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12. ガスの出どころ



 ガクとシンは歌司のいる虹森へ行くことにした。呼び出されているのだから早い方が良い、と珍しくシンが意見を言うのもあった。ガクはシンの火傷の状態が心配ではあったが、本人が大丈夫と言い張るので、出発することにした。

 出発してみれば、本当にシンはいつも通りで、ガクよりも速く走って行った。

 遠い虹森まで2日間、二人は前回と同じようにほとんど無駄なお喋りなどしないで進んでいった。それでも前の時よりずっと気持ちが楽だった。ガクは自分らしさを出せるようになっていたし、シンはガクに受け入れられた実感からだろう。

 歌司ウタ・ツカサが二人に会った時には、二人の顔が前よりもずっと良い顔になっていたので、歌司は微笑んで二人を迎えた。

「急いで来てくれてありがとうございます。話と言うのは、先日の湧水のことです」

 歌司は二人にお茶菓子を勧めながら切り出した。

「石油に関しては、使用目的ができるまではそのままにしておくことにしました。泥水と混ざっているのもあり、取り出すのが大変そうなので、多分使われることはないと思います」

「はい」

 二人が頷くと、歌司はシンの方へ身体を向けた。

「本題はこれからです。ガスの方のことです」

「はい」

 ガスは目に見えない上に匂いもしない。それで、シンにこの話が来たのだろう。きっと、シン以外にガスのことで話ができる人はいないのだ。

「あなたが言っていたガスのことは、誰にもわかりませんでした。ただ、確かにあの付近には動物は行きませんし、調査に人を向かわせるには危険なので、誰も行けないのです。

 あなたにやってほしいことは、ガスの出所の特定と、蓋をするにはどうしたら良いかを考えて、教えて欲しいのです」

 考えていた通りだったので、シンは無言で頷いた。

「本当にカナリヤを使おうとも思ったのですが」

「それはダメです」間髪入れずにガクが言った。

「ガクがそう言うと思ってやめました」

 ツカサがにっこりとしてガクに言った。それから、ガクを見つめて真剣な顔で言った。

「シンがカナリヤというわけでなないのです」

 ガクはじっと歌司を見つめて、ゆっくりと口を開いた。

「はい、わかっています」



 二人は早速調査に出かけた。

「ガクさん、僕がカナリヤってどういう意味ですか?」

 途中シンが聞いてきた。ガクは目を丸くした。

「え、知らないの?」

「何をです?」

「カナリヤって毒物に敏感なんだよ。それで、ガス検知などで使用されるんだ」

 死んでも仕方がない鳥として扱われる、とは言えなかった。

 それでも、シンはガクが言わなかったその言葉を感じ取った。それこそ、これからシンがしようとしている仕事はカナリヤそのものなのだから。

 使うことを禁じられた悪魔の魔法だからこそ、危険がつきものなのだ、とシンはどこかで腹をくくった。

 二人は例の湧水のところまで来た。相変わらず黒くて粘っこい水がゆるゆるとうごめいている。

 シンは地面に手を当てるようにして、じっと水面を見ていた。きっと何かを感じ取っているのだろうと思い、ガクは邪魔をしないよう静かにしていた。



 それからシンは立ち上がり、荷物から長い紐を出すと腰に結びつけ、反対側の端をガクに渡した。

「この紐が動かなくなったら僕も動かなくなったということです。それ以上は危険ですから、誰も絶対に行かないように伝えてください」

「は?バカ言うな、一人で行くなんてあるか!」

 シンがまるで、これから死ににいくような言いかたをするのでガクが怒った。

「そうは言っても、これは僕にしかできない仕事です」

「そんなことない!俺も行く」

 そう言っているのに、ガクは足が動かなかった。見えもせず匂いもしないガスでも本能的に怖いのだ。

「風向きが変わった、行きます!」

 シンはガクの言うことなど聞かず、走り出した。

 そうはいくか!

 ガクは掴んだ紐を引っ張った。

 急に引っ張られてシンが宙を掴みながら派手に転んだ。そのままガクはシンを引きずりながら引っ張った。シンはもがいて立ち上がろうとしたが、なかなか立てない。

 そうして、シンはガクの元に引っ張り戻された。

「バカ力」

「森守りなめるな」

 今のやり取りで、ガクの変な力が抜けた。

「なんでも一人でできると思ったら大間違いだ。頼るべきは何だ!」

「でも」

「でもじゃない、考えろ」

 シンは、自分にしかできないことだから、と言いたかったのだが、ガクは口を挟ませなかった。

 シンはおとなしく考えた。下を向いてまるで拗ねているようでも、ちゃんとガクが言ったことを考えた。

 それでもシンは答えが出なかった。相棒に頼れということなのだろうか。だったら「俺に頼れ」と言うだろう。でも、ガクに頼ったところでガクにはガスがどこにあるか分からないのに、どうしようもないだろう。シンが押し黙っているのでガクは落ち着いた声で言った。

