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15. 俺の気持ち



 3人は歌司の部屋に入り、勧められた座布団に正座した。

「お疲れ様でした。どうでしたか?」

 ウタ・ツカサは文机の上を片づけながらシンに聞いた。

「はい、無事に火を付けることができました。植物にも燃え移っていません。火は1メートルくらい吹き出しています。周囲に柵をした方が安全だと思います」

「そうですか、よくやってくれましたね。それで、結局魔法は使ったのですか?」

 歌司が一番聞きたいのはそこのところなのではないだろうか。シンとガクが顔を見合わせた。

「シオンさんにいざという時の水の準備を頼みました。俺たちは、シンが火を付ける魔法を使い、俺が風を送る魔法を使いました」

 ガクが答えた。歌司はシンとガクを交互に眺めて、満足そうに笑った。

「水と風と火の魔法をみんな使ったのですね。ガク、あなたは素晴らしい」

 歌司に褒められて、ガクとシンは微笑みあった。

「それで、今回は誰も怪我などせずに済んだということですね」

 歌司がそう言うと、シンの顔が急に曇った。勿論歌司はその顔を見逃さなかった。

「どうしたのですか?」

 歌司の問いにシオンは何も言わなかった。シオンはガクがいる時はあまり口を挟まない。ガクのことをとても尊重しているのだろう。

 シンはいつもの無表情になり、いつにもまして背筋を伸ばして固まった。口を開こうにも言葉が出てこない。

 ガクも言葉を探した。先ほどの話具合だと、下手なことを言うと、シンとの相棒をやめなくてはならなくなる。それは自分のための計らいだとしても、寂しいことだ。



 しかし、ガクはウソを言うことはできない性格だ。いつも真っ直ぐに本当のことしか言えない。だからこそ誰にでも信頼されるのだが。

「恥ずかしながら、俺は炎の勢いに驚いて気を失いました」

「そうですか」歌司がガクを見た。ガクも歌司をじっと見つめる。

「それは、炎が恐ろしいということですね」

「そう、かもしれません」ガクは否定しなかった。

「あなたは、炎によってひどい傷を負いましたね。その傷は手だけではなく、心にも入り込んでいる場合があります。炎を恐れているのなら、あなたの心が傷ついているということになります」

「はい」

「あなたが臥せっている間、シンに言いました。ガクの心に炎への恐怖があるのなら、相棒はやめた方が良いと。今の話を聞くと、あなたはシンとの相棒を解消した方が良いでしょう。いえ、解消しなければなりません」

「俺が炎を怖がると、仕事に差し支えるということですか」

 強気の顔をしてガクが聞いた。

「そうですね。火を操るシンと一緒にいるということは、大事な場面でまたあなたが恐れを抱いて、気を失ったり正気を失ったりする可能性があるということです。それは、森守りには危険でしょう?」

「それはそうです、だけど」

「あなたはシンのことを怖がっているでしょう?」

「え?いえ」

 歌司は少し眉根を寄せてその思慮深い瞳でガクの目を覗き込んだ。それからシンの方を向いて言った。

「では、二人握手をしてみましょうか」

 シンがガクに向かって右手を出した。

 ガクもためらいなく、右手を出した。

 二人が握手をしようとしたその時、ガクの手が震えた。その震えに気づいて、シンは手を止めた。

「それがあなたの恐怖です。最後の最後で手が震えては、危険なのです」

 ガクは呆然と自分の右手を見つめた。シンはもう、自分の座布団に戻っている。ガクはシンの顔が見られなかった。

「恥ずかしいことはありません。あれだけの怪我をしたのですから当然です。シンも、それ以上気にしてはいけませんよ。でもわかったでしょう」



 歌司は文机に何かを探しながら言った。

「では、ガクは家に戻ってワタルと組みなさい。今年いっぱいワタルと一緒にゲンの世話をすることで様子を見ましょう。

 それから、シンは、そうですね、ヒロと一緒にやってみますか。ここから近い(ゆかり)の森ならば、やりやすいでしょう」

 ガクは悲しかった。相棒は数年ごとに替わることも多いし、年度の途中でも変更があることもあるけれど、シンとはまだふた月ほどしか組んでいない。たったそれだけで無理と決めつけられるのは腑に落ちなかった。それ以上に、ガクはシンのことを気に入っていた。相棒に対して、家族と同じ、というまじめすぎる考え方をするこの森守りをガクはとても好きだったのだ。少しくらい分かり合えないところがあるからと言って、他人に相棒をやめろと言われるのは悲しすぎる。

