客観視と
数秒間の沈黙が流れた後、女が口を開いた。
「み…道を…訊かれただけなんです…」
女の目はここではないどこかを見ている。
焦点は、定まっていない。
「…駅までのっ……道を訊かれて、それで…答えた、だけなんです…」
答えた女の呼吸は荒く、頬が赤く色付いている。
顔が歪んでいるのは恐怖の為ではなく、快楽の為だった。
口元に笑みを貼り付けたまま続ける。
「二度と、しないから…ずっと、家にいるから…」
しかし、そう続けた言葉は途中で遮られる。
女の鳩尾に、再び拳がめり込んだからだ。
「…うっ……!」
空気の塊を吐き出して、女の体は『く』の字に折れ曲がった。
目から溢れた雫は苦痛の為か愉悦の為か分からない。
「……っっっ!!」
部屋に女の呻く無声音が響き渡った。
女は肩で息をしていたが、
酸素が上手く取り込めていないのは端から見ても明らかだった。
不規則な呼吸だけが音をたてる。
それ以外の音は無い。
しばらくして女の動きが完全に止まった。
しかし絶命した訳ではなかった。
先程よりは間隔の長い呼吸をしていた。
「…………す………す……す……」
ふと、喘ぐ声の間に何かが聞き取れた。
ただの吐息ではない何かが。
刹那、それは聞こうとせずとも耳に入ってきた。
「好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです……!」
女が狂った様に咆哮したからだ。
いや、もうとっくに狂っているのだろう。
その叫喚を、厚い鉄製の扉を隔てて二人の男女が聞いていた。
二人は黙って、扉に嵌め込まれた硝子越しに血塗れの女を視ている。
ややあって女の方が顔を背けた。
まともな神経の持ち主ならこれが正しい反応だろう。
そのまま隣の男の方を見て口を開く。
「あの女は『一人で』何をしているのですか?」




