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約束ノート  作者: 村上未来
約束ノート
6/7

病院2

「針千本飲むの?」


健太は怖くなり、沢尻に聞いた。


「先生も針千本飲むの怖いから、絶対に約束は守るって事だよ」


沢尻は笑顔で言った。


沢尻の少年のような笑顔を見て、健太の顔も綻んだ。


「じゃあ怖い事もう起こらないんだね!」


「あぁ!絶対起こらないよ!」


沢尻は再度、健太の頭を優しく撫でた。


沢尻の言葉を信じ、健太は心の底から安堵する。


「健太君、明日から検査するからね。見たところどこも怪我してないけど念の為するからね」


「検査?検査ってなーに?」


健太はまた首を可愛らしく傾げた。


「健太君の体に悪いところないか調べる事だよ」


「悪いところ?…い、痛いの?」


健太は未知なる検査に恐怖を抱いた。


「注射するから、ちょっとだけ痛いかな?でも健太君は強い子だから平気だよね?」


健太は強い子という言葉を聞き、憧れのヒーローの事を思い浮かべた。


ヒーローはどんな時にも挫けない。


「…うん!へ、平気だよ!」


健太は無理矢理笑顔を作り、元気に答えた。


「さすが健太君だ!」


沢尻はその撫でていた健太の頭を、ポンポンと優しく叩いた。


「じゃあ先生はちょっと出掛けてくるね。健太君は強い子だからもう大丈夫だよね?」


健太は沢尻が行ってしまうと聞き、再び震えそうになったが、心の中で「僕は強い子!」と何度も念じ、震えを堪えた。


「…うん!大丈夫だよ!」


健太は精一杯の笑顔を作って答えた。


「じゃあ行くね。東さん、しばらく健太君の側にいてあげて」


沢尻は、その光景を微笑ましく見つめていた香織に言った。


「はい!健太君よろしくね!」


香織は健太に近付き、右手を差し出した。


健太は戸惑ったが、勇気を振り絞り、香織の手を握り締めた。


その光景を見て、沢尻は病室から出て行った。




「…先生、面会できますか?」


沢尻が病室から出てきた途端、利根川は聞いた。


「…意識ははっきり戻りましたが、まだ怖がっているので許可したくないですね」


沢尻は利根川の刑事らしい鋭い目つきを見つめ、少しきつい口調で言った。


「あの子は重要参考人ですからね…どうしても話が聞きたいんですが…あの子が暮らしていた所で、人が八人も死んでしまったんですよ」


「それでも私は」


「新たな犠牲者がでるかもしれないんだ!」


利根川は沢尻の言葉を遮り、沢尻を睨み付ける。


「…分かりました…でも明日にして下さい。それと私も同席させて頂くのが条件です」


「…分かりました。明日出直します」


利根川は八重草を引き連れ帰って行く。


沢尻の足は、出てきたばかりの健太の居る病室に向かった。 


「あら、先生、どうかしましたか?」


健太のベッドの横でにこやかに立っている香織は振り返り尋ねた。


「…ちょっと健太君に話があってね」


沢尻はそう言い、難しい顔をした。


「お話?」


健太はキョトンとした表情を浮かべる。


「うん…健太君、火事になった日の事覚えてる?」


沢尻はベッド側にある椅子に腰掛け、深刻な表情を浮かべ言った。


「えっ?…ひぃ!」 


健太は大きな悲鳴を上げた。


頭の中で院長の町子が、生きながら焼かれる姿と、人肉の焼ける臭いがフラッシュバックした。


そして零士の笑顔と「ぐちゅっ!」という音が頭の中で重なる。


健太は焦点の合わない瞳で、体を激しく震わせる。


「健太君!どうしたの!?」


沢尻は驚き健太の体を揺すった。


「ひぃ!うわゎゎゎゎゎ!」


健太は零士に掴まれたと思い、体を激しく揺さぶり、沢尻の手から逃れようとする。


「健太君!健太君!先生だよ!怖いこと起きないから安心して!」


沢尻は健太の体をきつく抱き締める。


「うわゎゎゎゎゎ!」


