第47話 天使との再会(side浩輔)
浩輔のターン
まったく、貴族というのはどいつもこいつも・・・ッ!
俺はイライラしながら廊下を進み、与えられた部屋へ向かった。
アレノスに着いたのは午後5時を回っていた。
馬をほぼ乗り潰し、無事にここまでたどり着いたのは俺とシグルドの隊のみ。
後の3隊は途中で脱落。
メンバーに簡単な回復魔法が使えるやつがいたから直に到着するだろう。
それにしても・・・・・・
到着してからほぼ3時間。
そのうちの2時間、ここの領主に付き合ったわけだが・・・
なんと言う時間の浪費だ!
自慢話など何の価値も無い!
怒りに任せてドアを開けると、
「よぉ、荒れてるな、救世主」
シグルドがソファで寛いでいた。
「何だ?飲みに行ったんじゃなかったのか?」
向かい側のソファにどっかり腰を下ろす。
座った瞬間、疲れが一気に押し寄せる。
「ちょっとな、お前に用事ができたんだ。あ、勝手にやってるぞ」
シグルドは琥珀色の液体を満たしたグラスを掲げた。
「かまわない」
俺は溜息を吐く。
ここまでの強行軍だけでも疲れるというのに、追い討ちをかける領主との食事。
疲れすぎていたのとウザイ会話に殆ど食えなかった。
腹は空いているが・・・今日はもう休みたい。
さっさと用事を済ませてベッドにもぐりこもう。
「で、俺に用事というのは何だ?」
自分の分をグラスに注いだ。
未成年だ?
かまうもんか。
飲まなきゃやってられない。
半分ほど注いだのを一気にあおる。
喉を焼くアルコール。
味はともかく度数だけは強いな。
シグルドはそんな俺をあきれたように見る。
「おいおい、もったいないだろう?高いんだぜ、この酒」
「ふん、度数が高いだけの3流品じゃないか。それよりも、用事は何だ?」
もう一杯注いだものを舐めつつ睨むと、
「これが3流品ねぇ・・・」
などとブツブツ言っていたが、
「魔獣使いの可愛い嬢ちゃんからの伝言を預かったんだ」
ニヤリと笑った。
「魔獣使い?」
「あぁ、でかい狼型の魔獣とちっこい竜型の魔獣を連れてたぜ。12~3歳かな、まだメリハリが寂しかったが将来が楽しみな美少女だった。一緒にいた子もお人形みたいに綺麗な嬢ちゃんだったなぁ。まぁ、俺としては魔獣使いの嬢ちゃんのほうが好みだが」
「・・・あんたの好みなどどうでもいいが、何で伝言を?門の前で騒いでるのを馬鹿にして見てただろう?」
後続の部隊よりかなり先行してアレノスに着いたわけだが、門でのチェックで俺が救世主だとわかりこの騒ぎだ。
衛兵が出てある程度は抑えられたのだが、排除されたのは質素な身形の者だけで、今現在も門の所にいるようなそれなりに裕福に見える者は何故か排除されなかった。
まぁ、なんとなく理由はわかるような気もするが・・・
シグルドはカーテンの閉められた窓をチラリと見て鼻で笑い、
「あんなやつらとは違ったからだ」
残りの酒をあおる。
「違った?」
「あぁ、目の輝きが違った。綺麗なアクアブルーの瞳の奥の輝き、吸い込まれるようだった。それにな、あの娘・・・」
シグルドが俺をじっと見た。
「お前のことを知っていた」
ずっと浮かべていたニヤニヤとした笑みが消える。
「知って、いた・・・?」
心臓が高鳴る。
「あぁ、嬢ちゃんからの伝言、伝えるぞ?」
シグルドは、そう言うと一拍おき・・・言った。
「"俺は無事だから、緑の小鹿亭にいるから時間があったら会いたい"」
ま・・・さ、か・・・・・・
「トールという名の黒髪の魔獣使いだ」
「透流!?」
なんてことだ!
思わず立ち上がる。
心臓の鼓動が速まり、息苦しい。
「透流と名乗ったんだな!?確かだな!?」
「あぁ、確かだ」
ここに透流がいるなんて!!
こうしちゃいられない!
