第33話 ごはんを食べよう!②
ごはん編、ひとまず終わり。
実力差にも気づかず絡んでこようとこちらに向かってくる酔っ払い。
セレンとサラが軽く殺気を纏いながら腰を浮かそうとしたその時、
「お待たせいたしました」
絶妙なタイミングで料理が運ばれてきた。
ナイスタイミングだよお兄さん!
男も食事の邪魔をしてまで絡んでくるつもりは無いのか席に戻り、俺たちは運ばれた料理に集中。
「鳥肉の煮込み、魚の煮込み、野菜の煮込みになります」
本格的にインド料理ッぽい!
ライスがついてきた、お米は細長いヤツだね。
「こちらをお使いください」
木のスプーンを渡される。
「本当は手で食べる?」
俺が右手を食べるように動かして見せるとウエイターのお兄さんは、
「よくご存知ですね」
とニッコリ笑った。
うはぁ、まさしくインド!
「こちらの国では手で食べるという習慣がございませんのでスプーンをつけさせていただいております。肉や魚はこちらのナイフとフォークをご利用ください」
至れり尽くせり・・・日本のレストランのようだ。
「接客が至れり尽くせりだね」
こっそりお兄さんに耳打ちすると、
「あちらのようなお客様が多いものでして・・・」
苦笑を浮かべ小声で返してくれた。
苦笑すらまぶしいよ、歯が。
でもさ、苦情とかいちゃもんつけられる前に先手先手を行けばこうなっちゃうよね。
俺が一人納得して頷いていると、
「トール、コレはどうやって食べればいいの?」
サラが戸惑ったように聞いてきた。
「えと、肉とか野菜はほぐしながらスープと一緒にそのライスに混ぜて食べればいいと思うよ。野菜はそのまま混ぜてね」
3人は頷くとそれぞれが食べ始めた。
「あら・・・」
「これは・・・っ」
「ほほう・・・」
お、なんだか好評?
「ねぇ、そっちも食べさせて!」
「おう、俺も食いたい」
「あ、私のもいいですよ」
好評というか、ガッツリ食いついた?
「俺も!俺にも一口!」
俺も食べたいーーー!
俺が焦ってそう言ったら、
「「「はい、あ~~ん」」」
3人が同時にスプーンを差し出してきた。
いや、3つ同時は無理だから。
順番に頂くと・・・
どれもこれも香りがよくてマイルドで、マジうまい!
カレーの香りはするけど殆ど辛くないんだよね。
うん、まさしく初心者向けだ。
俺があまりにも嬉しそうにしてるから、
――我も食してみたいが・・・――
モーリオンがねだってきた。
ドラゴンに香辛料って・・・大丈夫なのかな?
――・・・どうなのだろう?たぶん大丈夫だと思うぞ――
じゃぁ、ちょっとだけね?
様子を見て大丈夫だったらモーリオンの分も注文しよう。
「ねね、モールも食べてみたいって言ってるから一口だけ頂戴」
俺がそう言って小皿を差し出すと、3人はニッコリ笑って、
「美味しいからびっくりするわよ」
「熱いから気をつけろ」
「つくづく、モールは面白いドラゴンですねぇ」
口々にそう言い、それぞれスプーン1杯づつを分けてくれた。
モーリオンはそれを嬉しそうに食べる。
――おお、これは美味い!――
嬉々として小皿から食べる姿が・・・・・・可愛い!
あぁもう、萌えるー!
綺麗に舐めとったあと、もっと欲しそうに俺を見るけど、
「ドラゴンに香辛料が何か影響したら拙いから様子見てからね?」
そう言って頭を撫でる。
どうしよう・・・これが母性・・・じゃなくて父性ってヤツ?
モーリオンが可愛くてたまんない!
抱きしめてすりすり。
――こら、くすぐったい――
モーリオンも反撃のつもりか俺の耳とかを甘噛みしてくる。
あぅ、そこはやばいってー!
くすぐったい!
そうやってじゃれあってたら、俺の分の料理が運ばれてきた。
隣の席にも同じものが運ばれる。
「キーマです。こちらの薄焼きパンかライスでお召し上がりください」
「キーマ!?ねね、ひき肉はなに?やっぱり山羊?」
「山羊ですよ」
お兄さんはニッコリ笑った。
くううっ!
オススメでキーマが来るとはッ!
何かもう、やられたぁぁぁっ!って感じ?
