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天翔る翼

 町を一周するまでには三十分ほどかかります。

 スタートダッシュこそ少しだけ遅れてしまったものの、黒猫は驚異的なスピードでカラスへと追いすがりました。

 スタートダッシュが遅れてしまったのは、やはり飛ぶことに対する慣れの違いでしょう。

 黒猫は翼を手に入れて間もないのでまだ不器用に飛び上がっていますが、カラスの方は生まれた時から翼を持っているので飛び立つのも飛び上がるのも慣れているのです。

「うー、でもまだ追いつけるもんね!」

 黒猫は翼を羽ばたかせながらカラスの姿を追いかけます。

 空を飛ぶのはとても気持ちが良く、飛ぶことだけを考えて楽しみたいというのが黒猫の本音ですが、勝負をしている以上、楽しいだけではいられません。

 やるからには勝つ! というのが目標です。


 もっと速く。

 風に乗るように。


 黒猫は心の翼を動かします。

 より効率的に飛べるように。

 速く空を駆けられるように。

 大きく羽ばたくのではなく、振動させるように羽根を最低限にたたんで。

「風を切るんじゃない。風に乗るのでもない。きっと……」

 風になる・・

 それこそが最も速く飛ぶ方法だと、翼が教えてくれました。

「もっと……もっと速く!」

 黒猫は少しずつ飛ぶスピードを上げています。

 カラスとの距離が少しずつ縮んでいきました。

「くそっ! 猫なんぞに追いつかれてたまるかよっ!」

 カラスの方も負けじとスピードを上げます。

 この勝負に負けたらリーダーとしての威厳にも傷が付きますし、それ以上にあの縄張りで大きな顔が出来なくなります。

 スピード勝負を受けてしまった以上、力ずくで黒猫を追い出すことは出来なくなり、カラスにはこの勝負に勝つ以外の選択肢はないのです。

 負けられない戦いにカラスは一層気を引き締めます。


 町の四方をぐるりと回る飛行レースは中盤に差し掛かりました。

 黒猫とカラスはデッドヒートを繰り広げています。

 スピードを出すことに慣れてきた黒猫はカラスを追い抜き、そして負けてたまるかと気合を入れ直したカラスに再び追い抜かれました。

 それの繰り返しで、三つめの角を曲がりました。

 町を一周、ということで四方にある電柱を目印にコーナリングを行っています。


 今のところスピードはほぼ互角です。

 ならば勝負所は飛び方とタイミングです。

「ここだっ!」

 黒猫は一瞬でカラスの内側に這入り込み、そのままの勢いで追い抜きます。

「くそっ!」

 内側を奪われたカラスは必死で黒猫に追いすがります。

 このまま一直線でゴミ捨て場のゴールです。

 最大最速のスピードで追い越さなければ負けてしまいます。

 しかしそれは黒猫にとっても同じ事です。

 コーナリングを心配する必要の無くなった黒猫はひたすらに速く飛びます。

 目指すゴミ捨て場には審判としてその場に残ったカラスが待ち構えています。


 風を切り、翼を振動させ、黒猫とカラスは飛び続けます。

 そして……


「ゴール!」

 勝負は黒猫に軍配が上がりました。

 最後の着地だけは失敗して無様に転がってしまいましたが、それでも勝利は勝利です。

「いたたた……」

 擦り剥いた足をふーふーしながら黒猫は起き上がります。

 スピードを出した状態での着地練習を今度から繰り返そうと密かに決めました。

「ぼくの勝ちだね」

「……不本意ながらな」

 カラスはとても悔しそうですが、それでも悪足掻きをするようなことはしませんでした。

 負けは負けと認められる潔さを持っています。

「仕方がない。ここの縄張りは好きにしていい。ただし、半分だけだ。右半分がお前の分、左半分が俺達の分だ」

「半分こだね」

「ああ」

 負けた方にしてみれば随分とあつかましい割合ですが、しかしカラスの方が数が多いのでそれぐらいは融通しろという意思表示でもあります。

「いいよ~。じゃあぼくはこっちで探すね~」

 黒猫の方は気にすることなく割り当てられた半分からごはんを探します。

 そんな様子にカラスたちは悔しそうだったり不機嫌そうだったりしますが、しかし黒猫の健闘は称えるべきだと思ったのか、自分たちも残り半分からごはんを漁り始めます。


 カラスと黒猫が仲良くなるのはまだまだ先かもしれません。

 今日はごはんが確保できただけでもよしとしましょう。


まさかのバトル展開。

空中レース勃発?

アルファポリス絵本・童話大賞に参加中。

清き一票をこのわたくしにっ!

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