第59話 疑惑(2)
第59話です。
「オール、こっちだ。そのワイヤーを」
「ザジル君、そこのペンチを取ってくれないか。ねじが緩んでいる」
「固定はしっかりしてくれ。気象予測を見る限り積乱雲につっこむ事になりそうだ。いくらこの船でもゆれがすごい事になる!!」
翌日、朝早くから近江山城は積載物の固定に追われていた。アヴェントの迅速なる作業により新たな航空日程が策定され、出航日時が決まった。そしてそれに基づいて出航作業が進んでいた。
「おはようアヴェント…早いな。今日にでも出発するのか?」
「いや、一週間後だ。だが早めにやっておいたほうがいい…実は、航路上の気象が不安定なんだ。ものすごく…これを見てくれ」
アヴェント差し出した端末には大陸の地図と、現在の気象が示されていた。それには、
「積乱雲?」
「ああ、スーパーセルだ。超巨大積乱雲だ、とんでもなく馬鹿でかい。見ろ、キルゲニアスまでの約3000キロの航路の大半を占めている」
とんでもない大きさだった。航路上にあるギガル皇国の大半が勢力範囲に入っている。
「『積乱雲21号』。今年最大級の超大型積乱雲。現在ギガル皇国の全域が勢力範囲に入っている…いつ動くか不明」
いつのまにか横に来ていた褐色の猫耳少女、タリ・タリヌは無表情に言った。
「連合軍規定航空高度で、最大風速275メートル。大和型航空戦艦でも突破は困難」
「そんな中を向かうのか?」
「命令には従わなければならない。だが、策はある。低く飛ぶんだ」
アヴェントは地形図を見せる。
「ギガル皇国北西にあるDG73航路、通称、『ダガラス回廊』を使う…人間界ではヒマラヤ山脈と言われる。ここを縫うように進む航路だ。普通、駆逐艦クラスの小型船が通るのだが…一時間で990キロメートル進む風を受けるより山に激突したほうたマシだ。幸い、航空艦の制御『だけ』は凄い奴がいる」
「だけとか言うなあ!!」と赤髪の若い鬼が叫んだが気にしない。
「それに、例のオケアノス計画の試作無人ヘリ、XUMH-01ハチドリも搭載する」
「届いたのか?」
アヴェントとの話し合いの結果、フェイズ3用のパーツを搬入すること、また完成まであと少しの所で制作中止されていた輝星フェイズ3のオプションパーツ、及びオケアノス計画で策定された新型兵器の制作を再開させる事にしていたのだ。その一つが無人ヘリコプター、ハチドリだ。
「今日の午後だ。で、今日はそれを載せて終わりだ。そして明日、補給物資を積み込めば」
「発進用意が整うわけか」
「ああ。だが一週間後といったが一応予定だ。早くなる事も、遅くなる事も考えられる。もしかしたら明後日にでも出発しなければならない。いくら山間を進むといっても風が強いのは代わりがないんだ。だから気流が遅くなるタイミングをつかむ」
「それを狙って発進するわけか」
「そういうことだ。だから今のうちに殆どの作業を終わらせておく・・・朽木、輝星の固定作業を頼めないか? オールは三毛猫の固定作業で手一杯なんだ」
「分かった・・・茜!!」
「なーに?」
作業箱を運んでいたセーラー服姿の茜が振り向く。
「手伝ってくれ」
わかったよ。という茜と胸元には、銀色のロザリオがあった。
輝星はワイヤーを張って固定する。普通WGなどは専用のハンガーユニットがあるが、これは使えなかった。
「こんな感じかな、あとは電源ケーブルの接続か、どこだっけ?」
「専用の機材がまだ積まれてないからまだだよ…本当に大きいね」
「F-14も大きかったが、こいつはそれより一回り大きい」
「攻撃当たっても大丈夫なようにするためかな? でもなんだか光男君らしいな」
茜はそう言って機体の周りを回って、言った。
「さて、回りには誰もいないようだし、ちょっと身内の話をしようか」
「身内の話って?」
「単刀直入に…人間界に戻る気はないの?」
彼女には珍しく、真剣な表情で言った。
「理由の一つは分かるわ。光男君、この機体に興味があるんでしょう? この世界とかはどうでもよくて」
「『この世界とかは』の件は余分だ。この世界がどうでもいい訳があるか…確かにこの機体に興味はある」
俺が開発に携わったという、この輝星という機体に、俺は疑念を抱いていた。
「この機体に使われている技術は確かに俺のだ。ほぼ全て、いやある一つ、二つを除いて」
「CCCとMPWR?」
「ああ。それになんというか…この機体の設計には何か、その、攻撃的な物が多い。何かを駆逐してやる的な」
「巨人?」
「調査兵団へ、どうぞ」
冗談、と茜は言いながら続ける。
「でもその考えには私も同意するわ。なんだか光男君の設計にしては過剰な気がする。光男君はそこに違和感を憶えたんでしょう?」
「そのとおりだ。俺ならもっとこう、性能云々よりまず整備性とか、いやまず最初に費用をの事を考える。戦略兵器なら話は別だから…それをまったく考えずここまで多機能で高性能、過剰な武装な戦闘機は作らない」
F22戦闘機やらB2爆撃機やら、性能はすごいけど高価すぎてあまり作れなかった飛行機などいくらでもある。
輝星もそうだった。機体のフレームだけで約2000億円相当。レーダーやリアクターなどの内装込みで一兆円を軽く越すというとんでもない戦闘機だ。
たった一機で、たった一機で!!