俺はあわてて部屋を出ようとしたが、シグルドに腕を掴まれ止められた。
「待て、どこに行くつもりだ?」
「放せ!透流が・・・っ!」
振り払おうとしたが、
「おちつけ!」
強く引かれたたらを踏む。
「シグルド!」
「落ち着けよ、救世主」
「落ち着いてなどいられるか!手を放せ!」
「放してもいいが、何処に行くつもりだ?緑の小鹿亭か?それがどこにあるのかお前は知っているのか?案内も無しに行けるのか?」
低くゆっくりと言うシグルドの声に、俺の気持ちも落ち着いてきた。
「すまない」
謝ると、
「いや、いつも取り澄ましているお前のそんな姿が見られただけでも儲けものだ」
シグルドはニヤリと笑った。
俺が落ち着いたのを確認すると、シグルドはおもむろに立ち上がる。
「行くぞ」
何処へとは聞かない。
俺は頷くとシグルドの後につく。
「案内する代わりに、あの嬢ちゃんとお前の関係を教えろ」
仕方がない、当たり障りのない程度に教えることとしよう。
とりあえず、最初に教えることは透流の性別だな。
「おっと、その前に」
シグルドが振り返り、俺を頭の先から爪先まで見る。
「何処から見ても救世主様なその格好をどうにかしないとな」
「あ・・・確かに・・・」
臙脂色の豪華な学芸会の衣装では目立つことこの上ない。
しかし、
「地味な服など持っていないぞ」
用意された服は全てこんなもんだ。
「少し待ってろ。同じくらいの体格のヤツから借りてきてやる」
「すまない、恩にきる」
頭を下げると、
「そのうち返してもらうさ」
シグルドは軽く手を振り部屋を出て行った。
透流、会いに・・・いや、迎えに行くからな。
もう二度と手放すものか。
閑静な住宅街を抜け、商店街だろうか、閉じられた店が並ぶ通りを進み角を曲がると周りの様子ががらりと変わった。
何軒かの店先に吊るされた幾つものランプが揺れ光り、暖色の光と喧騒が辺りに広がる。
王宮や、領主の屋敷では感じられなかった活き活きとした生活感。
ほっとする。
こっそりと息を吐くと、耳聡いシグルドが笑ってこっちを見た。
「コースケ殿はこっちの方がいいとみえる」
「当たり前だ。俺は庶民だからな」
どこがだ!と言う透流の声が聞こえたような気がしないでもないが、俺は庶民だ。
誰がなんと言おうと庶民だ、これは相手が透流だろうと譲れない。
シグルドは笑いながら俺を先導する。
「この先に緑の小鹿亭がある。あそこも夜は1階が酒場になるからこの時間でもやっているはずだ」
指差す先には一際賑やかな酒場があった。
陽気な笑い声がここまで聞こえる。
時計を見たら午後10時を回っていた。
この時間、透流はもう寝ているだろうか。
それとも、あの騒ぎの中で笑っているのだろうか。
歩みが遅くなった俺の背をシグルドがポンと叩き促す。
「行こう」
俺は頷くと酒場に向かった。
緑の小鹿亭は中堅の宿と言ったところか。
テーブル席ではやたら盛り上がっている一角がある。
俺たちはカウンターに着き、シグルドが適当に酒を注文した。
恰幅のいい女性がジョッキを2つ置く。
俺は一口飲むと、おもむろに切り出した。
「この宿に透流と言う名前の客はいないか?」
焦っていたからだろう、いきなり過ぎたようだ。
女性は訝しげに俺を見る。
シグルドが苦笑を浮かべ、
「こいつの友人なんだよ。俺たちは今日ここに着いたばかりなんだが、ここに泊まっていると伝言があってな。訪ねてきたんだ」
フォローを入れてくれた。
シグルドの話で納得した女性は笑みを浮かべ頷くと、
「坊や!お友達が来てるよ!」
テーブル席の喧騒に向けて声を張り上げた。
「え?誰?」
大柄な男たちの間からひょっこり小さな頭が覗く。
少し長くなった黒髪がフワリと揺れた。
俺は立ち上がる。
向こうも俺を確認すると、大きなアクアブルーの瞳をさらに大きく、零れるんじゃないかと思うくらいに見開いた。
目の色が違う・・・だがしかし・・・
「浩輔・・・?」
その瞬間、俺は椅子を蹴倒しテーブルを飛び越え、
「透流!」
この腕にしっかり透流を抱きしめていた。
「浩輔・・・ッ、浩輔!」
透流も俺にしがみつく。
「透流・・・透流・・・透流・・・ッ」
俺は透流の髪に顔を埋め息を吸う。
透流の匂い。
あぁ、透流だ、透流が俺の腕の中にいる。
夢にまで見た透流だ!
「浩輔、浩輔・・・ッ!」
透流が俺の腕の中で小鹿のように震えしがみつく。
「俺、ずっと、ずっと会いたかったんだ・・・ッ!ずっと・・・浩輔に・・・ッ!」
胸元がじんわり濡れる感覚。
気丈な透流が泣いている。
俺の名前だけを呼びながら・・・・・・
透流に求められる幸せに天にも昇る心地だ。
もう二度と手放せるものか、この愛おしい存在を。
「透流・・・・・・」
呼ぶとさらに強くしがみついてくる。
いや、むしろ天国か?
透流・・・俺の愛しい天使。
俺は天を仰いだ。
薄汚い酒場の天井が消え、美しくきらめく荘厳な天国の門が見える。
その門がゆっくりと開いてゆく。
「あー・・・トール君だったよね?そろそろコースケ殿を放してやってはくれないかな?背骨がメキメキ嫌な音を立てているし、顔面が蒼白を通り越して変な色だし、目が虚ろだし、さらに口から泡を吹いているんだが・・・」
「あ、・・・ごめん」
再会しちゃいました!
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