試験航海前日 0010年1月25日
大事そうに黒いカバンを持った男が、木製のドアの前に立った。
黒いオーバーコートに、丸眼鏡をかけた若い男だ。
「総司令、失礼します。私です」
「どうぞ」
部屋の主に許可され、大佐は部屋に入った。
部屋はあまり広くない。
窓のない部屋には、入って左側に大きめの本棚と、右側には数々の模型が置かれている。
中央にはテーブルとソファー、そして最奥には質素なデスクが置かれ、そしてそこに白衣で、眼鏡で、あまり冴えなさそうな青年が座っていた。
よほど興味があるのか、彼は書類から目を離さず、大佐に訪問の理由を聞いた。
「大佐、どうした? 明日の試験航海になにか問題でも」
「いえ総司令。その件では無く。先日の回収物の件です。今よろしいですか?」
「昼食食べた後でちょっと眠いけど、いいよ」
そこで初めて、総司令は大佐の顔を見て、そして手に持っている黒いカバンを見て、
「何か分かったのか?」と問うた。
「ええ、その件で総司令に判断を仰ぎたい事が」
「どったの?」
「例の回収物...どうも『戦略機動隊』の試作機のようなのです」
「!?」
総司令は少し驚いたが、しかしすぐ呆れたように聞き返した。
「また?」
「またです。内部にあった記憶装置の形、通信方式が発掘戦艦と合致しました」
「旧戦略機動隊の機体か...全く、あの地底湖からまた物騒な物が出てきたな」
「同感です。損傷が激しかったのですが、無事な部分の構造から例の魔力波動砲のエネルギープラント。というか、持ち主らしいという事が判明しました」
「持ち主? じゃああの魔力波動砲、やっぱり携行兵装だったのな」
「そのようです...これを」
大佐は懐から端末を取り出し、デスクに置いて起動した。
回収物の解析像が立体投影される。
「これです。やはり総司令の推測どおり、人型でした。そしてここ、手の部分。ここにあるコネクターらしきものが前に見つかった魔力波動砲のMP供給部と合致しました」
「腕部から直接魔力供給を行っていたのか。じゃあ、魔力波動炉は、ここか」
総司令は回収された人型構造体の胸の部分を示した。
「ここらへんはどうだった?」
「何も、ただ内部でこう、何かが爆発した形跡が。損傷状況から衝撃波は上、頭部の後ろと背部に抜けたものと思われます」
「魔力爆発でもしたのか。まあいい。それは調べていくうちに分かるだろ。で、判断を仰ぎたい事とは?」
「...これが、機体の操縦席らしき所から発見されました」
大佐はそう言って、カバンからボロボロになった本を取り出す。
「これは?」
「一見、ただのボロボロな本ですが。しかし、内部に術がかけられていました」
「術?」
「内部にあった文章を魔術的に暗号化していたようです。少し変だと感じたので、うちの魔術チームに解読させた結果、これが」
大佐は端末を操作し、あるものを映す。文章だった。題名は、
「『幻想機動輝星』?」
「ええ。題名の下を」
総司令は言われた通りに著者を見た。
朽木光男、と書かれていた。
「!?」
総司令はその『朽木光男』という人名を、睨むように見ていたが、やがて大佐に問うた。
「どこまで読んだ?」
「題名の部分だけを」
「他にこれを知る者は?」
「魔術チーム二名と私だけです」
「他の誰にも知らせるな。これは特一級機密指定とする。それと宮廷に連絡して、明日の観艦式に欠席すると伝えてくれ、それとこれは俺が預かる。いいな」
強引な、と大佐は思った。同時に、仕方がない事だとも。大佐は知っていたからだ、その『朽木光男』という人物が、どれほど総司令の人生を狂わせたのかを。
大佐はおとなしく命令に従った。
「了解しました。ではデータの入った端末と本はここに」
そう言って大佐は敬礼し、
「失礼しました」
と、言って部屋を出た。それを見て、彼の足音が聞こえなくなってから、総司令は恐る恐る、ボロボロの本を手に取る。
「これはどういう事だ」
総司令は訝しんだ。
「10年前、あんなに調査したんだぞ、『朽木光男』について。なぜ今になってこんな資料が」
総司令は、怪しみながら、端末の文章を見る。
戦略機動隊の実験機から見つかったとはいえ、これが亜界にいた頃の朽木光男の記録とは限らない。
どころか、例えこれがそうだとしてもこの資料に真実のみが書かれているとはとは限らない。しかし、何か新発見があるかもしれない。
「何が本当に...」
総司令はそう呟いて端末の文章を読み始めた。