第37話 最強の毛玉(sideレボ)
あえてレボの語りです。
こうやって、透流様を待つのも楽しいものだ。
ゆったりと寝そべり人間を観察する。
私を恐れる者、興味深く眺める者、一瞥もせず通り過ぎてゆく者。
人間と言うものは興味深い。
私はのんびりと欠伸をし、行き交う人を観察しつつ透流様を思う。
思うだけで心が温かくなる。
今、透流様は食事中だ。
この店に入る前、彼は今までになく喜んでいてとても可愛らしく、私はうっとりと見惚れていた。
本当に愛らしいお方だ。
私のようなものにまで大好きだと言い、過分な愛情を注がれる。
重畳の至り。
この強い香り、透流様が"すぱいしー"と言っていたこの香りの中でも私は透流様の匂いを嗅ぎ分けられる。
私を縛る甘い匂い。
契約をしたからだろうか・・・透流様の匂いを嗅ぐと体の芯が痺れ得も言われぬ心地好さを感じる。
感情の起伏で微妙に変わる匂い。
私が一番好きなのは透流様が黒竜様と共にある時の匂いだ。
甘さを増したその香りは私を至福へと誘う。
大切なお二方の幸せは私を二重の意味で幸せにしてくれる。
清らかで穢れの無い真っ直ぐな心を持つ透流様。
得難い主を手に入れることができた私はなんという果報者なのだろう。
この恩に報いるためにも私はこの大切な主を我が身が果てるまで守り抜きたいと思っている。
店の中から喧騒が聞こえた。
私は透流様の気配を探った。
透流様の感情は嫌悪はあるものの安定している。
黒竜様も、新しく仲間になられたお三方もすばらしく強い。
私が出て行くまでもないだろう。
私は再び行き交う人々に目を向けた。
しばらく後、再び店の中から喧騒が聞こえる。
原因は後から入って行った饐えた臭いがする3人組だろうか。
騒々しいことだ。
呆れて溜息を吐いた時だった。
透流様の匂いが変わった。
今までに無いほどの甘い香り。
――やめて!――
透流様の叫び。
叫んだ相手は黒竜様?
一体何が?
私は戸惑いながら体を起こし店内に入ろうとしたのだが・・・
「モーリオンの・・・・・・ばかぁ!・・・大ッ嫌い!」
透流様が叫び、
「うわぁぁぁぁぁぁーーーん」
泣きながら駆け出してきた。
――透流様!?――
思わず呼び止めたのだが、透流様はあっという間に駆けて行ってしまった。
呆然と見送ってしまう。
――レボ!透流を追え!――
黒竜様に強く言われ我に返る。
――はい!――
急いで透流様の匂いと気配を追う。
透流様は慣れているのか人混みの中を器用に縫って走っている。
私は動く障害に不慣れなためいちいち立ち止まり思うように進めない。
森や草原ならばあっという間に追いつく距離なのだが・・・・・・
あの悪夢の出来事が脳裏を掠める。
追いつかなければ!
今の私なら透流様をお守りすることができる!
あらゆる厄災からお守りするのだ!
しかし、その小さな背中はさらに遠ざかる。
――透流様!――
どうか、どうか止まってください!
一人になってはいけない!
私が守ることができない所へ行かないで!
ついに人混みの中で見失ってしまう。
頼りは匂いと気配のみ。
私が追いつくまでどうかご無事で・・・っ!
私は祈りつつ透流様を追った。
いくつかの角を曲がり人もまばらになった頃、やっと透流様の背中が見えた。
透流様の前には男が3人。
透流様に掴みかかろうと手を伸ばす。
悪夢の再来。
ダメだ!
ダメだダメだダメだ!
――透流様に触れるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!――
私は四肢に力を込め地を蹴り走る。
敷き詰められた石のタイルが私の蹴りで破壊され捲れ舞い上がる。
一気にスピードを上げ、私は大きく跳んだ。
「レボ!?」
私に気がついた透流様が驚いたようにこちらを見る。
男たちがその隙をつき透流様に掴みかかろうとしたが、私が体当たりをするように飛びかかったため弾き飛ばされ転倒し強かに体を打ちうめき声を上げた。
すぐに動けずもがいているその隙に押さえ込む。
しまった、一人逃したか!
