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20. 皆伐



 次の朝、シンとガクは皆伐を行う森の端にいた。林業の人たちの手伝いというかたちなので、森守りの数は少ないかと思ったら、意外にも若者がたくさん駆り出されていた。中年・老年もそれなりにいた。

「ガクさん」

 シンがガクを呼んだ。初老の気の弱そうな森守りと一緒に立っている。

「僕の父です」

 いきなり紹介されて驚いた。いるとは思わなかったのだ。シンの父はあまりシンには似ていないように見えたが、その真面目そうなところがいかにもシンの父だった。

「あ、どうも。ガクと言います」

 ガクは元気よく挨拶をした。

「やあ、君が相棒のガク君だね。よろしく頼むよ、うん」

 シンに似ない、おっとりとした優しい挨拶だったが、声はシンと同じだとガクは思った。

「私はあっちの方を手伝うので、若者たちとは別なのだが、今日はよろしく頼むよ、うん」

 そう言って、手を振って行ってしまった。



 皆伐はすべての木を切ってしまうので、細かいことはあまり気にせず、どんどん切っていってしまえば良い。稀に切りにくい木がある場合は、森守りの指示を仰ぐ。

 木を伐り始めてしまえば、動物も驚いて逃げていくので、事前に追い立てたりする必要はないが、時折肉食の動物や大きなものに襲われることもあるので、それはやはり森守りが注意しなければならない。

 あとは、全員で根っこを引き抜く。根っこを残しておく場合もあるが、土を良くするためには全て掘り起こすのが理想的である。

 森守りたちはあまり仕事がなく、林業の人たちの後を追って、根っこを掘る仕事をすることになった。

 林業の人たちは機械を使って引っこ抜くが、森守りは完全手作業。あまり機械を使わない。

 若い森守りがみんな集まって、一つの根っこを引き抜く。彼らはシンがそこにいても気にしない顔をして、協力して土を掘った。森守りは実に手際よく1メートルくらい掘り進み、横に伸びている根を斧で切り、そして根っこの大元に紐をかけて全員で引っこ抜く。これだけのことをするのに、普通の人では1,2時間はかかるだろう。それだけ大変な作業だ。

 しかし彼らは伊達に木々の専門家というわけではない。土を掘るのも速いが、直接木の根っこに歌いかける森守りもいる。

 数人の森守りと一緒にガクは切り株に手を当て歌った。すると今まで地上に伸びた木と葉を支えて、しっかりと土を掴んでいた根が、その力を緩める。そうしたところで、根っこを引っ張るのだ。

 全員でひっぱると、重たい木の根っこがゆるゆると地面から揺れるようにして出てくる。そうして、地上にすべての根が現れたとき、綱を引いていた森守りが全員後ろに吹っ飛んだ。

 一番後ろで引っ張っていたシンは尻もちをつき、シンの上に前で紐をひっぱっていた者が二人乗っかってきた。シンは尻と腹の痛みで顔をしかめた。

 その顔を見て、森守りたちが無言で一斉にシンから遠のいた。

 そういうことが1日に何度もあった。

 そのたびにガクは、皆が悪気があってシンを怖がっているわけではないことを知り、何とも言えず悲しくなった。嫌っているわけではないし、一緒に仕事をする仲間として認めているが、得体のしれないものは怖いのだ。


◇◇◇


 シンとガクは3日間、皆伐の仕事を手伝った。とはいえあまり仕事はなかった。そういう時は、二人で森守りたちから離れて辺りを散策した。

 少し町に近い方に行くと、ブーンという振動と大きな音が聞こえてきた。さらに近づくと、ゴロゴロという低い音も聞こえる。たくさんの男たちの声も聞こえた。随分とにぎやかな現場だ。

 音の正体は何か大きな機械(カラクリ)だ。遠くから見ても、ひと際高く飛び出ているのですぐにわかる。それにしても見慣れない機械だった。

 近づいてみて二人は驚いた。少し斜面になったところから、切られた木がゴロゴロと転がってくる。重たい木が勢いよく降りてくるのに、誰も手をかけていない。大丈夫なのだろうか?

