか飲めなかったんだ。悪いことしちゃった」

 そう言って、ガクはまた歩き出した。ガクはあの鹿が安心して水を飲みに行けるように、自分は疲れているのに休まないで、あの場所を空けてあげたのだということに、シンは気づいた。「悪いことしちゃった」なんてガクらしいな、とシンは思った。



 その日のうちにかなり歩いたが、まだ虹森まではあと半日以上の道のりがあった。

 二人は仮小屋の木を見つけてそこに泊まることにした。木の下に火を熾し、さて、夕飯の準備をしようという時になって、シンはまた気が付いた。食べるものがない。

「ガク、水は沸かしたけど、何食べるんですか?」

 辺りを見回すと、ガクの姿がない。どこへ行ったのだろうか?と思ったらすぐに戻ってきた。

「山菜~!」

 ガクはまた山菜を探していたのだ。まだ浅いとはいえ春らしい食材がそれなりに揃っていた。しかし食べ盛りの男二人にはちとささやかすぎるようだ。

「足りないかなぁ」

 そう言いながら、洗って切った食材を鍋に放り込んだ。それから芋がらも入れてしまう。小さな油麩も放り込んだ。そして最後に味噌を入れる。

「ガク、すごいね。ありがとう」

 シンは自分は何もしなかったのに、ちゃんとガクが夕飯を何とかしてくれて本当に感謝した。まだ寒い季節、豊かな森の中とはいえ、食材を探すのは意外と大変だ。それを目的地までの道のりできちんと見つけてなんとかするのが、ガクなのだ。

 ガクとしては、食材が全くなくて、困ったなぁとは思っていたが、結局今日一日なんとかなった。一番助かったのはあのおにぎりだ。病院で見かけたときは思いっきり敵認定しちゃったヤツだけど、本当は良いやつだったんだということに気づいた。そうでなければ、彼女なんていないか。彼女か、良いな、俺ってば、彼女いない歴19年なんだよな・・・なんて馬鹿なことまで考えていたりした。そのくらいお気楽ということだ。



 日が暮れるとシンはすぐに眠くなって寝てしまった。ガクはたき火の火を消さないで、しばらくはその周辺の山菜やキノコを探していた。

 少しは見つけたものの、そんなにない。

 明日の朝と、昼。昼過ぎには向こうに着くから、まあ朝だけでも良いか。でもちょっとひもじいな。などと考えて、たき火の火を見つめていた。

 上に行って寝ようかな、とか、もうちょっと探してみるかな、とか考えているうちに、ガクはうとうとしてきた。しばらく毎日徹夜で釜をかきまぜていて、そのまま森を歩いて、食べ物が少ない。疲れていないはずがない。

 たき火の前で丸太の上に座りながら、こっくりこっくりと舟をこいで気持ちよく眠っていたのだが、どうやらそのままでは寒かったようで、じきにガクは目を覚ました。やはり上に行って上着だけでも取ってきた方が良い。それならば、上で休むか。

 そう思った時、ガクはそばに誰かがいることに気づいた。それはシンではない。

 気配を感じるだけなのだが、人ではないような、もっと静かな気配だ。でも、何の動物だろうか?

 ガクは集中して辺りの気配を感じ取った。フクロウの声やひたひたと歩く夜行性の動物の足音、風にざわめく木々の音、そしてパチパチとはぜるたき火の炎。どれも夜とはいえ、賑やかにガクの周りで音を奏でている。だが、そのどれにも当てはまらない、静かな気配がガクのそばにいた。

「腹が減ったのぅ」

 声ははっきりと、ガクの隣から聞こえた。ガクの腰を掛けている丸太の隣だ。

 驚いてガクが見ると、小さなおじいさんが座っていた。長いぞろっとした茶色い衣服を着ていて、手足がどこにあるのか分からない。頭はすっきりと禿げ上がっていて、そのぶん白いひげがたくさん伸びていた。小さなおじいさんの目は優しい光りをしていて、そして聡明な色をしていた。

 人間にしてはちょっと小さすぎる気もするが、はっきりと言葉も喋ったし、姿かたちとしてはまあ、人間だ。

 ガクがまじまじと観察していると、もう一度おじいさんが言った。

「腹が減った」

 ガクは気が付いた。さっきもそう言っていたと。

「おじいさん、お腹が空いたの?」

「そうじゃ、今日は何も食べていない」

「ええ!」

 ガクは驚いて、自分の荷物をあさり始めた。だが何もない。そうだった、自分が今夜食べるものさえなかったのに、人にあげられるものなんてあるはずがないのだ。

 ガクは腹を満たすほどではないが、元気になるものを持っていることに気が付いた。そして歌司に持っていくはずの袋を開ける。中から楓砂糖を出した。小分けにした袋一つだけでも大した価値がある。

「おじいさん、これあげるよ」

 ガクはその砂糖の袋をおじいさんに渡した。

「俺が作った砂糖なんだ。甘いものは元気が出るよ」

「おお、砂糖とはまた高級なものを。誰かにあげるものなんじゃないのかい?」

 おじいさんは嬉しそうに袋を開けながら言った。確かにその通り、本当はツカサのところに持っていくものなのだから。

「そうだけど、また今度持って来ればいいから、コレはおじいさんが食べてよ」

 おじいさんは嬉しそうに、少し砂糖をなめた。甘い優しい香りのする砂糖楓の砂糖は少しなめただけでも、元気になる。おじいさんはとても満足そうな顔をした。



 おじいさんは立ち上がった。その姿は座っていた時のちんまりした姿からは想像できないほど、大きく感じた。いや、大きさではなく存在感が大きいのだ。

 おじいさんはガクをしっかり見据えて、頭の中に直接響くように語りかけた。

『さあ、祝福を与えよう。

 あなたはわたしが空腹であったとき、わたしに食べるものを与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが恐れるとき、わたしに手を貸し、わたしが思い悩むとき、わたしを思いやってくれたからだ』

 ガクは驚いて答えた。

「俺がいつ、あなたに飲み物をあげたり、手を貸したりしましたか」

 おじいさんは答えなかった。しばらくガクをじっと見ていた。そして先ほどまでと同じような、静かな声で言った。

「まことに、取るに足らないような小さな者にした、お前さんの優しさは、みんな、わしにしてくれたのと同じなのじゃ」

 そう言うと、おじいさんは壺のようなものをガクの手の上に置いた。

「祝福を」

 そう言って、歩き出した。

 おじいさんの後ろからは、キノコのような姿の、おじいさんより一回り小さい人たちが、ぞろぞろとついて行った。

 こんなにいたのか!と驚くほどたくさんの人だ。彼らは小さな声で歌いながら少しずつ遠ざかって行った。薄い緑色の光りをほのかに放ちながら、少しずつ見えなくなっていった。


♪小さな壺に祝福を入れて

 茶色い人はやってきた。

 一番ちいさなものにさえ

 甘い砂糖の一粒を。

 喜びなさるみ父から、

 朝にいただく主の恵み。

 露と光る天のマナ♪


 彼らが見えなくなった時、ガクは我に返った。一体今のは何だっただろう?

 だけど、ガクはそれ以上深くは考えなかった。心の中が平安でいっぱいだったのだ。明日の食事のことなど今、こんな夜中に考える必要はない。必要ならばきっと見つけられるとそういう確信みたいなものが心に広がった。

 そうだ、夜は休息の時間。

 ガクは火を消し、荷物を持ってシンの寝ている仮小屋の木で休んだ。



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