健太は白目を向き、気を失った。


「健太君?」


沢尻は、急に静かになった健太の顔を覗き込んだ。


「大変だ!東さん血圧計の準備して!」


「はい!」


香織は駆け足で病室を出て行った。





「…うーん」


健太はカーテンから漏れる日差しで目覚めた。


「…健太君?」


夜勤の看護士の長谷川千夏は、健太が目を開けたのに気付き言った。


「…お姉ちゃんだーれ?」


健太はキョトンとした表情で問い掛けた。


「お姉ちゃんは長谷川千夏っていうんだ。初めまして」


千夏は愛くるしい笑顔で答える。


「千夏お姉ちゃん?…あれ?…なんで僕はここに居るの?」


健太は周りをキョロキョロと見ながら言った。


「えっ?…ちょっと待ってて。先生呼んでくるからね」


千夏は病室を出て行くと、足早に廊下を歩き出す。


「ここどこだろ?」


健太は白が基調の病室を見ながら、独り言を呟いた。


健太が幼い頭で、何故この病室に居るのか思い出そうとしていると、ドアが開かれた。


「おはよう健太君」


千夏と共に病室に入ってきた沢尻は、健太の顔を見て、明るい口調で言った。


「あっ!沢尻先生」


知らない場所で独りきりで不安だった健太は、見知った顔を見て緊張していた表情が緩んだ。


「健太君ちょっと体に触れさせてね」


ベッド側の椅子に腰掛け、沢尻は健太の着ている淡い青色の作務衣のような衣服の紐を解く。


上半身が露わになった健太の胸に聴診器を当て、心音を聞く沢尻。


健太の心臓は力強く動いている。


一通り聞き終えた沢尻は、聴診器を耳から外し、首にぶら下げた。


「別段異常はないね」


沢尻は独り言のように呟く。


「沢尻先生、僕なんで此処に居るの?」


「えっ?…健太君、此処が何処だか分かる?」


「…分かんない」


健太は首を傾げながら言った。


「此処は病院だよ」


「病院?…病院ってご病気になった人が行く所でしょ?」


「そうだよ」


「…僕ご病気なの?」


「…違うよ…健太君、何で病院に居るのか分からないの?」


沢尻は健太の目を見つめ言った。


「んーと…分かんない」


健太は言った後、困った顔をした。


「健太君、さっきまで寝てたでしょ?寝る前は何してたか覚えてる?」


「んーとね、ご飯食べたよ、カレーライスだったよ。んーと、それから歯磨きして、みんなでおねんねしたの」


健太は記憶を辿るように視線を上に向け答える。


「…そっか…健太君、今日検査するから、それまでお腹空いちゃうだろけど、ご飯食べられないけど我慢できる?」


「検査?…僕強い子だから我慢する!」


健太は明るい笑顔で答えた。


「よし偉い子だ!じゃあ先生は行くね。このお姉ちゃんと一緒に待っててね」


「よろしくね!」


千夏は笑顔で言った。


「うん!」


健太も笑顔で返す。


出勤したてだった沢尻は、仕事の準備をする為に病室から出て行った。


「じゃあお姉ちゃんと待ってようね」


「うん」


健太は顔を真っ赤にして答えた。


「お話でもする?」


「うん」


洋子以外に大人の女性に免疫のない健太は、体をくねらせ答える。


「かわいい!」


健太の恥じらう仕草を見て、可愛い物好きな千夏は思わず抱き付いた。


健太は更に顔を真っ赤にさせ、煙りが出そうな勢いだ。


心臓の鼓動は激しくなり、次第に落ち着いて行った。


母親に抱かれる行為を知らない健太は、千夏の温もりに安らぎを感じた。



「うふふ」


健太から体を離した千夏は微笑んだ。


「健太君は大きくなったら何になりたいの?」



「……」


「健太君?」


放心状態の健太の顔を覗き込み、千夏は問い掛ける。


「…ん?なーに?」


幸せな感情に包まれていた健太は、よおやく我に返った。

このエピソードの文字数2848文字

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