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10. 見つかった



 午後になり、ガクとシンはシオンと一緒に出掛けた。そう遠くはないはないが、かなり切り立った崖のようなところを、3人はワシワシと登って行く。こんなところがあったのか、とシンは驚いていた。

 岩がせり出していたのは最初だけで、急な斜面ではあるが木々も生えていて、少しずつ登りやすくなっていた。10分ほどかけて汗をかきながら登りきると、3人はまるで大きな台の上のような山の上に出た。山の上の面は平らで、ちょっとした運動会くらいはできそうな広さがあった。

 周囲は低木と中低木がわんさか茂っているが、高い大きな木はない。そして、中心には木も草も生えていない。見れば見るほど不思議な、こんな山は見たことがない個性的な山だった。

 そういえばカエル池に行くと言っていたが、シンが見渡しても、山の上には池らしいものはなかった。それどころか、水が流れ込むところはない。これでどうやって池を探すのだろうか。

 水のないこの地は、虫はたくさんいるが動物は見られない。登ってこられなくはないだろうが、水はないし、他の動物もいないのでは、上ってくる必要もないのだ。

 中心部の土は緑色の苔で覆われていた。ガクとシオンはそこに行き、這いつくばるようにして地面を見ていた。

「まだだな」

「まだだね」

 一体ここに何があるのか分からないが、どうやら何かがまだのようだった。

「よし、じゃあ帰るか。もうそろそろのはずだから、来週あたりまた来てくれるか」

「うん」

 ガクはそう答えると、また崖道を降りだした。一体あそこには何があるのだろうか?

 フウフウと荒い息をしながら、ガクはシンに話した。

「あそこにはさ、夏前になるとすごい量のカエルが卵を産みに来るんだよ。おっと」

 シンが一瞬つかみ損ねたので、ガクはシンを支えてあげた。それもそうだろう。シンはガクが何を言ったのか考えた瞬間枝をつかみ損ねるほど、あの山の上には動物が、しかも水が必要な両生類が生きられるとは考えられないからだ。

「あそこなら天敵が来ないから」

 とガクが言う、その意味はわかるが、その前にカエルが来るというのがまず理解できなかった。

「あの苔が生えていた辺りは、どういうわけか春から夏の間に水が湧いて出るんだ。それを目指してカエルが登ってくるらしいんだよね。俺もよくわからないけど」

 シンはその信じられないような話を、信じるしかなかった。そのためにガクとシオンはここに来たのだろうから、きっとそうなのだろう。

 世の中にはいろんな理解できない事があるものだ。



 その夜だった。

 シンは体の中がジワジワとうごめくような気がした。夜中なのに目が覚めてしまって、眠れない。

 シンは布団の上に体を起こした。部屋の4人はよく眠っている。真夜中なのだから当然だ。それなのに、自分はまったく眠くならない。

 なんとなく理由は分かっていた。ここ数か月の精神的な緊張のせいだ。ガクとうまく行かないというわけではない。むしろガクとはうまくいってると思う。ガクは自分のことをよく分かってくれる。こちらも気を遣わなくて良いようにしてくれるから、ガクに対することで疲れることはなかった。

 ではなんだろう?時々無性にイライラする。あの石油の匂いを嗅いだあとくらいからそういうことがある。石油の匂いがそうさせるのだろうか。

 シンは自分の腕をクンと嗅いでみた。ガス臭い、と思った。そんなはずはないのに、なぜかガスの匂いがするようなのだ。ガスはほとんど無臭だ。だからたとえガスが発生していても匂わないはずだ。それでも、燃える匂いがするような気がしてしょうがない。

 イライラしている原因は、アレにもあった。薪づくりだ。薪なんて見るのも嫌だと思うほど、毎日毎日、重い木を伐り、運び、薪棚にしまう。そしてまた割り、移動する。重労働だ。

 普段どんな仕事でも嫌がらずにするが、薪づくりだけはどうにもシンを疲れさせた。なんというか、物を燃やす燃料のくせに、その手のかかり具合は一体何なのだ。石油やガスと言った燃料であれば、まあ、精製しなければならないこともあるが、とりあえず火をつければ面白いほどによく燃える。

