第23話 属性
違うはずなんです。
なんだか息苦しさ・・・というか、呼吸のし難さを感じて目が覚める。
辺りは真っ暗、背中にレボのもふもふ。
俺、いつの間に寝ちゃったんだろう。
それにしても息苦しい・・・・・・
――目が覚めたか?――
モーリオンが俺の胸の上で首をもたげた。
・・・って、息苦しい原因これかよ。
抱きなおして体を起こす。
「・・・っ」
軽い頭痛とめまい。
――大丈夫か?――
「うん・・・だいじょぶ」
こめかみを揉みながら立ち上がると、
――透流様、無理をなさっては・・・――
レボも立ち上がり、俺を支えるように脇に来た。
「ありがと、大丈夫だよ。でも、俺いつの間に寝ちゃったんだろう」
――覚えていないのか?――
「何を?」
――倒れたことだ――
ほえ?
俺が?
モーリオンは溜息をついた。
――あの時のことを思い出し倒れたのだ――
あ・・・思い出した。
セレンがあの時の男の影に重なって・・・・・・
思い出すと体が震える。
――落ち着け、我がついている――
「うん、ありがとう」
大きく息を吐き、モーリオンを抱きしめた。
寝ている3人を起こさないように移動する。
呼び出した水と森の精霊の案内でレボを先頭に真っ暗な森を進むと、川に行き着いた。
――今日ぐらい、ゆっくり休んだらどうだ?無理は・・・――
「無理してないって。寝汗がべたべたして気持ち悪いんだ」
心配するモーリオンをレボの背中に乗せ服を脱ぐ。
毎日風呂に入ってたから体がべとつくのが嫌なんだよね。
できればお風呂に入りたいけど贅沢は言えないし、そもそもこの世界に風呂があるかどうかもわからない。
せめて水浴びくらいはできるときにしときたいよね。
異世界は、生活排水や工場の排水とかを川に流したりしてないから本当に水が綺麗なんだ。
森にあった泉に比べると汚れてる感じはするけど十分綺麗だ。
パシャ・・・ッ
冷たい水に足をつける。
まだ上流域だから流れが速い。
流れに足をとられないように気をつけなきゃ。
冷たい水に浸かるのにも慣れてきたよなぁ・・・
パシャパシャと川を進み、腰くらいの深さに来た時、
「トール!」
いきなり呼ばれて腕を後ろに引かれる。
「え?・・・ぅわっ!」
流れに足をとられて後ろにひっくり返りそうになりたたらを踏むと背後からガッシリ抱きとめられた。
「自殺はダメだ!」
ほえ?
なんですと?
「死んだらダメだ!」
俺を抱きしめながらラウルが怒鳴った。
不貞腐れてどっかり石に座る俺の前に、何故か正座をしてガックリ肩を落とすラウルとその後ろで申し訳なさそうに立っているセレンとサラ。
「・・・それで?」
「いや・・・だから・・・その・・・」
「俺が自殺?」
「だって入水・・・」
「わざわざ服を脱いで?たたんで?Tシャツを持って?」
しどろもどろなラウルを睨め付ける。
「あうぅ・・・」
さらに小さくなるラウルに助けが現れた。
「トール、こいつの早とちりと突っ走りは今に始まったことじゃないんだ。もう許してやってくれないかな」
セレンがそう言ってラウルの頭をクシャッと撫でた。
そのままクシャクシャと撫で続けてるのは・・・手触りがいいのか?
「ラウルね、早とちりで一人で突っ走っちゃう考え無しのおバカだけどトールのことすごく心配してたのよ」
サラが軽くラウルを小突く・・・てかお尻3回くらい軽くだけど蹴ってるし。
二人とも、それフォローになってるようでなってないし。
案の定、ラウル泣きそうになってる。
――透流、ラウルも悪気があったわけではないのだろうそろそろ許してもいいのではないか?――
付き合いの短いモーリオンのほうがフォローになるってどうよ。
俺は溜息を吐き、
「もういいよ、心配してくれてありがとう」
ラウルに笑いかけた。
思いっきり苦笑だったけどね。
「さぁ、朝まではまだ時間があります。もう少し休みましょう」
「そうね、トールも水浴びは朝にして寝ちゃいなさい」
「うん、そうするよ」
俺は腰を上げ、セレンとサラも野営の場所へ向かう。
「ラウル?どうしたの?」
いつまでたってもラウルが立たない。
「ラウル?」
心配になって顔を覗き込んだら
「た・・・立てない・・・・・・」
正座を崩した横座りでラウルは涙ぐんでいた。
まぁ・・・ね?