 それに、きっと今引き離されたら、もう会えなくなるのではないだろうか。同じ森守りならばたいていどこかで一緒にはなるが、こんな風に“恐怖”を理由に相棒を解消するということは、ガクのために、シンはガクには近づけてもらえなくなるかもしれない。

 ガクのためを思ってのことなのだろうが、二人はとても遠い存在になってしまう。

「俺の・・・気持ちは?」

 ガクが小さな声で言った。

 文机で何かを書いていた歌司が顔をあげた。

「どうしたのですか?」

 ガクはなんだか自分が、シンのように無表情になっているのではないかという気がした。でも、そうしないと、大声でわめいてしまいそうなほどに、気持ちが昂っていた。

「俺の気持ちは、どうなんですか」

「ガクの気持ちですか?ワタルと組むのは嫌ですか?」

「違う、ワタルが嫌なんじゃなくて!」

 ガクは自分の声がいきなり大きくなったのに、自分で驚いた。

「お、俺はシンと組んでいたいです」

 ガクはつとめて小さい声で言った。

 シオンが何か言いたげにガクを見ている。

「怖い、ことも、あるかもしれないけど・・・俺は、シンと、相棒でいたい」

 ガクは自分を抑え込むように、たどたどしく気持ちを伝えた。

「それがあなたの気持ちなんですね」

 歌司が優しく言った。

 ガクはゆっくりと頷いた。がくがくと首がきしむような頷き方だった。

「怖いことがあっても?」歌司が念を押す。

「一緒に、いさせて、ください」

 歌司はしばらくガクを見つめていた。ガクの決心が固いのが分かる。

 ガクのためにシンとの相棒を解消しようと考えていたのは、周囲の者だけのようだ。当の本人は相棒でいたいと望んでいる。それを本人の意思を無視してまで解消しなければならないだろうか。危険はあるかもしれない。しかし、ガクならば乗り越えられるのではないかと、歌司はガクの目から感じていた。



「シンはどうですか?」

 いきなり、歌司はシンに向き直った。

 ガクがどんなにシンと組みたいと言っても、シンの方がそんなガクは願い下げだと言えば、話はまとまらない。ガクはシンの横顔を見つめた。シンは真っ直ぐに歌司に向いている。姿勢の良い横顔だ。

「僕はガクさんの言うことを聞かずに、彼に怪我を負わせてしまいました」

 いつものシンからは想像もつかないほどスラスラと話し出した。先ほどのガクと正反対だ。

「本当に反省しています。すみませんでした。それに、ガクさんに、相棒を解消されてもしょうがないのに、虫のいい話しだと分かっていますが」

 シンは一度悲しそうに顔をゆがめ、息をつくと、また話しはじめた。

「僕は、ガクさんに嫌な思いをさせたけど、ガクさんが怖い時に、ガクさんを守れる相棒になりたいです。だから、ガクさんが良いと言うなら、もっと一緒にやっていきたいです」

 勢いをつけて最後まで言い切ったシンは、なんだか清々しい顔になっていた。

 それでも危険だからダメだと言われることもあるだろう。だけど、二人とも自分たちの気持ちを言うことができた。それに、きっと歌司にはその気持ちがちゃんと伝わっている。

「ガクさんを守れる相棒になりたい、ですか。それは良いですね」

 歌司がシンに微笑みながら言うと、シンは首から上が真っ赤になってしまった。

「わかりました。思うところはありますが、当面二人で組んでやってみなさい。ただし言っておきますが、監視をします。ガクに負担が大きいようでしたら、すぐに呼び出します」

 シオンは二人を見て頷いていた。シンの気持ちも伝わったのだろう。シンがガクのことを守ると言ったので、シオンの態度は随分と和らいだ。



 ガクの手がほとんど治るまでひと月以上もかかった。それでもまだ手には包帯を巻いていた。

 とはいえ、いつまでも鷲頭の森を空けているのも良くないので、ガクの手がとりあえず使えるようになると、二人は鷲頭の森へ帰ることにした。

 まだあまり手が使えないガクのために、シンはゆっくりと走った。

 帰り道の最初の晩は、ガクの好きな、虹森から近いあの仮小屋の木に泊まることにしていた。ガクがどうしてもそこに泊まりたいと言ったのだ。シンもあの鷲のことを覚えていたので、楽しみにしていた。

