第32話 古城荘準一級怪異発生事件
第32話です。
『魔帝』メアリメア・アナイゴルモ・アウロラ・ブラットナイト。
今から200年前、この極東を治めていたという吸血鬼。
その強さと統治力から『魔帝』と呼ばれ、慕われ、また恐れられていた。
曰く、『絶対女王』と、
曰く、『史上最悪最強の吸血鬼』とも
しかし二百年前のクーデターの際失踪。統治者を失った帝国は瞬く間に崩壊した。
「それが…『魔帝』の略歴…です…ゲフッ」
「「先生!? どうしたんですか!? 先生!先生! 先生イイイイィ!!!」
「あ、朽木さん。こんにちは」
「ああ、こんにちは」
唐橋工廠に着いた時にはもうイラクスは作業を始めていた。
聖暦3017年 5月27日月曜日 午後4時11分。
イラクスの目の前には大量の鋼板があった。それには、
「魔方陣…いや聖方陣も組み合わせているのかコレ?」
「すごいですね。その通りです…『三毛猫』の術式慣性制御システムです」
そう言ってイラクスが見せる鋼板には、世間一般に言う魔法陣に、×印のようなものが刻まれていた。
その線の周りには大量の文字が書かれていた。魔法文字だ。
「…前々から思っていたんだけどさ、これどうやって作っているの?」
「え? 普通に彫刻刀で彫っていますよ。術式を創作する時に木の板に彫って考える時と同じように」
「術式開発部門の人が彫刻刀持ってたのはそういう事か…」
それでその人たちが暴れまわって保安部の方が発砲する騒ぎがあって…その人たちを診察した結果雛○沢症候群のL5だと判明したのが昨日の事だ。山城基地の感染症対策はどうなっているんだろうか?
…いや、そうじゃなくて。
「どうやって術式の構成を考えているんだ? デタラメにやってできるもんじゃあないだろうに」
「ああ、そういう事ですか…うーん」
目を閉じ、きっかり十秒した後、イラクスは一言。
「分かりません」
「なんとなくそう言うと思ったよ…やっぱり才能という奴か?」
「はい…何というか、手が勝手にうごく感じで」
もっとも、いろんな事を学んで覚えた上の話ですけどね、とイラクスは付け足した。
「それでもかなりの確率で失敗しますけど」
「やっぱりそうだよな…」
今朝、術式開発室から術式を彫った銅板を持ったアフロヘアのエルメス局長が発見されたからなんとなくそう思ったけど。
「まあでも、御札とかそういうのは才能が無くても行けますよ。知識だけで十分いけます…例えば札を貼られた人に百万ボルトの電流を流してアフロヘアにする奴とか」
「犯人はお前か」
納得納得。
「でも本当によくやったな。戦略情報のネットワークの侵入対策、あれ手伝ったてたんだろ?」
結局、IMT社と共同で新しい術式を開発して対策する事になったと聞いたが。
「けっこう大変だったろうに」
「ええ、すごく大変でしたよ…倒れかけました」
「…体に大切にね」
イラクスがいなくなったら色々と終わる。システム的な意味で。
「で、間に合いそうか?」
「なんとか間に合いそうです…そうだ、朽木さん魔力開発部門の主任でしたね。今夜の作業室の確保をお願いしますか。主任権限でなんとか!!」
「主任権限の行使による部外者の施設利用及び時間外の施設利用に関する奴?…許可下りるか分からないけどなんとか掛け合ってみる」
昨日、いきなり局長に呼び出されて「君、主任ね」って言われた時は冗談かと思ったが今朝、壁新聞の人事異動欄見て本当だと気づいた。
まあ、今進めている研究が戦技研の粒子加速器やらを使う段階になってきたのでいい事はいいんだが…
(提出する書類が多くなったのは本当にだるい)
「じゃあ私も使わせてもらおうかしら…ちょっと今家に帰りたくないし」
そう言うのは、
「メルト、どうしてだ?」
「いや…最近古城荘で幽霊がでるのよ」
「幽霊?」
そういや、局長がよく第六(第六怪異研究室)の室長と頻繁に会話していたけが…
「うちの第六怪異研究室の人とか来たか?」
「ええ…というか今古城荘にいるわ。『研究のため』って…ねえ、あなた戦技研の魔力開発部門の主任よね? あなたの上司になんとか止めさせるように言ってくれないかしら?」
「何で?」
「お祓いだかなんだか知らないけど真夜中に奇声を上げているのよ!!」
何やってんだ第六の人…ああ、だから家に帰りたくないのね。
「お陰で宿題なんてやってられないわ…耳にスポンジを入れて寝るだけで精一杯よ!!」
「なぜにそこでスポンジ…分かった、局長に言ってみるよ」
しかし宿題か、早めやっといいた方がいいだろう。そう思った時、俺は気がついた。
「なあ、今日の宿題ってなんだっけ?」
「…あなた、この頃物忘れが酷くない?」
「うん」
正直な話、かなりまずいところまで来ている。今では学校で何を食べたかも分からない。
ガサイ先生も原因不明っていうしな…
「で、なんなんだ?」
「『魔帝』についてのリポート…要はやれってルース先生が授業する筈だった内容を自分で事よ」
「『魔帝』の出現から失踪まで、まとめてくるんでしたよね…ルース先生、大丈夫だろうでしょうか?」
「保健室の先生が『大丈夫だ、問題ない』とか言っていたから大丈夫だろ」
ただしその言葉は『もう何も怖くない!!』と同じぐらいのフラグの代名詞だが、
「あ、そういえば朽木さん。こんな話聞いた事ありませんか?」
イラクスが何かを思い出したらしく、聞いてきた。
「山城基地ができる前、そこには『魔帝』の城があったって噂を」
「っていう事を友達から聞いたんですけど」
「…本当の事だよ。現にいま僕達があるいている所だ」
「この地下道がですか?」
「そう…以前にも来た事があるよ」
そう、三八十情報局局長は辺りをライトを向けながら言った。
壁は何か硬い石でできているらしく、腐食はまったく見られない。
(術式強化か?)