2人は押さえ込むことができたが残りの一人が透流様に向かう。
――透流様!お逃げください!――
そう叫んで振り返った時だった。
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
なんとも言えない鳴き声と共に透流様が抱いていた毛玉が残った男の顔面に飛び掛った。
跳躍の力を利用した鮮やかな蹴り、拳打と合わせた鋭い爪攻撃、そしてとどめとばかりの爪を出したままの強烈な一蹴りで毛玉は透流様の腕の中に戻った。
鮮やかなまでの連続攻撃。
全てが顔面にある急所に決まり男は悶絶、その場に倒れた。
毛玉は透流様の腕の中で倒れた男たちを睥睨している。
その視線の中に私も含まれているような気がするのは・・・きっと気のせいではないだろう。
奇妙な静けさが場を支配する。
動く者は私に押さえつけられ苦しげにもがく男2人と、毛玉に倒され痙攣している男、そして透流様に甘えるように擦りつきゴロゴロと喉を鳴らす毛玉。
喉を鳴らす?
・・・ネコか?
ネコなのか!?
もこもこした毛玉はどうもネコらしい。
まん丸の顔につぶれた鼻、小さい耳と顔の真ん中と尻尾と手足の先は黒っぽい毛で、他は白い。
目だけは鮮やかな青で宝石のようだ。
なんとも不細工というか・・・愛嬌があるというか・・・
本当にネコなのか?
こんなネコは初めてだ。
呆然と見ていたら、
「トール!無事か!?」
黒竜様に先導されラウルが来た。
後ろにはちょっと離れてサラが、その更に後ろからセレンが走って来る。
そしてこの状況を見て、3人はほっと息をついた。
「トールが危ないってモールが言うから焦ったぞ」
ラウルが透流様の頭を乱暴に撫でる。
あぁ!
そんな撫で方をしたら髪が痛んでしまう!
まったくこの人は毎回毎回透流様の髪をくしゃくしゃにして・・・
透流様も甘やかせすぎです!
「ごめん、レボとこのネコが助けてくれたんだ」
・・・やはりあの毛玉はネコなのですね。
「ネコ?・・・このもこもこが?」
「うん、ネコ」
「ネコがどうやって助けたんだ?」
「えとね、ネコキックにネコパンチ!!ビョーン!て行ってゲシッ!てやってバシバシシャキーン!でジャキン!ガシッ!ドーン!て倒しちゃったんだ。見事なコンボだったよ!」
透流様は嬉しそうだ。
確かにあの連続攻撃・・・"こんぼ"?は見事でした。
しかし・・・
「・・・その説明、まったくわからん・・・」
ラウルは呆れたように透流様を見る。
同感です。
私は思わず溜息を吐いた。
もう少し説明のしようがあると思うんだけれど・・・
「でも、ほんとすごかったんだからね!」
そう言って腕の中のネコをしっかりと抱きしめ、ふわふわの毛並みに顔を埋めている。
透流様・・・すごく可愛い・・・
そして、
――黒竜様、脂下がっている感が駄々漏れですよ?――
――・・・うむ、そうか――
――そういえば先ほど、透流様は黒竜様を「大嫌い」だと叫ばれていましたが・・・?――
――・・・うむ、今から謝ろうと思う――
黒竜様に非があったというわけですか。
黒竜様はとことこと透流様の足元に歩み寄る。
あえて黒竜様を無視していた透流様がそれを横目で見てほんわりと微笑む。
たぶんきっと確実に黒竜様を「可愛い」とお思いなのだろう。
まったくこのお二方は・・・本当にお可愛らしい。
――透流・・・――
「なに?」
――・・・すまなかった――
「本当にそう思ってる?」
――うむ・・・我を忘れてしまっていた・・・あのようなことは初めてだ――
透流様は大きく息を吐かれた。
「うん、もういいよ。今度からスパイスには気をつけようね。お酒・・・じゃなくてスパイスはほどほどに」
――うむ、本当にすまなかった――
「もう、あんなことしないでね?」
――無理やり口を吸うなど・・・二度としない――
「あ、いや・・・そうじゃなくて、そっちじゃなくて・・・」
透流様は言い淀むと黒竜様をじっと見つめた。
念話で会話しているのだろう。
頬を上気させ潤んだ瞳で黒竜様を見つめる透流様はお可愛いらしいだけじゃなく仄かな艶もにじませている。
黒竜様はそんな透流様をうっとりと見つめ返し話しを聞いていたが、
――そうか・・・わかった――
嬉しそうに返事をした。
――その、"てーぴーおー"とやらを守って"ろまんちっく"な"しちえーしょん"でお前にキスをすればいいのだな――
「い・・・言うなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
黒竜様の言葉に透流様が叫んだ瞬間、
「みぎゃぁぁぁぁっ!」
透流様の腕の中にいたネコが黒竜様に飛び掛った。
実は・・・その前から兆候はあった。
黒竜様が現れ透流様とお話されている時から、ネコは透流様の腕の中でずっと黒竜様を威嚇し毛を逆立て唸っていたのだ。
――なんだ!?危ないではないか!――
流石は黒竜様、不意打ちとも言える猫の攻撃を鮮やかにかわす。
黒竜様とネコは臨戦態勢のまま睨み合い、透流様は呆然とそれを見ていた。
ラウルたちも男3人を縛り上げていたが手を止め驚いたように見ている。
「えと・・・なんで?」
透流様が黒竜様とネコを指差し、身近にいた私に聞いてきた。
――なんででしょう?――
私にもさっぱりわかりません。
「ネコさんがなんて言ってるかわかる?」
――聞いてみましょう――
私は耳を澄ませた。
ひどく聞き取り難い。
動物の心の声は意外と明け透けでわかりやすいというのに、このネコは難しい。
ただのネコじゃないのだろうか?
