第34話 裁判
第34話です。
気がつくと、俺はイスに座っていた。
目の前には机、そして卓上ライトが一つ。
そして、俺は何処からか照らされていた。
「今から証人喚問を始めます」
声が聞こえた。抑揚の無い、無表情な声だった。
「証人、名前と生年月日を」
「朽木光男。旧名一条秀長。西暦1999年8月6日誕生…戸籍上は」
迷わず答える。ためらう必要は無い。
「両親の名は?」
「一条刑十郎。及び一条錦…だが、本当の生み親かは分からない」
「今からあなたの来歴に関しての質問していきます」
「どうぞどうぞ」
「なぜ魔力の研究を?」
「分からない」
「分からない?」
「うん」
言われて見れば、俺は何で魔力の研究を始めたのだろうか。
そこらへんの理由がはっきりとしない。でも、
「何か…夢を持っていた気がする」
「夢?」
「ああ…俺はそれに関する物や魔力研究の成果を何かにいれて…無くした」
確か銀色の、大きなビスケットの箱に入れていた気がする。
思い出したのはつい最近だが。
「次の質問です。あなたが何故一条家の当主から降ろされ、絶縁されたのか話してください」
いきなりきたなァ…しかし、どう答えたものか。
「あんまりはっきりした事は言えないが…多分、俺が実験に失敗したからだと思う」
「実験とは?」
「神の創造だ…馬鹿げた話だ。創造計画とか呼ばれていたな」
「その計画とは?」
俺は言った。
「『極楽』…つまり、『楽園』の創造だ」
計画の開始は数百年前…恐らく平安時代あたりだろうか。
一族の始祖たる一条氏が発案し、以来それを受け継いできた。
「聞いた時は本当に馬鹿げたものだと思っていたよ…もちろん今も」
「具体的には、どう楽園を作るのですか?」
「今ある世界を壊して神が支配する世界を作る。以上」
「…それだけですか?」
「それだけ」
この解にいたるまで何百年と時間が掛かったのだから本当にどうかしている。簡単な話じゃあないか。
「それで、実験は、具体的にどのような事を?」
「詳しくは知らないが」
確か、
「被験者を強引に『神』にする。そんな事だった筈」
「どのように?」
「知らない。なんせ失敗した直後に資料が全部無くなった…焼いたんだろうな」
妙に周到だったのが気がかりだったが。
「なぜ実験に参加を?」
「それは…」
それは。
「俺は『欠陥品』だったからだ」
魔術回路が無い。それはつまり、魔法が使えない。
そんな奴は魔術師では無く欠陥品だと。つまり、
「俺は、『要らない子』だった」
当時の俺はそれが分からずに、ずっと泣いていた。そして、
死んでしまおうと思った。
「だから行ったんだ…アフガニスタンへ」
「その時の事を詳しく教えてください」
「…あの頃はまだ、アフガニスタン紛争が終わっていない頃だった。俺が行ったのはカブールの警察署前で自爆テロがあった後だから…十二月あたりだった筈」
「どうやって国境を?」
「もちろん不法に、だ。どうやったかは忘れた」
ただ色々とヤバイ経路を使った気がする。
「あなたは、紛争中のアフガニスタンで何を?」
「何にも…ただずっと歩いていた」
そうしていれば地雷なりIED(簡易爆発装置)でもなんなりと引っかかって死ぬと思ったからだ。
「だけどそれでも俺は死ななかった…だから積極的に戦闘に参加したんだ」
そうすれば、今度こそ死ぬだろうと。
「積極的に参加した…それはどちらの側で戦ったのですか?」
「どちらにも…俺はAK‐47(カラシニコフ)を持ってカブールを歩き回っていたさ…戦闘の時は敵味方の区別無く撃っていた」
「…人を殺しましたか」
「……」
いや、どうせ隠したって無駄だ。正直に答えよう。
「殺してない」
「殺してないんですか」
「うん」
「カラシニコフを持ってですか」
「うん」
「それは意図的に、ですか?」
「いいや無意識に」
「マジに殺そうと銃を撃ってですか?」
「うん。流れ弾一つ当たらなかった」
それはもう酷かった。覚悟を決めて敵に立ち向かって乱射しても一発も当たらないのだから泣いたよホント。
「銃が悪いのかと思って米軍の機関銃でも使おうと思ったのだが…さすがに七歳の子供には無理だったよ」
結局俺は、どこぞやの虚刀流の如く、手ぶらで戦闘に参加した。
「1人も殺せ無かったがな」
「刃物を使うという選択肢は?」
「その発想は無かった」
まあ、それはさて置き、
「俺は手ぶらのまま、アフガニスタンを行ったり来たりして…日本へ帰った」
「帰った? どうしてですか」
「…なんでなんだろうな」
「あなたは知っています。なんで帰ってきたのかを」
「……」
正直に答えよう。
「怖くなったんだ」
「怖くなった」
「ああ…だが、それは死への恐怖では無い…と思う」
「そう思う根拠は、というか、あなたには日本へ帰る決断をした時の記憶があるのでは」