「おまけに専用のミサイル、一発約十億とか」
「大量に資金もらっちゃったから奮発したんじゃない?」
「ありうるのがまたなんとも。なんにせよ、費用についてはまったく考えてないことは間違いない・・・逆に言えば、そうせざるおえない理由があった」
「つまり、これほど高性能な戦闘機を使わなければ敵わないようなものとの戦闘を考えていた?」
「そう言う事になる…これぐらいの性能が必要となれば、多分ゴジラ級の敵だと思う」
「…内閣総辞職ビームを撃ったり東京を放射能まみれの火の海にするような奴との戦いを考えていたかもしれないの?」
「うん、だってスペック上、輝星は100万度の熱線に耐えられるようになっているし」
「…納得の50兆円だね」
参考までに、
太陽の表面温度――6000℃(黒点除く)
昭和の設定ではゴジラの熱線――10万度
その後の平成vsシリーズでの設定――50万度
『ゴジラvsメカゴジラ』ラドンのエネルギーを吸収して復活したゴジラが、スーパーメカゴジラに対して放ったハイパーウラニウム熱線――100万度
結論、ゴジラ超強い。
「まあ、それもそうだけど。そもそも、どうして私たちはこの世界に来たんだろう?」
「さあ。それは俺も考えていた」
茜の疑問はレバリスクに着き、三毛猫や輝星の実験の合間に考えていた事の一つだった。
中学卒業式からこの世界に来るまでの記憶が無いのがすでに怪しい。
「間違いなく何かあるが分からない。第一、この世界に『来た』というのはおかしい。正しくはこの世界に『来させられた』、またはこの世界に『行かされた』というのが正しい、自発的ではなく受動的にこの世界に来たんだ、受身だよ・・・『行かされた』んだと俺は思う」
「何処かの誰かに?」
「うん…お前、心当たりある? 出来そうなの」
「うーん」
茜は指折り数え始めた、
「CIA(米国中央情報局)、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)、中国人民解放軍、MI6(英国秘密情報局)…後は」
「分かったもういい」
心当たりがありすぎるのはよく分かった。というかお前はいったい何をやらかした。
「後、東山商店街の包丁屋」
「何故!?」
「いや、大事にしてた包丁を、パキっと割ってしまって」
「何をどうやったら割れるんだ!?」
「壁をよじ登ろうとして」
「包丁は食物を切るものだ!」
用途以外の道具使用、ダメ、ゼッタイ。
だいたいあの包丁屋に魔術の素養は…あったなそういや。
「…つーかそれ、中一のころ、京都国立美術館に盗みもとい潜入したときの奴だろ、壁をよじ登るって」
「たしか平安時代の鏡を取りに…なんていう名前だったっけ?」
「さあ、あんまり憶えていない。最終的に俺がトレーラーで正面玄関に突っ込んだのは憶えているんだが」
「光男君その後、市バスをぶんどって市内をカーチェイスしたの忘れたの? 四条河原町でドリフトしたの」
「そこまでやってたっけ?」
あんまり憶えていない。どうしてそんな事を忘れているのだろうかと思い、そこでふとある事に気が付いた。
「今さらな話なんだけどさ、他のみんなはどうしたんだろう」
「他の歴史研究部のメンバー?」
「そうだ。まさか俺たちだけでは無い筈だ。他のみんなも来ているはずだ」
心当たりがあるのは他のメンバーも同じだ。
「俺とお前は言わずもなが、葛葉と出雲は出自がアレだ。トムはバチカンだし、淀屋橋は仏教系やらインド関連で色々とごたごたがあるし、俺の弟は…一條家の跡取りだ」
「光男君、結局絶縁したからね。魔術師の大家、一條家を継承するのは紫苑君なのよね…他のメンバーも似たり寄ったり」
「…ていうか、なんだこの部活。異常じゃないか?」
「発足者の片割れがよく言うよ…何にせよ、『何処かの誰か』になにかされてこの世界に来た可能性は十分あるわけね」
「そういうことだっていうかそれしか無いだろう。世界転移、いや空間転移なんて、まず自然現象で起きないって。絶対に人為的だ…難しいけど」
異世界への転移術はすでに西暦1600年代から研究されていた。確かインド、旧ムガル帝国の魔術師が最初の筈だ。記録には成功したと言われているが、詳細な事は分からない。
以後、魔術史において独自の異世界転移術を開発し、成功した例がごく少数だがある。
だがそれらは、何百回もの試行を経て大成されたものだ。そしてどの異世界転移術は非常に複雑であり、術者本人への負担もとても大きい。
大魔術師とよばれる者でも、異世界転移術が出来るのは歴史上、数人しかいない。
結論、異世界転移術研究して成功した魔術師超すごい。
「もし自然現象で転移があったとしてもそれは大抵、昔の魔術師が転移魔法陣組んで放置したものが自然化したのが原因だし。それでもせいぜい地球上のどこかに飛ばされるだけだ」
「そんな事があるの?」
「俺が実際体験した」
部屋のドア開けて出たらそこは北海道でした。
輝星の固定が終わったのはだいたい十時ぐらいだった。まだまだ中途半端な時間だったので、俺は自室の整理をすることにした。
「『境ホラ』『終クロ』は分厚いからここで、『戦闘妖精・雪風』はここ、『敵は海賊』はここにしまうか」
荷物の大半が本な気がするが気のせいだろうか?