魔物?
だが、魔物の気配は感じない。
さらに耳を澄ます。
はっきりとした声は聞こえないが・・・なんとなくわかった。
――少しですがわかりました――
「何て?」
――ネコは透流様を飼い主と思っているようです。そして、黒竜様を飼い主を汚した悪竜と罵っていますね――
「俺が飼い主!?汚したって・・・」
――はい。飼い主・・・透流様は自分が守るから消えろとも言っていますね――
言ってはいますが・・・黒竜様に聞こえているかどうかが疑問です。
案の定、
――こやつは何故、我にこうも敵対心を剥き出しにしておるのだ?――
黒竜様はちっともわかっていらっしゃらない。
「やれやれ・・・」
透流様は溜息を吐き、対峙しているお2人というか2匹に近づくと、ヒョイっと黒竜様を抱き上げ、次いでネコも抱き上げた。
「こんな所で2人が喧嘩なんかしたらきっと絶対大変なことになる・・・かもしれない。面倒なことはごめんだよ。仲良くしろとは言わないけど、喧嘩はしちゃだめ」
怒るというより「メッ!」っと叱る透流様がなんだか兄弟喧嘩を窘める母親に見える・・・・・・
☆
3人をこの街の警吏に引き渡し、私たちは市場に戻った。
この一連の騒動でかなりの時間を取ってしまったため、今日は後1軒、透流様と昼前に行った雑貨屋に立ち寄り宿に帰ることとなった。
「あら、お帰りなさい」
もう店じまいなのか店主の女が表を片付けていた。
体中を弄繰り回された悪夢がよみがえる。
私が思わず女から距離をとってしまうのは仕方がないだろう。
そんな私を他所に、
「ただいま」
透流様がニコニコと女に答える。
「受け取りに来ました。できてますか?」
「えぇ、しっかりできてますよ。・・・そちらの剣士さん?」
「うんうん、似てるでしょ?」
「そっくり」
透流様と女、そしてサラが一頻り笑いあう。
笑いがやっと収まった頃、
「ちょっとまってて、頼んでた物を受け取ってくる」
透流様はそう言うと女について店に入っていった。
数分後、透流様はニコニコとそれは嬉しそうに店を出てきた。
手には包みが一つと・・・黒い何か羽の生えた・・・蝙蝠?
「見て見て!おばさんにもらったんだ!モールそっくり!」
透流様の手には小さな黒い布で作ったドラゴンの人形。
あの羽はドラゴンの物だったのだ。
かなりずんぐりしていて目はボタンでできているのだが、確かに似ている。
――我の人形か・・・なんだかこそばゆいものだな――
意外なことに、黒竜様は嬉しそうだ。
「よかったわね」
サラが透流様の頭を撫でる。
サラの撫で方は髪を梳くように丁寧だ。
「うん、娘さんが俺のことを聞いて急遽作ってくれたんだって。それでね、娘さんにも会ったんだけど、俺の人形も作らせてくれって」
「トールの人形を作るの?」
「なんかさ、制作意欲が掻き立てられたとかってなんかやたら燃え上がってた」
「へぇ、できたら見てみたいよな」
「そうですね、いつごろ出切るのですか?」
私も気になる、見てみたい。
「どうなんだろう?ちょっと聞いてくる・・・」
「いやいや、まだ何か頼んでいるのでしょう?そのときに聞けばいいと思いますよ。すぐにはできないのでしょう?」
「あぁ、そうだね」
透流様は頷く。
「今度聞いてみるね」
透流様のその返事にセレンは微笑を浮かべる。
「さぁ、帰りましょう」
セレンの言葉に皆は頷き帰路についた。
透流様は上機嫌で同じように上機嫌な黒竜様を頭に乗せ、そんな黒竜様にそっくりな人形と不機嫌な猫を胸に抱き踊るような足取りで歩く。
私はそんな透流様の愛らしい顔をを時折見上げながらやはり上機嫌で傍に寄り添い歩く。
こんな愛らしい主を持つ私は本当に果報者だと実感しながら。
最近レボの出番が殆どなかったから語らせてみました。
新しい仲間は最強の毛玉です。・・・たぶん。
間違い等が・・・以下略。