十五
俺はタカシの家に行くと、落ち着いた雰囲気の応接間に案内された。
ハイバックの革張りのソファーに腰を下ろし、俺は部屋の調度品に眼をやった。
「高そうな物ばかりだなぁ…」
「サチがアンティーク好きでな…」
「…で、会わせたいって言うのは?」
「いきなりそこかよ…」
「俺がアンティークなんてわからないからなぁ…」
「…お前らしいって言えばそれまでかもしれないけど、…こういうの見るのも大切だぞ…」
「そういうものか?」
「そう言うもんだ!」
コンコン
ドア叩く音がして、サチがコーヒーを持って部屋に入ってきた。
「会わせたい奴の一人はサチな」
「はぁ…昨日も会ってるし…タカシ?騙したのか?」
「騙してなんかいないさ、そろそろあと一人が…」
タカシがそう言っていると、インターフォンの音が部屋に響いた。
「ほら、言ってる側から…」
「は~い」
「俺が出る、サチは椅子に座って待ってろ」
サチが部屋を出ようとしたところをタカシが制した。
「…コーヒー…足らなくなったわね…用意」
「コーヒーは後でいいから…」
『人を呼び出しておいて、塩対応かよ!』
インターフォンのスピーカーから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ヒビキか?」
俺は声の主を確認するようにタカシにたずねた。
「そういうことだ!」
そう言って、タカシは部屋を出ていった。
「うちの人…気が早すぎるのよね…」
「ヒビキが来るなら、俺は帰るわ…」
「折角淹れたコーヒーなんだから、一口くらい飲んでいったら?」
「俺はあいつに会わす顔がない…」
「お前が会わす顔がなくても、俺には関係無いし、つか、俺はお前に会わす顔があるからな!よっタクミ!久しぶり!」
「ヒビキ…」
「なんだよ!渋~い顔しやがって!不細工が更に酷くなるぜ」
「スパイラルの新旧ボーカル揃い踏みだな」
「「俺はボーカルじゃない!」」
「はいはい、息もぴったりだな…で役者も揃った事だし、スパイラル第二章の始まりだな!」
「「勝手に決めるな」」
「なんだか懐かしいわねぇ…」
「「サチ?」」
「って、タクミ!真似するなよ!」
「ヒビキこそ!頭のレベルが同じに見られるだろうが!」
「二人の場合、レベルというよりラベルが一緒って感じよね?」
「「サチ…」」
「まぁ、とりあえず、椅子も人数分有ることだし、まずは座って…」
タカシに勧められるままに俺たちは椅子に座った。
「今日集まってもらったのは、これからの俺達スパイラルのこれからについて、相談というか…お願いというか?…そんなところだ!」
「お願い?」
「相談?」
「ハモんないんだ…」
「ぶっちゃけて言えば、タクミにスパイラルに入ってもらってエレキとゆくゆくはボーカルを、ヒビキにキーボードと引き続きボーカルをお願いしたい…」「えっ、俺が今さらエレキとボーカルなんて無理だって…素人だぜ…リーマンだぜ…それにスパイラルを俺は抜けたんだぜ!…タカシがそう言っても…て言うか俺の事、恨んでいるんじゃなかったのかよ!」
俺が困惑していると、隣に座っていたヒビキが口を開いた。
「いいぜ!でも、ボーカルは出来たらやめたいんだけどな…とりあえずキーボードに戻れるんなら歓迎だ!」
「ヒビキ…」
「俺達はスパイラルだ!スパイラルには、タクミが居なくちゃ始まらない!この10年、メジャーになったけど、俺達はずっとタクミを待ってた…そんな意味も込めて、名前を変えなかったんだ!タクミ、戻ってこい!」
「タカシ…でも、俺には無理だって、今さら戻ったところで、ヒビキの様には歌えないし、…」
「別に今のスパイラルの歌をタクミに歌って欲しいだなんて思っていない!そのためにもヒビキにはボーカルに残ってもらうんだ!今までもこれからも、俺の曲はヒビキに歌ってもらうし、タクミはあの時みたいに、作詩でも、作曲でも好きなようにやって欲しい、…タクミには、最初はギターだけ弾いてもらって、ボーカルは追い追いというか…ライブハウス限定というか…で、ゆくゆくは、曲によって、演奏者が入れ替わる変幻自在のバンドを目指したいんだ!」
「…なんだか…急に言われても、ピンとこないなぁ…というか…まず俺はスパイラルに戻るとか言っていないし…」俺は急すぎる話に全然ついていけてなかった。
「急と言えば、それまでかもしれないけど…前々から今のままのスパイラルじゃいけない気がしてたし、元の形に戻るのも一つの方法だと思うんだけど、サチ、ヒビキ二人はどう思う?」
「私は面白そうだからいいと思うけど…」
「ヒビキは?」
「いいぜ!ボーカルを止めたいと言うか、俺はあくまでも、タクミが帰ってくるまでのつなぎのつもりでやってたから、やっと肩の荷が降りた感じだなぁ…できればキーボードに専念したいんだけど、…タカシがそう決めたなら、それが一番だろう!」
「お前のハイトーンボイスとルックスは、今のスパイラルの象徴みたいなもんだから、完全に下ろせないし、まだ、やりたい事も残ってるしな?」
「じゃ、何で俺なんか呼び戻すんだよ…今のままで良いじゃないかよ」
「足らないからな…今の俺達には…忘れそうになるのさ…音楽をやってる意味というか、意義というか…元々はさ、タクミがいて、俺達が集まったんだから…元に戻るのさ…そして新たに始めるんだ!今度こそ、今度こそは、俺達の音楽を皆に聞いてもらうのさ!タクミの叫ぶ声がないとさ、スパイラルじゃない!昨日、タクミの歌を聞いて俺はそう思ったんだ…タクミは気づいてないだろうけど、お前の声で頑張れた奴がいるんだぜ!…少なくとも、タクミの目の前にいる俺達はそうだったんだから、…だからまた、一緒にやろうぜ!タクミ」
「俺は皆を裏切った男だぜ!…今さら戻れなんて…」
「あのなぁ…こういうのもなんだがな、裏切られた俺達が戻ってこいって言ってるんだぜ…タクミ」
「…タカシ…バカだろうお前…また、俺が裏切るかも知れないじゃないか」
「あぁ、盛大に裏切ってもらうぜ!俺達も含めて、周りの奴等が驚くぜ!俺達のカッコ悪いロックこそが、スパイラルの真の姿だ!」
そう言って、タカシが笑った。
俺は思わず、サチとヒビキに眼をやった。
そしたら、何故か二人も笑っていた。
「何笑ってんだよ…気持ちわりぃな…だいたい、俺の歌は売れないぜ」
「別に売れるためだけに音楽をやってるつもりはない」
「…お前らバカだろう…」
「今さら気づいた、タクミが一番バカかもな」
「ヒビキ…」
「私はバカかどうか知りませんけど、タクミの歌好きだからそれだけでいいかな」
「サチ…」
「また、狂ったように歌ってみろよ!」
「タカシ…」
そして、俺はスパイラルに戻った。