なるほど、確かにここは城だったらしい。しかし、
「ここは地下の部分ですよね、地上の部分はどこに?」
「総司令が言うには『燃えた』らしいけど…真相は闇の中さ」
曰く、城は二十年くらい前のある日、具体的には第三次神魔大戦の終戦三日前に突然姿を消したらしい。
近隣を移動中のHAKの戦士団が京都盆地から来るオレンジ色の光を見ていたそうだが。
「ただ、その際なんだかマズイ事をやらかしたそうでね…それが原因で旧山城駐屯地に幽霊が大量出現するようになったんだ」
「幽霊?」
「怪異と言ってもいい。白い仮面に赤い眼をした何か。それがうじゃうじゃと、ね…あの頃を知っているものにはトラウマ物だよ」
「ああ、だからあの時あんなに総司令が…」
そこまで来て、俺はある事を思い出した。いや、三八十局長にあった時にもう気づくべきだった。
「局長、あなたはもしかして古城荘…いえ、旧山城駐屯地で警備をやっていませんでしたか?」
「え? うん。僕が毎晩監視カメラで…なんでその事を?」
俺は以前、古城荘でバイトをしていた事、そしてあの白い仮面を付けた何かの事を話した。
局長は一瞬考えた後、こう言った。
「朽木研究員、それは間違いないよ。『幽霊』だ」
「マジですか…」
じゃああの時かなりマズイ状況にあった訳だ。
「やはり、またアレが出始めているのか? 二十年前完全封印した筈だが」
「完全封印?」
「ああ、みんなでがんばってね。しかし封印が破れたのか?…事はマズイ段階になっている様だ」
「現に俺たちもこんなとこに飛ばされていますしね」
記憶は戦技研で三八十局長があった時から途切れている。恐らく基地内から飛ばされたようだ。…という事は、
「恐らく、君の友達も飛ばされている。怪異警報は間違い無く作動しているさ」
「基地から四人も消えている訳ですしね」
「ああ…いそごう、もうすぐ出口…」
そこで、局長は足を止めた。理由はすぐ分かった。
黒い、どす黒い。人の形をした、『何か』
「走れ!!」
局長に言われなくとも俺はすでに走っていた。分かる。
(ヘリパッドのあいつだ!!)
