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11. 火の魔法



 ガクはシンを探しに、家の裏手の湖に行った。案の定そこにはシンとシオンの姿があった。二人とも疲れたように湖岸の石の上に座っている。

 何も知らないガクは普通に近づいて行った。

「おはよう」

 ガクの声に驚いて、シンはビクっとした。しかし振り向かなかった。身体が固まってしまったかのようだ。振り向けないのだ。

「シンがいないから探しに来たんだけど」

 それを聞いても、シンもシオンも言葉を継ごうとはしなかった。重い表情で押し黙っている。

「火事があったんだろ?薪棚見たけど、大丈夫だったか?」

 ガクがそう言うと、やっとシオンが身動きをして答えた。

「お、おお。俺が薪棚に水をかけちまったんだ。ごめんな」

「あ、そうなの?火事なら水をかけないわけにいかないから、助かったよ。シオンさん、ありがとう」

 ガクはシオンのなんとなくわざとらしい喋り方が気になりつつも、普通に礼を言った。

「じゃあ、俺は戻るな」

 そう言って、シオンはそそくさと湖にもぐってしまった。

 明け方から火事に付き合っていたのなら、眠たいのかもしれない。それでガクが来たから安心して、すぐに水の中に戻って行ったのか、とガクは思った。

 それにしても、シンもおかしい。もともと無口ではあるが、顔も向けないなんてことがあるだろうか。

「シン、寝巻きじゃなんだから、着物を持って来たよ」

 ガクはシンの横に腰を掛けて、衣服を渡してやろうとした。ところが、シンを見て驚いた。衣服はすすけて、袖は焼け焦げている。その中の腕の皮膚は赤く明らかに火傷を負っていた。衣服を着替えるどころではない。すぐに冷やさなければならない。

「シン、火傷してるじゃないか!」

 シンは相変わらず無表情だった。ガクはシンの火傷に手をかざすようにして、回復の歌を歌ってあげた。



 それにしてもシンの様子はおかしいままだった。

「シン、どうした?ん?火事があったから起きて消しに行ってくれたんだろ?」

 何も言わないシンが話しやすいように、ガクが状況を話してやる。しかしシンは硬い表情になり、何度もため息をついていた。

「火傷をしてまで火を食い止めてくれたんじゃないか。どうした?今頃になって怖くなっちゃったの?」

 ガクが何を言っても、シンは目を合わせず、ため息をつくばかりだ。

 そうだ、目を合わせないのだ。

 いつもなら、無表情で無言ではあっても、目はちゃんと合わせてくれる。その目を見れば、ガクにもシンの考えていることがわかるのに、今のシンは目を合わせないのだ。だから、ガクはシンの考えていることは分かりようがなかった。

「シン、痛かっただろう?」

 何度目かそう言うと、やっとシンが顔を向けた。覚悟をしたような強い意志のある目をしている。

「痛くない。こうしないと強い皮膚にならないから、大丈夫です」

 ガクは驚いた。こうしないとというのは、火傷をしないとということだろうか?そんなはずはあるだろうか。火傷をすると皮膚は確かに硬くなるが、それは皮膚が強くなったわけではない。

「シン、火傷はちゃんと治さないとならないよ。皮膚は強くはならないと思うけど」

 ガクがそう言うと、シンは首を振った。そして自分の袖をまくり左腕を見せる。以前に少し見た事はあったが、肩まで火傷の痕が付いていた。

「シン・・・」

 ガクは言葉を失った。ちょっとやそっとの火傷ではこんなことにはならないはずだ。こんなにひどい火傷をしているなんて、一体どうしたことか。ガクが戸惑っていると、シンはガクに語り始めた。

「ガクさん、僕は・・・火が出せるんです」

 シンはガクを真っ直ぐに見て言った。これだけの言葉を言うのに、シンがどれほどの覚悟を持っていただろう。できれば一生言いたくないことを言ったのだ。だけど、ガクにはウソをつきたくないと思った。

「薪棚の薪に火をつけたのは、僕なんです。それで、火の付いた薪を引き抜こうとして、火傷をしたんです。すみません」

 シンは隠したいと思った事実を言った。ただ、言葉が随分と足りなかった。何のために薪棚に火をつけたか。それがわざとじゃないことを。シオンが来なければもっとうまくやれたことを言わなかった。

 どういうわけか、自分が悪く思われることだけを言ってしまった。

 ガクはそんなシンの言葉を一生懸命頭の中で組み立てた。シンはもともと言葉数が少ないのだ。こんなこと慣れっこだ。本当のシンの気持はどこだろう。

「火が出せて、薪に火をつけてしまった。手元が狂ったってことでしょ?」

 シンが無言で頷く。

「つまり、薪に・・・薪を乾かそうとしてたの?」

 またシンが頷いた。

「それで、うっかり一本火が付いちゃった。あ、もしかして、シオンさんに見つかって驚いたとか?」

 シンの目がキョロッと動いた。そして頷いた。

「だから慌てて、薪を引き抜いて、火傷したのか」

 シンはなんだかホッとした。ガクは正しく理解してくれたからだ。本当のことを言うのは辛い。でも、シンは本当のことだけを言った。人のせいにしないで、全部自分のせいだと反省していた。

