十
俺の曲…だよな…
俺が書いたはずの歌詞は
彼女の声で新たな表情を見せる。
…まるで…彼女の為の歌のような感じ…
俺は…この世の中って理不尽だよね…みたいな感じに書いて、そして、歌っていた。
彼女のそれには、少しだけ希望のような…違うな…あの感じは何だろうか?
彼女の『とりあえず無題』を聞きながら、俺はギターを演奏していた。
「あ~びっくりした!いきなり演奏するんだもん!こっちにだって心の準備というものが…」
「それはこっちの台詞だ!…文句を言うわりにはちゃんと…」
「歌えてないよ!全然足りてないもの…言葉にウエイトかかってないし…」
「…ウエイト?」
「重さって言うか?気持ちみたいなもの…」
「あ~まぁ~あったと思うけど?」
「なんか嫌な言い方…はぁ…痴漢未遂犯だもんなぁ…なんなのこの理不尽!学生の頃に追っかけてたバンドがメジャーデビューしたとたんボーカルがイケメンに変わってた時も、今日だって、おっさんに絡まれていたの助けたのに、痴漢しようとするし!私の憧れのタクミを返してよ!」
「なんだよいきなり!返すもなにも無いだろう!タクミは俺で、俺がタクミで…なに寝ぼけた事いっているんだ…眠いのか?そうなのか?明日も有るんだから子供は早く寝た痛!何するんだ!」
「客でも人を馬鹿にするじゃないわよ!」
「馬鹿にしてないし!俺の足の上のヒール避けてくれない!」
「嫌よ!何で貴方がタクミな訳!何で何で人の気も知らないで!そんなんだから!メジャーデビューの時に止めさせられるのよ!」
「なんだよ!その言い方!」
「あの時の私の気持ち貴方にわかって?小遣いはたいて、CD買ってさ!友達にも奨めて!皆で聞いたら、貴方の声が入ってなかったのよ!友達はカッコいいねって、嬉しそうにしてたけど!私全然嬉しくなかった!何回聴いても心が震えなかった!タクミが何処にいったのか周りの人に聞いたけど、誰も知らないって…いろんなライブハウスに行ったけど…何処にも何処にも居なくて、別に歌ってなくたっていい、メジャーじゃなくたっていい!貴方の言葉に励まされて頑張れたんだよって…ただそれだけを伝えたかったのに!私…
音楽やっていればいつかは会えると思って、頑張ったのに!…何で今なの!どうして貴方は普通の格好をして平気でいられるの?私の今まではなんだったの!…」
「あっ…俺は…ただあいつらが一番いい形にしてやりたくて…」
「あいつらってなによ!貴方の歌が聴きたかったのに…スパイラルが貴方がいなくなってから人気が出たように見えるけど…違うんだから!そんなの絶対違うんだから!…なにも知らないで、何でも知ってるふりして、貴方のせいでたくさんの人がどれだけ苦しい思いをしていると思っているの!」
「苦しいって、…あいつらの中に俺がいちゃいけないんだ…俺が居なくなってスパイラルは人気者になったじゃないか!」
「だから!それが違うって言っているの!」
「何が違うって言ううだ!」
「…あんまり私を悲しませないでよ…あの時、貴方が歌っていてくれたから…私は今、立っていられるのに!」
「…ごめん…」
「…」
彼女のヒールがゆっくりと俺の足から離れていった。
「帰って…ママ!帰るって!」
「なんだよいきなり…」
「いいから…帰って…お願い…」
彼女のお願いが俺の頭の中に響いていた。