このスパイシーな香り・・・たまりませんなぁ・・・
さて、お味のほうは・・・・・・
俺がニンマリ笑いながらチャパティを手に取ろうとしたとき、
「なんだこれは!食い物か!?」
「辛い!辛すぎだ!」
「こんなもの食えるか!ちゃんと食える物を出せ!」
「こんなもの、食い物じゃねぇ!毒だ毒!」
案の定、酔っ払いたちが騒ぎ出した。
料理人を呼べ!だの、取り替えろ!だの、金返せ!だの、煩い。
ラウルたちもその騒ぎに眉を顰めていた。
そんな状況に響き渡る声。
「うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
そう、俺だ。
俺はキーマを一口食べ、思わず叫んでいた。
「何!?この美味しさは何!?」
「「「トール!?」」」
「スパイシーな辛味!そしてこの旨味!マジウマーーーーッ!!」
たぶん今の俺、喜色満面でお目々キラキラなんだろうな。
あれだけ騒いでた酔っ払いたちも目が点状態で俺を見てる。
「トール、そんなに美味しいの?」
「うんうん、もうマジで美味い!」
「一口もらっていいか?」
「いいよー!あ、でも、ちょっとだけ辛いから気をつけて」
俺はチャパティを千切るとキーマをちょっとだけ乗せてラウルの口元に差し出した。
「はい、あーん」
「あーん」
ラウルはパクンッとチャパティを頬張り・・・・・・
「ひうぅっ!」
口を押さえてぽろぽろ涙をこぼす。
「だからちょっとだけ辛いって言ったじゃん」
ラウルはふるふると首を振り・・・
「ひょっろやらい!ひょーひゃらい!」
うん、なんとなくしか言ってることわかんない。
――トオル、我も食べてみたいのだが・・・――
「モールも?でも・・・ラウルがこの反応だよ?」
――うむ、だが気になる。お前が美味いという食べ物だ、我も食べてみたい――
「ん、わかった、それじゃちょっとだけね?」
俺は小さく千切ったチャパティにひき肉3粒ほど乗っけてモーリオンに差し出した。
「はい、あ~ん」
俺の声でぱかって口を開くモーリオンが・・・・・・可愛い・・・
小さな欠片をもにゅもにゅと味わっていたモーリオンの目がキラーーーンッと光る。
――透流、これは美味いものだな!――
キラキラと輝く瞳でもっと寄越せと催促。
ぱかって口を・・・以下略。
さっきより多めにチャパティを千切り、キーマも多めに乗っけて差し出すと、モーリオンはうっとりと頬張る。
かなり気に入ったみたいです。
「トール、私も一口もらってもいい?」
サラがそんなモーリオンとラウルを見比べて苦笑を浮かべながら言ってきた。
「うん、ラウルがあんなになっちゃうくらい辛いから気をつけてね」
ラウルはウエイターにもらったコップの水に舌をつけて辛いのを抑えようと必死だ。
お前はネコか?イヌか?
このキーマ、そこまで辛い?
サラは俺が差し出した皿を受け取るとライスと混ぜて食べてみる。
「あら!ほんと辛いのね!・・・でも、うん、美味しい!辛くても泣いたり騒いだりするほどじゃないわね」
「ほほう、私も一口いいですか?」
「うん、セレンも食べて食べて!」
「・・・確かに辛いですが・・・泣くほどのことではありませんね。辛いだけではなく、旨味も十分あります」
「でしょー!でしょー!」
俺はライスでも食べてみる。
「やっぱ、ウマーーー!これくらいの辛さでヒーヒー言ってるラウルの舌はお子様舌なんだね!」
「お子様舌って何だよ」
ラウルがまだ涙で潤んでる目で睨んできた。
「お子様舌はお子様舌だよ。大人なら美味しいって感じるものが美味しくないんだなー。このキーマが辛くて食べられないのは舌がお子様なんだね」
俺はチラッと酔っ払いに視線を一瞬だけ向け、ラウルに向き直るとニンマリ笑ってそう言う。
すると、
「おお!嬢ちゃん上手いこと言うなぁ!」
「お子様舌か!なるほど!」
それまで騒ぎに巻き込まれないように静かに食事をしていた人が会話に参加してきた。
「この味がわからないのは大人じゃねぇってことか」
ガッシリとした体格の冒険者のおっさんがそう言うと、
「確かにうちの子供もこの店には何度も来てるが未だこれが食べられねぇからな」
ガッハッハーと笑いながら職人風の親父が返す。
「大人は常連になると平気でこれ以上の辛さのものも食べますからねぇ」
さらに学者っぽい兄さんがうんうんと一人頷きながら加わってくる。
「初めて食べるとこの辛さに吃驚はするけれど、この店には辛くない煮込みもたくさん種類があるからね。慣れてない人は店の人が勧める物から慣れて行くといいのさ」
恰幅のいい肝っ玉母ちゃんみたいな女の人がそう言いながら鍋を愛のメモリーなウエイターに渡した。
この店お持ち帰りができるのかも!?