「シンの力はすごいけど、俺にだって他に力がある。でも、もっとなんでもできる方がいるだろう?」

 そうかも知れないが、ここにいるのは二人だけなのに、今、目の前にいない者に頼るとはどういうことなのだろうか。

「まあ、とにかく落ち着いて考えよう」

 ガクはどっかりと腰を下ろして言った。シンも大人しく従い、向かい合って座った。

「歌司様のことだ。ツカサ様なら何でもできる。ツカサ様にできないことでも、アルジンならできる。そうだろ?」

「でも、今ここにいません」

 珍しくすぐにシンが答えた。

「そりゃそうだけど、ここにいないからって何もできないとは限らない。あの魔法の帽子だって、今そこにない物を取り出せるんだ」

 なかなか良いたとえをしたとガクは内心自分を褒めた。シンも納得したようだ。

「ツカサ様はどうしろと言った?」

「ガスの出所を探してこいと」

「そうだ、まずはそれだ。それからそこに何ができるかを見極めることだ」

「はい」

「だから、勝手に行って、簡単に死んじゃったら、誰が見極めをするんだ?」

 シンは何も言えなかった。実のところそこまで考えていなかったのだ。ガスの出所を見つけて、自分が遮断壁になってしまえば、もうそれ以上ガスの被害がないとしか考えていなかった。

「極端な話、出所を探すのは俺でも出来るかもしれない。でも、どうやって蓋をするかを考えるのは、シンの可燃物に対する知識と能力がなければダメだ。俺にはできないんだよ」

 ガスの出所を探すのもガクには無理だとシンは思ったが、それは黙っていた。どちらにしろ、その先もあるのだから、それまでは生きていないとならない。

「だからまずは俺たちができることを考える。何事も協力が大切だ」

 言うのは簡単ではある。だからと言って良い案があるわけではない。シンはガクの顔をじっと見て次の言葉を待っていた。

「まずはガスの出所を知る。そのためにはシンの能力が必要だ。シンは、ガスが見えるの?」

「え?うん、はい、いえ」シンはうまく答えられなかった。

「見てるわけじゃないんだ?匂うってこと?」

「ニオイは分かりますが、匂いだけで感じてるわけじゃないです。濃度とか、そういうのは感覚というか」

「濃度までわかるんだ」ガクが感心して言った。

「そうです、今でもここに薄いガスがあるのを感じています」

「え、ここに?」

 ガクは慌てて両手で口を覆った。

「このくらいなら大丈夫です。でも、あの湧水の湧いてる辺りだとかなり濃いです。出所はもう少し下の岩場のほうだと思いますから、ここから行くなら150メートルか200メートルくらいです」

 そのあたりを見ると、こちらからは草に阻まれてほとんど何も見えなかった。岩場があるのすらよく見えないところだ。

「分かった。じゃあ、反対側から行ってみよう。下の方からならあんまり風の影響がないんじゃないかな」



 二人は湧水を中心にぐるりと回り込み、岩場のある低い土地までやってきた。

 ガクの読み通り、ガスは上に抜ける性質があるようで、下の方は大丈夫だとシンが言った。

「まだ近づけますよ。こっちからなら大丈夫」

 シンを信じて、見えないガスに向かってガクも歩いて行った。シンは立ち止まり岩の間を指さした。

「あそこですね、吹き出しています」

「吹き出してる?」

「はい。蓋をするのは無理そうです」

「どうして?」

「周囲が脆いんです」

 脆い?どうもシンは言葉数が少ないので分かりにくい。

「蓋をしたら、他のところからガスが漏れてくるってこと?」

 ガクが聞くとシンはコクンと頷いた。それから地面に顔を付けるように姿勢を低くし、じっと地面の音を聞いているようだった。

「量は大したことないですね。3,4年で吹き出さなくなると思います」

「そうか、良かった、って良くないよ。3年って結構長いよ?」

「じゃあ、燃やしますか?あの吹き出し口に火をかければ、ガスは外にはあまり出ないですし」

 そう言って、シンは岩に向かって左腕を伸ばした。

「ダメだ。その魔法は禁止」

 ガクが言ったので、シンはハッとした。

「でも」

 それとこれとは話が違うとでも言いたげだ。

「帰ろう。ツカサ様に報告するのが先だ」

 ガクが立ち上がって帰ろうとした。しかしシンはそこから離れられないでいた。簡単なことなのだ。火を付けるのは。簡単なことなうえに、火がついていれば、誰もガスを吸ってしまうこともない。そう思うと、シンは火をつけたくて仕方がなかった。自分の力を誇示しようとしているわけではない。自分のためにするのではない。人の役に立つことだと思うからこそ火をつけたいのだ。

