アイドル
――だって私は私じゃないの。あなたの前では恋する乙女。意地悪するのはあなたのせいよ。悪魔なエンジェル、天使なデビル。ラブリー電波パラダイス(ウインク)。
星咲窓香はトップアイドル歌手である。
キュートな笑顔にプリティなしぐさ。スイートな、というより甘ったるい歌詞の曲をひっさげデビューするや、にわかに勢いを増した懐古主義の風潮とオタク文化の容認・追随世相を背景に、国民のハートをわし掴みにした。携帯電話やチョコレートのCMでも知られその人気は老若男女問わず高く、特に熱狂的なファンは、窓香に寄り添う者という意味を込めて「窓際族」と呼ばれ、自らも誇らしくそう名乗った。「エル・オー・ブイ・イー、ラブミーまどか」などだみ声でがなる親衛隊も大小多数があるようで、テレビ局各社は「アイドルブームの再燃だ」と、時流に乗ると同時に次なるスターを求め往年の名物番組を復活させたほどだ。
それにしても、彼女の歌声、存在は際立っていた。
圧巻は、内乱が続く某国でまさに市街戦が繰り広げられているさなか、彼女の曲と映像が流れ始めたとたん銃声がやんだという伝説を打ちたてたほどだ。ちなみに、放送は国連が実験したものだが、効果が認められたにもかかわらず、以後二度と実施されたことは無かった。国際政治の難しいところである。
国や言語を超え魅了してやまない彼女だが、本来は普通の女子高校生で甘いものさえ適度に食べられればそれで満足という程度の人物だ。そんな彼女にも、最近使命めいたものが心に芽生え始めていた。
「……争いの無い世界になったら、素敵だろうなぁ」
パフェのスプーンをくわえながら、ぼんやりそんなことを思う。自分の歌声が、某国の戦闘を一時的に止めたことがあると聞かされたことも一因だ。
だから今、いつにもまして一生懸命歌っている。
――だまされるのはノン・ノン・ノン。魔法を使う恋する乙女。抱かれる背中に黒い羽根。だけどあなた、まさか知ってて……。「ギモン送信、ハート着信」(右手を前に差しだしたあと胸に握りこぶし)。だって私は私じゃないの。あなたの前では恋する乙女。意地悪なのはあなたの……。
いくら熱唱しても、戦いはやまなかった。
争っているのは若い女性たちだが、「カワイイ」などの評価で圧倒的な支持を得ている年齢層だ。彼女の歌声・存在は銃声かまびすしい戦地の小競り合いを止めたことすらあるのに。
さらに心を込めて一生懸命歌った。いや、「争わないで」という願いを込めたという方が、近い。
それでも、戦いは止まらない。
プールでは水と黄色い悲鳴がしぶき、色鮮やかな水着に白くみずみずしい肢体を微妙に包んだ美女たちが、騎馬を組んではちまきを取りあっている。ぽろりとトップからこぼれる胸。いやぁんという色っぽい声。水から上がってヒップの包み具合をこっそり直す敗者たち……。
「私、負けない!」とばかりに水着姿の窓香もマイクを握り歌い続ける。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
九年前に他サイトに投稿した旧作品です。
そのころはまだケータイでしたね~。