「それを初っ端から辛いものに手を出すなんて・・・あんたらは阿呆かい?」
肝っ玉母ちゃんは腰に手を当て酔っ払いを見下した。
「何だと!このアマ!」
「もっかい言ってみろ!」
憤る酔っ払いに怯みもせず、
「あぁ、何度でも言ってあげるよ!あんたらは阿呆だよ。いい大人がなんだい、こんなちっさいお嬢ちゃんが平気で食べてるものが食べ物じゃないだって?毒だって?注文の時にちゃんと説明は聞いたのかい!?店の者の言うことを聞かないでキーマを頼んだのはあんたらだろう!?それを辛いだの何だのって・・・ふざけてるんじゃないよ!!」
肝っ玉母ちゃんは一気に捲くし立てる。
肝っ玉母ちゃん・・・カッコイイ!
・・・俺のことちっさいお嬢ちゃんて言ったけど。
でも、俺がやんわり厭味ったらしく言おうと思ってたことを殆ど全部直球で言っていただけました。
あれ?・・・ってことは、俺の出番てもうないの?
「この野郎・・・」
酔っ払いの怒りのボルテージはうなぎ上りのようです。
3人ともが立ち上がっちゃったよ。
ちょっとやばい状況かな・・・
ラウルたちもすぐに動けるように身構えて準備してる。
「あたしは女だからね、"野郎"じゃないのさ!」
でもその準備は無駄になった。
肝っ玉母ちゃんがファルシオンを構えてるんですけど!
てか、それ、どっから出した!?
「ふん、元Lv7の冒険者をなめるんじゃないよ!」
この狭い店の中で軽々と扱ってます!
あふれ出る殺気が半端ねぇ!
肝っ玉母ちゃんの冒険者レベルにびびったのか、殺気にびびったのか、酔っ払い3人は逃げ腰になり、
「お・・・おぼえてろ!」
悪役のキメ台詞・・・だっけ?を言い捨てて転がるように店を出て行った。
「悪いけど、もう忘れたねぇ」
ニヤリと笑ってそう言う肝っ玉母ちゃん・・・超カッコイイ!
ヒュンッ!
と、ファルシオンを一振りして俺に向き直った肝っ玉母ちゃん。
あれ?
ファルシオンはどこ行った!?
吃驚して見つめている俺に肝っ玉母ちゃんは、
「お嬢ちゃん、怖がらせちゃったかい?ごめんよ、あいつらの阿呆さ加減に久しぶりにキレちゃってさ」
そう言ってウインク一つ。
「いえ、大丈夫です。でも・・・おばさんすごいね!」
「そんなことないわよ。お嬢ちゃんのほうがすごいわ。こんなに小さいのにあんな阿呆に喧嘩売るなんてね。そのつもりで同じ物頼んだんでしょう?」
「うん、まぁそうなんだけど・・・全部おばさんに持ってかれちゃったよ」
俺は苦笑を浮かべた。
「それからさ、俺、男だからお嬢ちゃんじゃないんだよね」
「おや?それはすまなかったね。あんたがあんまり可愛らしいからすっかり女の子だと思っちゃった。ごめんよ、坊ちゃん」
「いや、坊ちゃんもちょっと・・・俺、17歳だから、ここではもう成人だから!」
そう言うと、
「嘘ッ!?」
肝っ玉母ちゃんが驚いて、初めて退いた・・・
俺ってそんなに年相応に見えないのか?
退くほど若く見えるのか?
・・・なんだかなぁ。
俺はふかぁく溜息を吐くと途中だった食事を再開するためにテーブルに・・・・・・いぃっ!?
「ちょ!俺のキーマ!」
俺の愛するキーマが半分以上、俺の愛するドラゴン様に食われていた。
あわてて皿を持ち上げ立ち上がる。
モーリオンがテーブルの上で恨みがましく見上げてきた。
「睨んでもダメ!俺、まだ2口ほどしか食ってないんだぞ!」
俺は手早くライスと混ぜると味わいつつも一気に口に運んだ。
やっぱうまーい!
スパイスは必須だよなぁ。
売ってるのかなぁ。
売ってなかったらこの店で分けてもらえないかなぁ。
――我も食べたい・・・それは我のだ――
「モールはもう半分以上食べたでしょ?だからこれは俺の分なの!」
そう言って最後の一口を頬張った瞬間、
「むぐっ!?」
モーリオンが勢いよく顔面に飛びついてきた。
その反動で俺は後ろにひっくり返ってしまう。
背中はちょっと打ったけど何とか受身が取れた。
でも、後ろにあったテーブルとか椅子を巻き込んでいて、埋まっちゃってるんですけど?
抗議を込めた視線でモーリオンを見たら・・・
あれ?
何か、目が半眼なんですけど?
何か、ふらついてるんですけど?