「無い」
俺は、断言する。
「俺がアフガンで覚えている最後の記憶は。血みどろの廊下と…それから黒い髪の少女。それだけだ」
「…もしかして、日本へ帰る時の記憶も」
「無いな」
気がついたら関西国際空港と京都、滋賀の草津、米原を結ぶ関空特急『はるか』の指定席にいた。
大事そうに抱えていたらしいリュックには百万円分の札束と一億円の小切手、銀のロザリオ、青色に金色の格子模様の刺繍がはいった半纏。そして、
「『朽木光男』と書かれたパスポートだった」
「それで、朽木光男と名乗りだしたのですね」
「ああ。戸籍を偽造して…ああ、大変だったよ。うん」
区役所で戸籍を偽造し、山科盆地の家を買った。
「そして俺は小学校に入った」
京都市立大塚第二小学校と言った
「結構大きい小学校でな。まあ、楽しかったよ」
もっとも、当時の俺の学力は中学レベルだったため、ある意味苦痛だった。
「そうしているうちに、俺はあいつと仲良くなったんだ」
「…葛葉陽一郎ですか」
「ああ」
すぐに仲良くなった。あの頃からすでに美少年だったし、それに、人柄もよかった。
「先生にも信頼されていたな…クラス委員長は当然葛葉になった。クラス全員の推薦によってな」
「全員…という事はあなたも?」
「ああ。本当にいい奴だと思って、信用していた…それはいまも変わらない」
本当に、いい奴だ。
「だから何か頼み事をすると「いいよいいよ」と二つ返事をくれたよ」
「…利用していたのですか」
「…ああ」
テストでカンニングするなんてしょっちゅうだった。
俺は先生の信頼とりに躍起になっていた。
「なぜそんな事を?」
「さあな…気がついたら癖になっていて、もうやめられなくなっていた」
俺は、嘘をつき続けた。
「そのまま俺達はエスカレーター式に中学に上がったんだ…そこでも俺は嘘をついていた、つき続けた」
葛葉は相変わらずいい奴だった。
「…そうこうしているうちに、ある事件が起きた」
「事件?」
「襲われたんだよ。一条に」
それが、すべての始まりだった。
「『神の力』…狙いはそれだった。そのために葛葉を襲撃し、ついでに俺を殺そうとしたらしい」
「凌ぐことができたのですか?」
「そうじゃなかったら俺はここにはいないよ…だがこのままではいずれ殺される。そう考えた」
だから作ったんだ、
「歴史研究部を」
その後の困難は敢えて語らない…本当に、色々な事があった。本当に。
だが同時にすごく楽しかった。みんなと友達になれたし。何よりも、
「必要とされたのがとても嬉しかった」
でも、長く続かなかった。
「一連の騒動か解決しても、高校へ進学しても、活動は続けられた。だが、俺には以前の問題があった」
学校の成績が伸びない。
むしろ下がっていく。
「しだいにテストで赤点を取るようになりだして…しまいには、俺は学校を退学するはめになった」
楽しいことばかり見て、下にあるつらい事を見ようとしなかった」
そこからは地獄だった。
何をしていたかさえ覚えていない。
つらかった。
いつも部屋に閉じこもってゲームやらネットを送る日々だった。
「当然と言えば当然だ。俺のいままでの成績はカンニングによるものだからな」
だから、自分の本当の学力は低い。
そんな状態で高校へ上がったのだ、通用するわけが無い。
自業自得。
「毎日後悔ばかりしていた」
けど、ある日。
「葛葉から電話があった」
『必要だから、来て欲しい』
俺は嬉しかった。久しぶりにみんなとあえる。また役にたてる。
そう思って、行った。
「だけど違った」
葛葉の罠だった。
葛葉は俺が約束の場所におびきよせている間に、準備を整え、
「世界を滅ぼしたんだ」
創造計画の発動だった。
世界をほろぼして、楽園をつくる。
それの始動だった。
「京都はまたたくまに赤く染まった…俺は運よく、脱出できたが、悲惨だった」
そして、同じように騙されたらしい歴史研究部の面子と共に、葛葉の本拠地へ特攻をかけた。
「…全員死んだ」
みんなみんな。
「葛葉は言ったんだ…『君が無能だったから、こんなことになったのだ』」
君さえいなければ、死なずには済んだ。
無能はいらない。
不要物。
「君は要らない」
そして、
「そして…あいつは」
あいつは、
「俺の右目を」
右目を、
「奪ったんだッ!!」
銃で、撃たれた。
とっさにだした右手を貫通して、穿った。
俺は、そうして死んだんだ。
「…そうか、分かったよ」
俺はやっと分かった。
「お前の正体が」
そうだ、
お前はそこにいる。
「お前は、俺だ」
暗闇の中から、人間が出てきた。
俺だった。
第34話、いかがでしたか。
次の35話で一区切りつけるつもりです。
この物語を読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。