 ガクはシンの目に気づいた。火をつけようとしている目だと。

「シン」ガクが低い声で制止した。

 しかし、シンは火を放とうとした。ガクにはそれが分かった。

「やめろ、シン!」

 シンの手指から火花が散る。そうしてその手から火が放たれようとした瞬間、

「まて!」その手をガクが抑えにかかった。



 ジュウウと嫌な音がした。

「くあ!」

 ガクが手を押さえて倒れ込んだ。

 一瞬のことだった。ガクの両手が炎に包まれていた。



 ガクが歯を食いしばりながら手を押さえ、転がると火が消えた。

「ガ、クさん」

 シンが呆然とガクを見下ろした。悪魔の魔法の火を止めようなど、無茶なことを!

 しかし、自分の出そうとした火がガクを傷つけたのだ。自分が火傷を負うことは何とも思わないシンだったが、震えてうずくまるガクを見て体中の血が抜けるような脱力感に襲われた。

 シンはすぐに我に返った。ここでこうしていてはガクが危ない。

「誰か!」

 辺りを見回しても、勿論人っ子一人いない。河童(かわのこ)も来ないこの地には、二人だけなのだ。

 シンは水を探した。黒く濁った油まみれの泥水しかそこにはない。一番近い川は少し戻ったところにある虹広川だ。

 シンはガクを担いで岩場を登り始めた。あまり、湧水の方に寄ってしまうとガスを吸ってしまう。少しでも近い道を通りたいが、どうしても回り道に行かなければならず、シンは焦った。

 それでもガクを落とすことなく、懸命に岩場を登る。そしてガクを背負ったまま虹広川まで走った。

 ガクを背中から川岸に降ろすとガクは震えていた。

「ガクさん、手を握らないで!」

 シンはガクの手のひらを開けようとした。火傷で貼りついてしまうと手が開けられなくなる。

 右手はすぐに開いたが、左手は痛みのためか硬直していて動かなかった。それを、一本一本の指を手のひらからはがすように開いていく。

「うぅっ」

 ガクの喉から悲鳴にならない声が漏れた。

 指が全部開くと水をかけた。水に浸したいが、水をためておけるものがない。シンは川から水を掬って走った。

 ガクは涙も声も出ないほど痛かった。それでも意識はしっかりしていた。

「シン、大丈夫。早く帰ろう」

 ガクは起きようとしたものの、手を付けないので起きられずもがいていた。

 


 ガクの言うとおり、何もできないのなら、家に戻って治療するしかない。家に戻れば歌司がいる。医師もいる。

「起こしてくれ」

 ガクが起きようとするのでシンが手伝っていると、川が揺らめいた。シンはハッとして川を見た。

「どうした!」

 ただならぬ気配に気づいたのだろう。川から出てきたのはシオンだった。シオンはすぐにガクの手に気づいた。

「どうしたってんだ、これは」

 そう言った瞬間に全身の毛が逆立った。

「お前!」

 それが火傷だと、しかもただの火傷ではないと気づいた時には、シオンは激しい怒りに包まれて、シンを殴り飛ばしていた。あまりにも怒りすぎていて力の加減ができない。シンは文字通りぶっ飛んだ。川岸のごつごつした石の上を土煙をたててすっ飛んだ。

 立ち上がったシンは、背中がボロボロになり、口が切れて血が出ていた。それでもシオンの怒りは収まらない。

 さらに殴りかかろうとしているところを、ガクが止めに入った。

「やめて!」

 そう言って立ち上がろうとして、手の付けないガクがすっ転ぶと、シオンが我に返った。まずは火傷を何とかしなければならない。

「ガク!」

 シオンはガクの元に走りガクの上体を起こしてやった。そして腰に下げたひょうたんのふたを取ると、中から河童(かわのこ)の酒を注いだ。河童の酒は万病の薬と誰もが知っている。火傷にも効くだろう。

 ガクは額に汗を流しながら、ひょうたんの酒が注がれるのをじっと耐えていた。ガクもシオンも手が震えている。

「大丈夫だ。ガク、大丈夫」

 そう言って、酒をかけ終わると、ガクを甲羅に背負ってやり歩き出した。

「僕が」

 背負うと言おうとしたシンの言葉をシオンは速攻遮った。

「ダメだ。お前になど、任せられない」

 棘のある声だった。

 シンはとぼとぼとシオンの後を付いて行くしかなかった。



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