・・・もしかして酔っ払ってる?
え?
ドラゴンが酔っ払ってる!?
まさか・・・ネコにマタタビ、ドラゴンにスパイス!?
驚いて見ていたらモーリオンは俺の口に噛り付いてきた。
「ぁむ!?」
モーリオンの舌が俺の歯列を割って口の中に入ってくる。
「んんぅん!?ちょ・・・何・・・や・・・んんっ!?」
逃れようとしたらいきなり体が動かなくなった。
モーリオンが魔力を使って俺を押さえ込んだんだ。
なんで?
どうして!?
混乱してたらモーリオンの舌が俺の口の中を舐め始めた。
ねっとりと、口の中を舐めあげる舌に背筋がゾクッとする。
歯列や歯茎、柔らかい粘膜を舌先がくすぐる。
「ふぁ・・・ん」
ちょ!
何?今の声!
やばい!
このままだとやばい!
俺は必死にモーリオンの魔力に抗った。
首がわずかに動き、
「・・・っ!」
モーリオンの鋭い牙が俺の唇を掠め、口の中に血の味が広がる。
その血すらモーリオンは舐める。
うっとりと細めた目が・・・・・・怖い。
視界がぼやける。
涙があふれてきた。
自由にならない体が、俺の血を舐めるモーリオンが、怖い。
やだ・・・怖いよ・・・モーリオン、もうやだ、怖い!
やめて!
俺が心の中で悲鳴をあげた瞬間、モーリオンが俺から離れた。
俺を縛っていた魔力も消える。
――透流・・・――
モーリオンは戸惑ったような視線で俺を見た。
唇や、指先が震えているのがわかる。
俺たちが見つめ合っていたら、
「大丈夫か!?」
ラウルが椅子とかテーブルをどけて救出してくれた。
「トール?」
俺、今きっと顔色とか最悪なんだろうな。
心配そうにラウルが覗き込んできた。
――透流、すまない。つい・・・それが美味しくて・・・不覚にも我を忘れてしまったようだ――
モーリオンが謝った。
キーマが美味しくて?
我を忘れた?
俺が食べたのが欲しくて襲ったって言うの!?
体が震える。
――透流?――
口の中のが食いたくてディープキスかましたってことかよ!
「モーリオンの・・・・・・ばかぁ!」
俺はモーリオンをガシッと掴むと思いっきり投げた。
目の前にいたラウルの顔面にHIT。
「大ッ嫌い!」
俺は立ち上がると、
「うわぁぁぁぁぁぁーーーん」
泣きながら店を飛び出したのだった。
――透流様!?――
表で待っていたレボが驚いて声をかけてたみたいだけど、それすら無視して俺は町を駆け抜け・・・
気がついたら、
「ここはどこ?」
思いっきり迷子になっていた。
そして目の前にはさっきの酔っ払い3人。
「お嬢ちゃん、さっきはありがとうよ」
「お礼に俺たちが遊んでやるよ」
「楽しもうぜ?」
ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべた酔っ払い3人。
えと・・・
俺って今、ピーンチ?
「遠慮したいなぁ~・・・って、ダメっぽい?」
酔っ払いはニヤつくだけだ。
うん、ダメっぽいようです。
魔術も精霊魔法も威力が強すぎるから街中でぶっ放せません。
スリングも近すぎてダメです。
短剣はあるけど・・・振り回すくらいしかできないんだよね。
・・・ってことは、戦う方法が無い!?
やばいです。
ピンチです。
「誰か助けてー・・・くれる人も無し?」
叫ぼうにも、周りを歩いてる人は俺たちなんてガン無視だ。
「忌み色の厄介事に係わるようなヤツはいないぜ?」
「あきらめな、お嬢ちゃん」
3人が近寄り、その分俺も後退る。
こんな酔っ払いでも冒険者。
3人は俺を囲むように動く。
女の子だったら貞操の危機。
でも、俺は男だから即行殺されるかも。
殺されるわけにはいかないから・・・隙を見つけて逃げなきゃ!
でも、隙ってあるのかな。
でもさ、こんな時にも何処か冷めてる俺ってどうなんだろうな。
思わず自嘲した時だった。
「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~ん」
さかりのついたネコのような泣き声と共に俺の頭上から白い毛玉が降ってきた。
思わず両手で受け止める。
「え?ネコ?」
大きさの割には軽いその毛玉はちょっと不細工なネコっぽくて、種類はヒマラヤンに似ていた。
前には俺を襲おうとしている酔っ払い3人。
俺の腕の中には不細工なヒマラヤン(仮)。
こんな展開って・・・ありですか?
セカンドキッスはカレー味。
なかなか妄想通りに書けなくて大変だった・・・
もっとがんばらなきゃね。
間違い等、お知らせください。