「明日の朝、俺寝坊してたら起こして」

 ガクはそんなことを言いながら、ちゃんと朝にはいつもより早めに目を覚まし、二人で物見やぐらに上った。

 梅雨が近づき、渓谷の下の方は霧がかかっていた。朝の重く冷たい空気が二人を冷やす。

 太陽が昇り渓谷に斜めに陽が入ってくると、一気に清々しい空気に入れ替わる。上昇気流が起こり、谷間の霧が揺れ動き少しずつ溶けてなくなる様子がとても幻想的だった。

 そうして二人の楽しみにしている大きな翼が現れた。

「よし、来た!」

 ガクが小声で言った。

 鷲はその大きな翼をいっぱいに広げて上昇気流を取りこみ、ぐんぐん渓谷を登って行く。二人の顔が鷲の高さに合わせて上を向いてゆく。

 ある程度の高さまで登ると、鷲の羽は陽の光りを浴びて光り輝いた。そうして大空に羽ばたいていった。

 静かで雄大な世界を満喫し、二人はため息を漏らした。

 これを見るために、変な時間に虹森を出発するガクの気持ちがわかる、とシンは思った。

 二人はその仮小屋の木を出発して、またその日も歩きだした。



 その道々、ガクはシンに聞いてみた。

「教えの書の中に“鷲のように”って出てくるの、知ってる?」

「教えの書に?」

 教えの書とは、樹紀の国の教科書のようなもので、誰でも小さなころから読んでいる書物のことだ。特に学校に上がる年や、修行に入る年、一人前になる年などの節目の年には、歌司のいる虹森で詳しく(歌い手に)教えられる。つまり、シンも知っているはずの書物だ。

 しかし、このように大切に教えられることのはずなのに、人によっては全く覚えていなかったりするということがあった。

 その例にもれず、シンは教えの書の中に「鷲のように」という文句があるなど、知らなかった。

「あ、覚えてないな?」

「はい、すみません」

「“アルジンに依り頼むは鷲のように登らん”って文章だよ」

「はあ」

 シンはそんな文章あったかな、と首をひねった。思い出せないらしい。しかも意味がわからない。

「俺、この文章を聞いたとき、鳥肌たった」

 ガクは少し興奮気味に言った。しかしシンにはやはり意味がわからない。

「どうして鷲なのかって思うでしょ?でも、さっきの鷲を思い出してみればわかる。鷲はあんなに大きな体で、あんな高さを一気に登るじゃない!」

 シンはそれがどうした?という顔をしている。ガクの興奮ぶりが理解できずにいた。

「その間に、どのくらい羽ばたいているかわかる?」

 シンは鷲が谷間から現れて登って行く姿を思い出した。その間にどれくらい羽ばたいていただろうか?

「・・・羽ばたいてない」

「そうなんだよ!ほとんど羽を動かさないんだ。あれは上昇気流に乗っているだけなんだ。言ってみれば自分の力じゃない、ずるなんだけどさ、鷲のように登るってのは、そういうことなんだよ」

 そういうこととは?シンはガクを見た。

「自分ひとりの力ですることはないんだ。アルジンに頼れば、追い風が俺を高みに引き上げてくれる!それを知った時、俺は感激した」



 シンは鷲が登っていく姿を思い出した。雄大に風を駆って登って行く姿だ。あの大きな身体であんな高さを自分の羽で登って行くのは困難だろう。それを毎朝登るのだ。風が押し上げてくれると知っているから飛び出してくるのだろう。

 それから思い出した。シンが一人でガスの噴き出し口を探しに行こうとしたときにガクが言った言葉を。『なんでも一人でできると思ったら大間違いだ。頼るべきは何だ!』その時から、ガクはこの鷲のことを言っていたのだ。アルジンに頼り、アルジンの吹かせる風に乗れと。

 実はシンはもう一つ知っていることがあった。

 虹森へ来る直前に、ガクが帽子にお願いしていたことを。

 ガクはシンがまだ火傷のために調子が悪いと思っていた。それで、シンを助けるために、シンのためになるものを出してほしいと頼んでいたのだ。ガクは、火傷の薬というようなもののつもりで頼んでいたのだが、帽子は布を出した。それがあの難燃性の布だ。

 ガクはそれを、本当にシンを助けるために使った。ガクは自分の力だけに頼らず、頼るものを間違えず、知恵も帽子に出してもらったのだ。それが“鷲のように登る”ということなのだと、シンは思い当たった。

 ガクはそれを確認するために、この仮小屋へ来た。ここへ来るたびに見る鷲の姿は、ただ雄大で素晴らしいというだけでなく、自分を見直すきっかけになるのだ。そして、自分を勇気づける。

 ガクはまだ、シンのことを少し怖がっているけれど、それだって、自分の力でその恐怖を克服するのではない、と確認しにきたのだ。

 自分を引き上げてくれる風を。きっと、シンを信頼できる相棒になれる、そうしてください、と。





これにて前半が終了となります。

後半は5月18日に再開となります。

お付き合いいただければ幸いです。


お読みいただきありがとうございました。

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