慣れない人が長時間正座するとねぇ?
俺はニンマリ笑った。
「足が痺れちゃったんだ。ふぅ~ん・・・」
「トール?」
不穏な空気を察し、ラウルは横座りで両手を地面についたまま訝しげに俺を見上げる。
あ、どうしよう・・・
俺ってS属性じゃないはずなんだけどラウルの涙目みたらさー・・・なんてね。
顔見る前からやる気満々だったんだけどね。
ツン。
「ひ・・・ッ!?」
ツンツン。
「はうっ!」
ツンツンツン。
「はうぅ・・・っ!」
いい反応!
チョー楽しい!
「うふふ・・・たーのしーぃ」
「ト・・・トール・・・ちょ、やめ・・・ッ!」
「やだ、やめないー」
両手をワキワキさせたらラウルはジリ・・・ッと後ずさる。
逃がさないもんね。
――透流?何をしている?――
「ん?ラウルで遊んでるんだ。足が痺れてジンジンしてるとこを触られるとかなり辛いんだよね」
――ほほう、それは楽しそうだな――
モーリオンがほくそ笑む。
「うん、楽しいよー」
――こやつは我の透流に抱きついた。そのツケは払って貰おう――
「あ、足先のほうがいい感じだよ」
――そうか――
「な・・・何を言って・・・」
モーリオンの声が聞こえないからさ、ラウル、ものすごく戸惑って・・・怯えてる!
そんなラウルにモーリオンが襲い掛かった。
ラウルの足の上に乗り軽く爪を立てながら踏み踏み踏み踏み・・・
グッジョブ!モーリオン!
ラウル悶絶。
フゥ、いい仕事をしたよね!
俺が出てもいない汗を拭いていると、
「どうしたの?」
「なにをしてるんです?」
セレンとサラが来る。
「うん、ラウル"に"遊んでもらってたんだ」
俺が楽しそうに言うと、地に伏せひくひく痙攣しているラウルを見たセレンが、
「トール、ラウル"で"遊んでいたの間違いじゃないかな・・・」
溜息混じりに呟いた。
翌朝、水浴びを終えて戻ると、
「トール、話があります」
セレンが真剣な目で俺を見た。
俺はモーリオンを抱き、レボと一緒に焚き火の傍に座る。
何か気まずい・・・
おずおずと3人を見ると、セレンがフッと優しく笑い、
「トールを責めるわけじゃありませんから肩の力を抜いてください」
そう言ってくれた。
俺が頷き深呼吸をして落ち着くと、おもむろに切り出される。
「昨日のあの魔法、一体なんだったのでしょうか・・・?」
セレンが真摯な目で俺を見つめていた。
質問の真意がわからない。
俺は黙ったままセレンを見つめた。
「あなたが使った魔法は・・・いや、あれは魔法なのでしょうか。私たちが使うものとは違います。発動する過程も、その威力も、形態も」
ラウルもサラも真剣な顔で俺を見ている。
「トール、あなたは何者ですか?」
あぁ・・・そうきたか。
俺が何者かなんて・・・そんなの・・・
「俺はただの人間だ。それ以上でもそれ以下でもない」
ただの日本の高校生だ。
ちょっと異世界に来ちゃっただけの普通の高校生だ。
セレンは首を振り、困ったように笑う。
「私たちはそれを知ってどうこうするつもりはありません。トールがいい子だってことは知っています。ここ数日の短い付き合いですが、あなたがどんな子かは知っています」
「トール、教えて?このまま・・・何もわからないまま、ごまかしたままあなたと旅を続けられない」
サラが俺を痛いくらいに真剣な目で見る。
「俺はさ、お前が何者であろうとかまわない。ただな、こんなもやもやした気持ちをかかえて一緒に旅をするのが嫌なんだ。だから・・・教えて欲しい」
ラウルが真っ直ぐに俺を見る。
どうしよう、どうしたらいい?
――透流・・・――
どうしよう、この人たちなら話してもいいのかな?
――お前がしたいようにしたらいい。どんなことがあっても我はお前を守る――
うん・・・モーリオンありがとう。
俺の事情を話すのはちょっと怖いけど・・・
もし話して受け入れられなくても俺にはモーリオンやレボがいる。
うん決めた。
「俺の事情、聞いてくれますか?」
俺は今までのことを全部話すことにした。
☆
「トール、もう少し魔力を抑えて!あぁっ!強すぎです!もっと小さく、小さく・・・って!それ圧縮しただけです!」
ドォーーーーンッ!