 ガクは怒らなかった。しかし、とても悲しんでいた。

「どうして言ってくれないかなぁ」

 それを聞いて、シンは自分が悪いことをしたことを自覚した。火を付けたことが悪いこと、というよりは、相棒をないがしろにしていたことに気づいたのだ。ガクは本当に悲しそうな声だったのだ。

 そしてガクは少し怒ったような、いつもは見せない怖いほどの真剣な顔をしてシンに言った。

「その魔法は、禁止だ」

 シンはうなだれた。でも分かっていた。その通りだと。

「わかりました」

「わかってないね」

 ガクは間髪入れずに言った。声に凄みが含まれている。

「その魔法は素晴らしい魔法だ。だけど、シンを傷つける魔法だ。そんな魔法は使っちゃいけない。見ろ、この腕を」

 ガクはシンの袖をめくって腕を見せながら、それを見てこらえられないというふうに言葉を詰まらせた。

 ガクがこんなに怒っているのは、シンが自分自身を傷つけていることに気づかないからだ。

「シンはオレの相棒だ。オレの弟だ。シン自身が自分を大切にしないのなら、俺が守るしかないだろ?だけど、俺はシンを守れない。シンが火傷をしても治してやることも、痛みを和らげてやることもできない。俺はシンを、相棒を、大切にしたい。だから・・・その魔法は使っちゃダメだ」



 今まで、シンの魔法は“悪魔の魔法”と呼ばれていた。悪魔の魔法はそれだけで使用禁止だった。使えば必ずシンは嫌われた。使わなくてもシンは嫌われた。その魔法を持っているからだ。

 先生も両親も、歌司でさえ、その魔法を禁止した。それ自体が悪いものだからだ。その魔法はシンの能力なのだから、シンの一部でもあるのに、頭から禁止されたのだ。だからシンはとても悲しかった。自分自身を否定されているような気がして悲しかった。

 でも、両親たちにとってみれば、シンが嫌われ者にならないために、シンのために禁止したことでもあったので、シンは納得していた。

 ただ、時々無性にその力が使いたくなったことは確かだった。

 ところが、ガクはこの魔法を知りながら、素晴らしい魔法だと言った。だけど、禁止した。それはシンが傷つくからだと言った。ただシンのために、シンを守るために、使ってはいけないと言った。もしガクがその魔法からシンを守ることが出来るようになれば使っても良いという意味だ。

 シンは今まで自分自身を大切にする、ということを知らなかった。自分などどうなっても他人には関係ないと思っていた。両親にすら関係ないと思っていた。

 しかし、ガクは違う。ガクは、シンが自分自身を大切にしないと悲しむのだ。逆に、自分自身を大切にすればきっと喜んでくれるだろう。シンのために、喜んでくれるのだ。

 シンは自分のボロボロになっている左腕を眺めた。このひどい火傷痕のために、ガクは怒り、きっと心の中で泣いたのだ。自分を傷つけてはいけないのだ。

 シンは急にふっきれた。火の能力を使いたいとあれほど思っていたのに、ガクのために、この力は使わなくても良いと思えたのだ。

「ごめんなさい」

 シンは心から謝った。ガクはウンと頷くと、着物をシンに渡してやった。

 こんな外で着替えるのもヘンだが、外から寝巻で帰ってくるのはもっと変だ。

 シンはありがたく着物を着替えはじめた。寝間着を脱ぐと、左手首から肩までの引き攣れた火傷の痕が痛々しくガクの目に映った。さらに背中にも何か所か火傷の痕がある。こんなところまで、一体どうすれば火傷をするのか、ガクには想像もつかなかった。

 きちんと着物を着て、袴を着けたシンは、いつも通りのキリリとした顔に戻っていた。ガクももういつも通りだ。



 二人は薪棚のところへ戻り、焼け焦げた薪を捨てて、すすを少し払いきれいにした。元通りではないが、問題はないだろう。

 それから家に戻った。

 家に戻ると、森守りたちは朝食をとっていた。

「朝っぱらからどこ行ってたんだ?」

 ワタルとゲンが二人の朝食を準備してくれた。

「ちょっとそこでボヤがあって」ガクが言った「シンが火傷をしたんだ」

「何?ちょっと見せてみろ」

 ヒロが乗り出してきた。シンはヒロの横へ行き、両手を見せた。両手とも火傷をして赤く腫れている。特に左手は水ぶくれになっているところが広い。

「うわ、派手にやったな、ワタル!」

「あいよ、ちょっと待って」

 朝食を食卓に置くと、ワタルがシンの手を見に来た。そして同じように顔をしかめて

「ホント、派手にやったな」と言った。

 それからワタルは熱さましの歌と癒しの歌を歌ってくれた。この歌は森守りではなかなか歌える人が少ないのだが、ワタルの母親は医者なので、ワタルも子どものころから練習していてこの難しい歌が歌えた。ワタルはこの鷲頭の家の重要な保健係なのだ。

 ワタルが歌うと、シンの手の痛みがスーッとひいていくのがわかった。シンは今まで火傷など痛くないと思っていた。だけど実はやっぱり痛かったのだと今頃になってわかった。

 熱さましの歌を歌ったワタルは汗びっしょりになっていた。シンの手の熱をワタルが引き受けたのだろう。歌い終わると相当疲れ切っていた。

「俺もその歌、教えてくれ」

 ガクはワタルにしつこく頼んでいた。



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