 ところが薪はどうだ。使える薪を作るまでに2年の月日を要し、挙句の果てに火をつけるとなると素人ではなかなかつかなかったりするのだ。そんな薪のために、手間暇かける気が知れない。

 そんな疲れだった。



 そこでシンは思った。重い木を運ぶのは仕方ないとしても、せめてもっと速く乾けばきっと楽になる。

 おあつらえ向きに、シンにはこの国の誰ももっていない能力があった。火を操る能力だ。

 シンは可燃性のものを嗅ぎ取り、火をつけることができる。それを応用して火を弱く使ってものを乾かすことができる。その能力を使えば、薪棚に薪を2年間も置いておくことはない。今年の分だけ木を切れば良くなる。

 これは早速やらなければ、と思った。しかし、歌司ウタ・ツカサに火の魔法を使ってはいけないと言われていたのだ。勿論許可があれば使ってよいが、火を使う許可はなかなか出るものではない。そんな恐ろしい魔法を見せると、誰もが自分から遠のくからだ。両親にも火を使ってはいけないと口を酸っぱくして教え込まれた。そのせいで友だちも少ない。

それなら、見つからなければ大丈夫だ。今ならみんな眠っているのだから。

 そうだ今こそこの能力の使いどころではないだろうか。人から嫌われる原因になったこの能力は使われるのを待っている。ちゃんと正しく使えば喜ばれる力なのだ。

 そう思って、シンはすっかり目をさまし、部屋を抜け出した。雪駄に足を突っ込んで、玄関を出る。家の裏に回り、その向かいにある薪棚の前にやってきた。

 これだけの量を燃やすことなく乾かすのは大変な仕事だ。しかしとてもやりがいがある。自分にしかできないことだし、きっと喜ばれることだ。この能力を使って疲れても、薪を集めて感じる疲労感とはきっと違ったものだろう。

 気を付けて、そこにある木を乾燥させるだけだ・・・気を付けて!そう念じながら、シンは左手を薪に向けた。手甲を付けていない自分の腕にガスの匂いを感じる。

 シンは精神を集中させて、火を放った。ボワっと辺りが明るくなったが、火は薪棚まではたどり着かなかった。たどり着いてしまえば薪を燃やしてしまうから、そうするわけにはいかない。制御は大変だが、うまくいっている。

 シンは集中して、薪棚の左から順に薪に火を当てて行った。きっともうすぐに乾燥するだろう。そうすれば、あの薪はすぐに使い物になる。

 シンは楽しくなっていた。見つかってはならないということを忘れ辺りを気にすることを怠った。いや、こんな時間に誰かが起きているなんて思いはしなかったのだ。



「シン!」

 いきなり背後から低い声が聞こえ、シンは驚いて飛び上がった。そのはずみで左手からほとばしっていた炎を制御できなくなった。火は鋭く薪棚に届くと、一本の薪に火をつけた。

「やばい」

 口の中で出た言葉は自分にしか聞こえなかっただろう。シンはすぐに手から炎を消した。しかし薪についた火は消えていない。

「あ!」

 シンは焦った。薪についた火は上の薪へと移ろうとしている。シンは棚に駆け寄り、火の付いた薪を引っ張り出した。

 すぐにタライ一杯ほどの水がすごい勢いで飛んできて、燃え移ろうとしている薪を濡らした。おかげで薪棚の薪はすすけただけで済んだ。水がかかってしまったが・・・

 シンは怒りのようなものを感じて振り向いた。せっかくうまくいっていたのに、いきなり驚かせるから手元が狂ってしまったではないか!しかも、燃えた薪だって自分で取り出せたのだから、水などぶっかけなくても大丈夫だったのに。

 そう思ってシンが振り向くと、暗がりに必死の形相のシオンが立っていた。シオンは湖にいたのだが、家の方が明るくなったので見に来たのだ。そうしたら、薪棚が燃えていたので水をかけた、というわけだ。河童(かわのこ)として当然のことをしたまでだ。

「それは悪魔の魔法だ」

 シンはシオンを睨んでいたが、シオンの言葉でわれに返った。

 シンの顔がゆっくりと、いつもの無表情に変わっていく。

 そうだ、この魔法は使ってはいけない、悪魔の魔法だ。見つかってはいけない、知られてはいけない悪魔の魔法だ。

 それに気づいて、シンは下を向いた。

「が、ガクには、言わないで」

 小さな声でそう言うのが精いっぱいだった。

「そういうわけにはいかない」

 シオンの返事はシンを奈落に突き落とした。しかし仕方のないことだ。ガクは相棒なのだから、他の誰には内緒にしてくれるかもしれないが、ガクにだけはこのことは言わなければなるまい。

