1. 新しい相棒
「ただいま~」
鷲頭の森に住む若い森守りが、新しくここに住む森守りを連れて帰ってきた。今まで南西の端にある森にいたのだが、この4月からここに住むことになったのだ。
「ガクー!」
ワタルが呼ぶと「おー」と返事をしてガクが顔を出した。そしてドタドタと廊下を走って居間にやってきた。
「ワタルおかえり、何、呼んだ?」
ガクは髪の毛からぽたぽたとしずくを落としており、着物もちゃんと着ていないような状態だった。
「あ、風呂入ってたのか、わりいな」ワタルが言った。
「いや、出たところだから」
ガクはそう言いながら髪の毛を拭いていた。
「お前の相棒連れてきたから」
ワタルは一緒に連れてきた新人をガクに紹介した。
「ほら、シンだよ」
ワタルがそう言うと、紹介されたシンはビシっと気を付けの姿勢になった。
「シンです。今年2年目です。よろしくお願いします」
シンのあまりにもキリっとした挨拶に、髪の毛を拭いていたガクも背筋を伸ばした。
「あ、どうも。ガクです」
しかし、挨拶のほうはあまりキリっとはしていなかった。そして、そこまで挨拶をしてからやっと気づいたのだ。
「あ、俺の相棒変わるの?」
「そうだよ?聞いてなかった?」
ワタルが意外そうな顔をして言った。すでにガクに伝えたつもりだったのだろう。
「知らなかったよ、じゃあ、ワタルは?」
「俺はまたヒロと組む。ゲンの世話もあるからな」
ゲンというのは、鷲頭の森にいる見習い2年目の子どもで(12歳)見習いの世話は、若い森守りの役目だった。去年はワタルとガクとでしていたのだ。
「じゃ、色々教えてやれよな」
それだけ言うと、ワタルは部屋へ行ってしまった。
シンに目をやると、まだ直立不動の状態で固まっていた。
「あの、じゃあ、よろしくお願いします」
ガクはそれだけ言うと、この固まっている青年をしげしげと眺めた。
―― 堅そう
と思った。その目と眉がとても印象的な顔をしている。何というか隙がない感じなのだ。新しい家に来て緊張しているのかもしれないが、長旅の後なのだし、もう少し疲れた表情を見せてもいいのではないかと思うくらいだ。自然とガクも態度が固くなってしまった。
「荷物、それだけ、ですか?」
いつも誰とでもすぐに打ち解けて話しだすガクが、なぜだか敬語になってしまった。しかもガクはそれに気づかなかった。
「はい」
「じゃあ、部屋に案内します」
そうして、ガクとシンの新しい相棒生活が始まったのだ。
この北東の端にある鷲頭の森は、町から遠く、また冬には雪が深く降ることもあり、他の森の家に比べると人数が少ない。17人の森守りが暮らしている。(ただし、案内の仕事や遠くへのお使いなどのため、常に数人は出かけている。)
人数が少ない分、団結力があり、仲も良い。住人達は朝になると必ず一緒に食事をした。
その食卓の席で、新しく来た森守りが紹介された。
「俺の新しい相棒のシンです」
ガクが紹介すると、シンはまたビシっと立ち
「2年目のシンです。よろしくお願いします。コレを預かってきましたので、居間に置かせていただきます」
と、短い挨拶をした。シンが居間に置こうとしたものは、緑がかった茶色い古ぼけた帽子だった。
それを見て、年長の者たちは少しざわついた声をあげた。
「おお、帽子じゃないか!」
と、愉快そうに口にしている。
「なんなの?」
ガクがワタルに聞いた。
「魔法の帽子だろ?俺使ったことないけど、小さいころに見たことあるよ」
ワタルが短く教えてくれた。
ガクは、シンが居間の戸棚に置いている帽子を見てみたが、“魔法の帽子”というには汚らしくて、ありがたみのようなものは感じられなかった。それでも、一定以上の年齢の者たちは、こころなしか嬉しそうにも見える。きっと何か素敵な魔法がかけられているに違いないとガクは思った。
帽子は、いつでも誰でも使ってよいとのことだった。しかし持ち出すのは禁止。まあ、あんなに古ぼけていれば、帽子としてかぶっていこうと思う者はいないだろうから心配はないだろう。それに、危険なものでもないので、万が一盗まれても誰も気にしないということだった。
「盗んだところで使い道もあるまい」
「自分で勝手に、虹森に帰れる帽子だよ」
などと言うのが、中年以上の者たちの意見だった。
「汚らしいからといって、ゴミを入れるのは禁止だぞ!」
家の年長者がそう言うと、食卓の皆が大笑いをした。
朝食が終わると、各自その日の仕事に出かけて行った。ガクとシンも相棒になってからの初めての仕事になる。
二人は初仕事の予定を立てるのに居間で準備をするところだった。すると、ワタルとヒロが二人のところにやってきた。
「シンがここらに慣れるために、案内の仕事に連れてってやるけど、どうする?」ワタルが聞いた。
ガクは振り向いて、少し考えた。
「お使いが二つ三つあるんだよね」ガクが答えた。
ヒロはガクの手元にある予定表を覗き込んで何か気づいたようだった。
「町と銀の森か、あとは虹森だな。内容はなんだ?」ヒロが聞いた。
「町はコレを届けて、あとは食材を持ち帰るだけ。銀の森ももらいものだよ」ガクが答えた。