 その木は下まで転がってくると、あの背の高い機械に吸い込まれていった。ブーンと大きな音が響いている。

 そして、吸い込まれた反対側から、木がツルツルになって出てきた。機械が木の皮を剥いたのだ。剥かれた皮はおが屑になって木が出てきた穴のすぐ上の穴から勢いよく吹き出している。

 なんてヘンテコで、良くできた機械だろう!

 ツルツルになった木は、いくつかに分断されていた。材木としてちょうど良い大きさになっている。

 機械の方へ行ってみると、その材木を車に乗せる作業をしている中年の森守りがいた。

「コレなんですか?すごいですね」

 ガクが話しかけると、その森守りはチラリとシンを見たもののそのまま無視して、ガクに答えた。

「面白いカラクリ師がいてな、作ったから試してくれって置いてったんだ」

 置いてった、ってどういうこと?こんなに大きなものを持って来たら、まあ、持って帰りたくはないだろうけど、置いてったって・・・深いことは考えまい。

 とにかくこの機械のおかげで、色々とかなり便利なのだから。本来ならば木を下ろして、皮をはいで、ツルツルにしあげて、切りわけて、束ねて乗せて、木くずの片づけ・・・そんなことを重労働でしなければならないのが、一度で済む。そこで仕事をしている誰もが、機械のおかげでラクになったうえに、楽しそうだ。

 そう思って見ていると、その森守りが機械の向こう側を見て言った。

「ほれ、あれがそのカラクリ師だよ」

 ガクとシンが見た先にはひょうひょうとした感じの青年が立って、機械の調子を見ていた。

 風変りなカラクリ師。なぎの目にそっくりだ、と二人は心の中で笑った。


◇◇◇


 すべての木を伐り終えて、根っこも取り除くのにあと2日はかかるということだった。

 そうして、森は少し小さくなる。とはいえ、本来森ではなかったところだったのだ。これで草原に住む動物が戻って来ればまた森も豊かになる。少しばかり狭くなってしまった森ではあるが、まだまだ豊かに広がっている。ここに住んでいた動物たちも、きっと引っ越ししてたくましく生きていくのだろう。



 それでもガクとシンは残りの伐採を見ないで明日は帰ることになっていた。

 最後の夜は、シンは実家に泊まることになっていた。シンの実家は明の森の家からわりと近いところにあるとのことだ。シンは、実家にガクも一緒に泊まるように勧めたが、ガクは遠慮した。せっかくの親子水入らずの時に、ガクがいては台無しだ。シンはこの明の森の家に来てもきっと懐かしんだりくつろいだりはあまりできなかったのではないだろうか。でも、実家は違う。シンを無条件で愛してくれる両親が待っているはずだ。そんなところにお邪魔しては申し訳ない。

 それで、いつもシンと一緒にいたガクは、一人で明の家に戻ってきた。

 それまでほとんど話しかけてこなかった、中年以上の森守りたちは、待ってましたとばかりにガクに話しかけてきた。本当はガクと話してみたかったのだろう。

 こことは違う、北の森の様子、動物たち、暮らしなど、聞きたいことは山ほどある。同じように森を守る者として、知っておきたいこともあるものだ。

 ガクは本来誰とでも仲良くなれるし、話も上手だ。すぐに明の森の家の森守りたちと仲良くなった。

 夜になれば、若い森守りたちが大部屋へ入れてくれた。彼らもガクともっと話してみたかったのだ。

 ガクも若い森守りと話したかった。南の森のことを知りたかったし、何よりも彼らがシンのことをどう思っているのかを知りたかった。

 しかし彼らは、シンのことは何も話さなかった。シンのことを話さないのは暗黙の了解なのかもしれない。

 本当はシンは良いやつなんだよ、と言いたいのを、ガクは言えずにその夜を終えなければならなかった。なんとも歯がゆい思いだった。



 それでもガクは気づいたことがあった。テトのことだ。テトはシンよりも10歳近く年上だが、シンはテトには敬語を使わない。少しつっけんどんに話す。それはシンが9歳からずっと面倒を見てもらっている時間がなせるわざなのか。それとも、テトは(あんなふうに接してくるし)話しやすいからだろうか。多分両方なのだろう。