 どう考えても、ガクに嫌われるだろう。

 今までだって、この“火の魔法”を使えば、必ず嫌われたのだから。だから、歌司もシンにこの魔法を使うことを禁止したのだ。ガクにだけは嫌われたくない。そう思っていたのに、自分のことばかり考えていて、どうしても我慢できなかったのだ。

 シオンもそんなシンのことを見て非常に困惑した。シンはどうやら反省しているようだ。それに、確かに火を操っている時のシンは恐ろしく感じたが、普段のシンはそんなことはない。シオンはシンの恐ろしい部分を知ってはいるが、それだけではないことも知っていた。

 だから、ガクに全てを言うには、シンが可哀想だとも思ったのだ。

 二人はシオンがいつもいる湖まで歩いてきた。薪棚はまだすすけて濡れたままだが、今はまだそのままにしておいた。ここはもともと春や夏は使わないのだから、まあ、そのままでも問題はないだろう。

 そうこうしているうちに、辺りは明るくなってきた。陽の長い時期なので朝も早い。陽が登ってくるとシンはさらに表情が険しくなった。なんとしてもガクに会わなくてはならないが、どんな顔をして何を言えばいいのだろう。

 ガクは相棒を嫌がるかもしれない。

 こんなことなら、薪づくりを嫌がるんじゃなかった。そうすれば火の魔法を思い出すこともなかっただろうに。イライラして速く乾かしたいと思わなかっただろうに。火の魔法は使ってはいけないと言われていたのに、どうして見つからなければいいなんて思ったのだろう。見つからないはずがないのに。

 シオンにとっても、こんなシンのことをただガクに伝えていいのかわからずに悩んでいた。火の魔法など使う人間をシオンがどうこうして良いのだろうか、その処理を考えることは彼にとって思いのほか荷が重いことだった。

 二人で取り留めもなく、色んなことをグルグルと考えていたが、朝は確実にやってきた、



 朝日と共に起き出す森守りではあるが、ガクは少し早めに目を覚ました。いつもは寝坊助なのに、今朝はなんだか目が覚めてしまったのだ。

 ふと横を見ると、シンの姿がない。反対側にはゲンとワタルと、その向こうにヒロがまだぐっすりと眠っている。シンはいつも早起きだが・・・自分が早く起きた事がおかしい。

 シンは厠ではないだろう。布団にシンの温もりがないからだ。布団が冷えるくらい前に起き出したのだろう。

 しかし着替えて出た形跡はない。寝間着のままどこへ行ったのだろうか。

 ガクは急いで着替えて、玄関へ行った。シンの雪駄がない。玄関のかぎが開いている。シンは外だ。

 ガクは考えた。外でシンが用事があるのはどこだろう?散歩なら着替えて行きそうだ。

 着替えないで外に出る用事?

 ガクは一度部屋に戻り、シンの衣服を持って来た。どこにいても、この時間に外にいたら、寝巻じゃ可哀想だ。

 ガクは家の周りを、シンを探して歩き回った。庭には勿論、鳥小屋にも家畜小屋にもシンはいなかった。

 裏手に回って薪の置いてある小屋を覗いたが、やはりいない。そこから出て反対側に回ろうとしたときに、異変に気付いた。

 地面がぬかるんでいるところがあった。一番最初に薪を乾かす、薪棚だ。薪棚の一か所に黒くすすけた跡がある。明らかに火が付いたと分かるすすけ方だ。それに、一本薪が炭になった状態で、落ちていた。

 火事があったんだ。

 シンはこれに気づいて着替えもせずに出てきたのだろうか?それならば、水を汲みに湖に行ったことだろう。湖にはシオンがいることも多いから、多分今頃シオンと一緒なのだろう、とガクは推測した。

 半分以上は当たっている。ガクは考えるのがすごく上手だ。しかし、知らないことは分からない。


 シンが火の魔法を操ることは知らないのだから、火事の原因がシンだとは思いもつかなかった。




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