「ふうん、虹森は?」
「わかんない、来いとだけ書いてあるけど」
二人の会話の間、シンは真面目な顔をして自分の帳面に何かを書きこんでいた。
ヒロは、町に持っていく届け物の箱の匂いをクンクンと嗅いで(紙で包んであったので、中身が何だかわからなかったから)それからそれを机に置いた。
「これなら急がないから、次回のついでの時で大丈夫だと思うぞ?それより、あとは持ってくるだけなら、あの帽子、早速使ってみたらどうだ?」
「あの帽子?」
ヒロの提案に、ガクだけでなくワタルも声を揃えて聞いた。
「あれ、お前も知らないの?」
ヒロはワタルを見て驚いたようだった。ワタルの年齢ならあの帽子を一度くらい使ったことがあると思っていたのだろう。
「ああ、俺むかし親父が使ったのを見ただけだったし、意味わかんなかったんだよね」
ワタルが戸棚から帽子を持ち出しながら言った。
「そうか、じゃあ説明しておこうか」
ヒロは帽子を受け取ると、机の上に置いて話し出した。
「つまり、森の北側の家は、町から遠いだろ?お使いがいちいち遠くて大変だから、この帽子が一役買ってくれるんだ。手紙くらいなら鳩で十分間に合うけど、ある程度の大きさの荷物になるとそうはいかない。それでこの帽子の出番ってわけだ」
ワタルもガクもシンも(そばにいた見習いのゲンも)皆ふんふんと頷きつつも不思議そうな目をして聞いていた。
「銀の森に取りに行くものは何かわかるか?」ヒロがガクに聞いた。
「銀の森は・・・馬の脂だ。これはずいぶん前から準備されてたから早く取りに来いって言われてるんだ」
「あ、それな」
ワタルが頷いていた。分かってて、行ってないないお使いらしい。
「じゃあ、もう荷造りもされているし、いつ取りに行っても大丈夫だろ?そういうのをこの帽子に頼むんだよ」ヒロが言った。
「帽子に頼む?」ガクが聞いた。
「帽子が持ってきてくれるのか?」ワタルが聞いた。
「そゆこと」ヒロが頷いた。
聞いていた4人の頭にハテナが浮かんだ。
「やり方はこうだ。先方の荷物が準備されていることを確認したら、帽子に頼む。
帽子に向かって、どこどこの何々が必要です。お願いします。って言うんだ」
「はあ?」ワタルとガクが聞き直した。
「銀の森の馬の脂が必要です、って言うんですか?」
シンが聞いた。
「あ、言っちゃった」ヒロがシンを見て言った。「でも、そういうこと。シン、帽子に手を入れてみな?」
「はい」
シンは疑う様子もなく、その古ぼけた帽子に手を突っ込んで中をまさぐった。
「ん」
小さくそう言うと、何かを掴んだまま帽子から手を出した。油紙で厳重に巻かれた、片手でやっと持てるくらいの包みだ。
「馬の脂だ」ワタルが小さい声で言った。
信じられないような顔をしてガクがヒロを見ると、ヒロはとても満足そうな顔をしていた。
「とまあ、こういう使い方をするわけ。だけど、注意点がいくつかある」
ヒロは真面目な顔をして4人を見渡した。
「まず、この帽子は俺たちの助け手ではあるが、召使いじゃなくて、むしろ主人のような存在だということを忘れてはいけない」ヒロが厳しい声で言った。
4人はあまりその意味がよくわからなかった。助け手なのに、主人?矛盾していないか?それに言うことを聞いてくれるなら、召使いじゃないのか?とも思った。
「だから、この帽子の意にそぐわない注文をしても、帽子は聞き入れてくれない。帽子が頼んだものを出してくれなかったら、その時は、その願いは自分の間違えだったと考えろ」
「はい」
シンだけが短く返事をした。他の者はよく意味がわからなかった。だがとにかく、帽子は何でも頼んだものを出してくれるわけではないことはわかった。
「それだけをわかっていれば間違えることはないんだけど、あとは、先方に先に連絡を入れておくこと。
あ、それから、この帽子に品物を入れて送るってのはできないから、そのつもりでな」
「はい」
また、シンだけがきちんと返事をした。一応ワタルとガクも「はあ」と気の抜けた返事をしたのだが、あまり分かっていないというか、腑に落ちないというか、とにかくまあ、帽子は魔法の帽子だということが分かった。
しかし、助け手ではあるが主人のような存在、というのは、やはりよくわからなかった。
一通り帽子の使い方を説明し終ると、ヒロとワタルとゲンは、案内の仕事に行ってしまった。ガクとシンのお使いの仕事がひと段落したら、案内の仕事に連れて行ってもらうことにして、とりあえずは、この帽子に慣れなければならないとわかったからだ。
ヒロたちが行ってしまうと、シンはいそいそと手紙を書きだした。ガクはそんなことは全然気づかなかったので、なるほど、と思って見ていた。
しかし、もう一つ二つお使いがあったはずだ。確か町に食材を取りに行かなくてはならない。これも帽子が出してくれるだろうか?
いやその前に、先方に連絡が必要だ。それを思い出して、ガクも手紙を書くことにした。
「じゃあ、俺は町の方に手紙を書きます」
ガクはまたもや自分が敬語になっているのに気づかずに、シンの喋る口調に合わせたように、かしこまって手紙を書きだした。