何故ここに? いやそんな事はどうでもいい。今は逃げる。『アレ』には勝てない。
「局長、出口は!?」
「この道をまっすぐだ!! 突き当たりの梯子を登ってくれ!!」
そう言った瞬間、右上の壁が抉れた。ヤバイ、思った以上にヤバイ。
「君! 前にアレを見たことがあるか!?」
「あります、けど…」
「どうしたんだ?」
「前見たときより…凶暴になっている?」
瞬間、後ろの方ですごい爆発音が聞こえた。そして一段と強い衝撃が伝わってきた。同時の何かが崩れる音。天井が落ちたらしい。
「…さては罠に引っかかったな? とりあえずは安心だな」
「罠?」
「前に僕達が設置した爆弾だ。他にも落とし穴とか色々あったが」
「落とし穴は心当たりがあります」
古城荘のあの落とし穴はそういう事か。
「まあ、そんなに長くは持たないだろうけどさ、今のうちに梯子を登ろう…長いんだよこの梯子」
実際すごく長かった。
後から聞けば、どうもこの梯子、稲荷山の地下百メートルから尾根までを貫いているらしい。
落ちたら即死である。
「で、これどこに繋がっているんですか?」
「登りきれば分かるさ…そこのレバー、左に回して」
「こうですか?」
左に回したその時、何かが開く音が聞こえた。そして何かが動き、開いた。
外、ではないようだ。天井が見える。俺はそこに出た。そこは、
「…ここは!!」
古城荘、そのエントランスだった。
「緊急時の脱出用経路、さ。もし敵が攻めてきたら立てこもりを演出してここから逃げるって訳。ちなみに総司令考案」
「納得」
あの人ならやりかねない。
「さて、僕は基地に連絡を取る、君は周囲を見張っててくれないか?」
「分かりました」
三八十局長が連絡を取っている傍ら、俺はエントランスに何か異常がないか調べる。
見たところ、異常は無い。
緑色の髪のサキュバスと紫色の髪の魔女、メルトとイラクスが床に倒れている事を除いて。
「メルト! イラクス!」
俺は二人の状態を診る。
(…心臓は動いている…体温も正常だ)
どうも意識を失っているだけらしい。外傷や出血、骨折も無いらしい。
その時、だったと思う。
もしかしたら、いや間違いなくそれは前から開いていた。
右手に開いた穴は、
「……」
綺麗に穴が開いている。恐らく銃弾だろう。俺の手を、しっかりと貫通したらしい。
断面からは赤黒い肉と白い骨が見える、だが出血はない。その代わり、いやもう駄目だ。
俺は叫ぶ、
「痛ったアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「ああ…ああああああああ!!!」
、亜c義ゥあうyかyすくかあvふぇybこ8cyowycbacbaoccbaycfyyspぅいhdくhckhkhckじゃs
「ああ、あああ」
俺は倒れこむ…倒れこんだ。
とても立っていられない。本ッ当に痛い。痛かった。そして俺は意地で後ろを見た。
いた。
さっきの奴だ。黒く、黒くて、『訳が分からないもの』
『正体不明』
何か得体の知れないもの。
気づけば、それから何かが突き出していて、それに人が刺さっていた。
三八十局長だった。
「…ぐああ」
うまく声が出せない。そうしている間にも、近づいてくる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
こちらにきて、
『モードデストロイ・ウィザードキャノン』
緑色の閃光が、貫いた。
そして『ソレ』に大きな穴を開けた。
「…IMTの試作個人武装。確かにすごい威力だな。最大出力で撃ったら一発でエネルギー無くなるけど」
そう言いながら正面玄関から入ってきたのは、
「レオス…そうしれ…」
「朽木君か、今しばらくそこでじっとしておいたほうがいい。確かにこいつの威力はすごいが」
そう言った時だ、レオス総司令が右手に持っていた銃が変形しだした。
『エネルギー、残弾ありません。待機モードに移行します』
色々と突き出していた何かが収納されていき、一つの銃になった、いや戻った。
「おまけに反動も強い…ほれ、言ってるそばから」
気づけば、『ソレ』は形を再構成し、回復して、襲ってきた。
対応しようと思ったが、体が動かない。
殺される。
「…メアリー」
そう、総司令が言ったその時、いやコンマ十秒前ぐらいに、襲ってきた『ソレ』は爆発四散した。
まったく前触れも無く、気がついたら、だ。
「…まったく、強力な怪異と聞いて来てみれば、見当はずれだったわね」
俺は、横を見た。
スーツ姿のメアリー副司令がいつの間にかいた。だが違う、何か違う。
そうだ、表情だ。いつもの温和なメアリー副司令では無い。まったく違う。なぜならば、
(笑っている?)
笑っていた。
いや副司令はいつも笑っているのだが、それとは違う。これは戦いを楽しんでいる笑顔だ。
目も赤く光り、口からは牙が覗いている。いつもの副司令では有り得ない。
何者だ? この人。
「…!!」
右手に大剣を持っていた。しかもそれを片手で、軽々しく持っていた。そして剣には黒い何かがこびりついていた、が、すぐ消えた。
「血を吸おうとして吐き出したか、まあ何十年も人を殺していないからな、当然といえば当然だな」
「…あなたは? 何者なんですか?」
「どういう事かしら?」
「そのままの意味です」
俺は、目の前にいる吸血鬼に問うた。
あきらかに、何かヤバイ吸血鬼に対して、
「そうだな…まあ、いい。教えてやる」
メアリー副司令は、それはもう狂った笑顔をしながら、狂笑しながら、自分の真の名を言った。
「私は、メアリメア・アナイゴルモ・アウロラ・ブラットナイト……かつて『魔帝』と呼ばれていた吸血鬼だ」
第32話、いかがでしたか。
第22話に登場した『ゲイボルグ・ミサイル』と、第31話の『三毛猫』の設定を少し変えました。
注意してください。
この物語を読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。