「あと、SMFの教本か」
といっても小冊子程度のもので、書かれているのはSMFの概要と編成だ。
「『SMFは連合軍の一部隊に過ぎないが、実際は軍団規模の戦力を持ち、総司令部、戦技研、兵站局、情報局、実戦部隊によって構成されている』」
…一部隊の規模ではないこれは。
ここまで大きくできたのはやはりあのレオス・オブライエン総司令の手腕なのだろう。
それを利用して俺は輝星の製作予算を獲得したのかもしれない。そんな事を思いつつ、俺は片付けを終えた。一つのものを除いて。
「これはどういうものなんだろうな」
携行型のラジカセ。企業名は書かれていない、消されている。だが元からラジカセではないらしい。恐らく元はSONYのウォークマンだろうと見当をつけた。カセット時代、初期のものだ。それにラジオ受信機能を後から改造して取り付けたものだろう。
「いや、これはラジオなのか?」
どうも違うようだ、ラジオの電波があっていない時になるザザーというノイズが鳴らない。
そもそも、サイズ的にこのラジオ機能を収めることはできないだろう。アンテナと電波を合わせる目盛りもあるが。
「そういえば、これは聞けるのかな?」
このラジカセらしき物に入っていたテープを聞く。
「…『世界を売った男』ミッジ・ユーロ版か」
ゲーム、メタルギアソリッド5にて使われた曲だ。相当やりこんだ記憶がある。テープにはそのほかにも様々な音楽が入っていた。
「『ブレードランナーのテーマ』に『夢想歌』、『When The Wind Blows』、『The Best Yet To Come』『Remenber』…」
そのほかにも数曲あるらしい。俺はその順番と番号をテープに書き、ラジカセに入れしまった。
これで片付けは終わったと思いきや、まだ残っていた。それは、
「『ライリグリースの伝説?』」
そうだ、確かこれはリディスから貸してもらった本だ。HAKの古い伝説。それをまとめた本だ。
「確か、一般的なパターンだっけ。百何通りかあるパターンのうち」
昔、HAKの領土もっと広かった時に成立したらしく。リディスが貸してくれた本はよく知られたものらしい。
「…ていうか、これ返さなきゃだめなんじゃ」
借りたものは返そう。忘れないうちに。それにいつ出航するか分からないのだ。
俺は本と、端末、そして一応ラジカセらしきものを持って、部屋を出た。
その時だった、
――キヲツケテネ
「誰だ!?」
部屋を見た。整頓された部屋、誰もいない。
――VAMPIREガクル
「VAMPIRE(吸血鬼)?」
ラジオからの音声だろうか、いや違う。頭の中に直接聞こえてきた。だからこれは魔法や超能力の類だと俺は判断した。だから俺は質問した。
「それをどうして気をつけねばならない?」
――ソレハENEMY
「敵?」
――マテイノ騎士
「魔帝!?」
訳が分からない、魔帝の騎士? 魔帝とはあの魔帝か?
だが俺が疑問する間に声が聞こえた
――モウダメ、キコエル…OVER
何かが消える音がした。
最後にOVERといったのは通信終了のサインだろうか…
「いや普通に幻聴だろう」
ダメだ、どうも俺の頭はいつのまにか疲れているらしい。まあ、確かにここ数日は結構忙しかった。
俺はそう思って扉を閉めた。
「あれ、光男君どこに行くの?」
見れば、居住区前廊下の艦尾側から茜がこちらに歩いてきている。
「どうしたの、青ざめた顔して」
「ちょっと疲れているらしい…気分転換にを歩いてくる。リディアに返す本もあるから」
俺はそう言って、近江山城艦尾部の搬入口に向かった。