 テトはシンの寂しさのようなものを見ぬいている。だから必要以上に構うし、表現する。暑苦しいほど迫って行かないと、シンは打ち解けられないのかもしれない。

 だからと言って、ガクはそこまではできない。

 家族と同じと言ってもらった相棒として、いつまでも敬語を使って他人行儀に接せられるのは、寂しいものだ。

そんなことでガクに気を許しているとは思えない。ガクを信頼しているとは思えないのだ。

 考えれば考えるほど、ガクは寂しくなった。まだ会って数か月なのだし、シンは口数も少なく不器用だ。仕方がないのかもしれない。

 それでも、たかだか言葉づかいとはいえ、ガクは寂しかった。



 一方、シンは実家に帰り、両親と久しぶりに話すことになった。両親はとてもシンを心配していた。

 こちらでうまくやれなかった分、北ではなんとかうまく溶け込んでほしいと願っていた。シンもそれはわかっていたし、自分もそうしたいと思っている。

 ただ、両親の関心は、シンが“悪魔の魔法”を使いさえしなければ大丈夫だと思っていることだった。だから、それさえ悟られなければ良いとも思っていた。それで、こんなに大きくなったシンにまた口を酸っぱくして、あの魔法を使わないように、と言うのだった。もう一人前になっているのに。親と言うのはそういうものだ。いくつになっても子どもは子どもなのだ。

 シンは久しぶりに自分の部屋に戻った。9歳のころからずっと同じ机、同じ寝台。細々(こまごま)としたものもほとんど同じ。何も変わらなかった。

 シンはこの部屋に入ると、子どもの頃の思いがよみがえってきた。9歳で初めてこの部屋に寝た日のことを。

 兄弟と別れて悲しく、心細く、寂しく、しかし、両親に会えたあたたかさと安堵、それらを抱きしめて眠った日のことを思い出していた。

 シンは兄弟のことを思い出せなかった。どうして兄弟と別れなければならなかったのか、どうしてここに戻ってこられたのか、思い出したい。しかしどうしても思い出せなかった。

 どうして別れたのか。

 それを考えて眠ると、決まってあの夢を見た。兄弟の『違うつってんだろーが!』という耳障りな声。あの夢だ。

 その夢を思い出すたび、兄弟にまた会いたいと強く思う。そして今日また、この部屋に戻ってきたことで、あの日の心境が思い出されてしまった。兄弟に対する思いを。

 あの人がいなければ今の自分はいない。彼が自分を育てたのだ。9歳のあの日までは。

 今の自分が不安定なのは、兄弟に会えないからではないだろうか。自分を育てた人に会えないというのは、ある意味本当の自分を見失っている状態なのではないかとシンは思っていた。

 だから、うまく話せない。

 だから、自分を表現できない。

 だから、輪に入れない。

 兄弟に会いたい。会えばきっとまた『違うっつってんだろーが!』と言ってくれるだろう。そうすれば、自分に何ができないかがわかる。兄ならばわかってくれるだろう。だから表現できるようになるはずだ。

 シンの中で、支離滅裂な思考が渦巻いていた。とにかく、別れた兄弟に会いたいだけなのだ。

 どうして別れたのか思い出せない。だけど、シンの心にはなんとなく予感があった“皆伐”と聞いたときにふとひっかかったのだ。兄弟は殺されたのではないだろうか。一族郎党皆殺しにあったのではないだろうか。それで、自分は両親の元へ帰ることができたのではないだろうか。

 だが思い出せない。どうしてなのか。思い出せなかった。


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