結界内で大きな爆発がおき、地面が見事にえぐれる。
俺は今、セレンの指導で魔術の精度を上げているところなんだけど・・・
「何故・・・何故できないんですかーーーッ!?」
まったくダメなんだよな。
結界回復修復とかの術は使えるんだけど攻撃に関してはまったく上達する兆しも無い。
「術は展開できるのですから後は精度だけなんですけどね」
セレンが疲れたように溜息をついた。
「結界や回復、治療などの術は繊細な制御ができるのに攻撃だけができないなんて・・・」
「範囲攻撃ならいけると思うんだけどな」
「味方を巻き込む気ですか?」
セレンが呆れたように言う。
「狙ったところに当てられないでしょう?」
はいそうです。
そのとおりです。
「私ではこれが限界。お手上げです・・・」
「ごめん・・・俺、役立たずだ」
謝ると、セレンは俺の頭を撫でてくれた。
「トール、あなたは十分に役に立っていますよ」
「そうかな?」
「えぇ、あなたの神聖魔術に比べたらそこらの神官の使う魔法などゴミです!」
こぶしを握って力強く言う。
・・・何か神官に恨みでもあるのかな。
いつもは優しい目がギラギラしてて怖いから聞かないでおこう。
「それにしても・・・あなたのお父上かお母上は神職者なのでしょうか?」
セレンが小首を傾げる。
「魔力量や魔法の系統は親から子へ引き継がれるものなのです。差異はありますが、魔法使いの家系には魔法使いが、神官の家系には神官がというのがこの世界の理です」
「うーん・・・どうなんだろう。父さんも母さんも普通の人間だよ。父さんは翻訳や通訳が仕事だし、母さんは専業主婦だ。魔力があるようになんか見えないけどなぁ。そもそも、向こうの世界に魔法というものが無いんだよね」
「魔法が無い?」
「うん、そのかわりなのかな、科学が発達してる」
「面白そうですね、詳しく教えてください」
「うん、いいよ」
俺たちがその場に座り込むと、トレーニングが終わったと判断したモーリオンが飛んできた。
モーリオンを膝に乗せ撫でながら俺は向こうの世界のことをセレンの質問に答えるように話し始めた。
そんな事をしていたら、
「おーい、そろそろ飯だぞー」
ラウルがレボと一緒に来て、そのままさりげなく腰を落とし俺と目線を合わせてくれた。
あの日以来、3人は俺が座ったりして体を低くしている時に見下ろさなくなった。
本当に優しい人たちだ。
「何話してたんだ?」
「向こうの世界のことをつらつらと・・・」
「かなり興味深いですよ」
「へぇ、面白そうだな、俺にも聞かせてくれよ」
そのまま腰を落ち着けようとするが、
「いいけど・・・ご飯なんでしょ?」
「・・・あ、そうだった」
中腰状態で止まる。
「それじゃ、食事の後にでもまた聞きましょう」
そんなラウルにセレンがつかまって立ち上がったりしたから・・・
「うわっ!」
そのまま前に倒れてしまった。
「んじゃ、話の残りは後ってことでー」
俺も立ち上がり、ラウルをまたいでレボの横に立つとモーリオンがラウルをわざわざ踏みつけながらこっちに来た。
その様子が嬉々としていて・・・
「モーリオン、楽しそうだね」
――うむ、何故だかわからぬが、こやつが面白いのだ――
そう言うとラウルを踏み台にして跳びあがり俺の腕の中に来る。
そのときに軽く爪を立てたらしく、
「いて!」
と、ラウルが小さく悲鳴を上げた。
「あー、それわかる」
モーリオンを抱きしめながら頷く。
「ラウルってさ、何か弄りたくなるんだよね」
「なんだよそれ!」
ラウルが体を返し俺たちを見て叫ぶ。
「モール、今日のご飯はなんだろう?」
――レボが鳥を何羽か獲ってきていたからな。たぶん鳥料理だと思うぞ――
「鳥かー、俺、皮のぶちぶち苦手なんだよね。できれば煮込みより焼いたのがいいな」
――そうだな。透流の好きなものならいいな――
「うんうん、どうせなら好きなもの食べたいよね」
モーリオンと話しながら野営地に向かう。
「・・・って!俺のこと無視するなぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんなラウルを哀れむようにレボが見ていたことを俺は後からレボに聞いた。
「透流様、私は彼を見ていて可哀想になりましたよ・・・まぁ、見ていただけですが」
慰めなかったらしい。
絶対にS属性じゃないはずなんです!
間違い等ございましたらご連絡ください。