第19話 救世主の剣(side浩輔)
浩輔&朱里サイドです。
「まるで学芸会だな」
俺は溜息をつくと腰の皮ベルトを締めた。
適当すぎるノック音の後、俺の返事も聞かずに朱里が入ってきた。
「あら、よく似合ってるわね。まるで学芸会の王子様みたい」
「・・・言うな、自覚はある」
俺はこの世界の衣服を身に着けている。
所謂チュニックというものだ。
なんでも救世主の色とかで、濃い臙脂色に金で刺繍がしてある。
微妙に派手だ。
下衣が普通のズボンだったことが唯一の救いかもしれない。
「カボチャパンツじゃないのが残念ね」
「うるさい。お前こそ何だよそのドレスは」
華美ではないがものすごく高級そうなモスグリーンのドレス。
「似合うでしょう?」
朱里はくるっとターンを決めた。
「馬子にも衣装」
「ふぅ・・・ん、どの口がそんなこと言ってるのかしら?」
「この口」
「・・・・・・ま、いいわ。浩輔に何言っても無駄だもの」
「つき合いが長いですからね、姫君」
胸に手を当てていかにも騎士っぽくにこやかに礼をとると、
「そうですわね、王子様」
朱里はドレスをつまんで腰を屈め上品に礼を返した。
「でも・・・」
と朱里は嫌そうな顔をする。
「そんな格好で浩輔がそれすると嵌りすぎて嫌味だわ」
「その言葉、そのまま返すよ」
ほんと、似合いすぎて嫌になる。
俺たちはしばしお互いに見やり、
「「不毛だ」わ」
溜息をついた。
ノック音。
「はい」
返事をすると聖巫女のリーゼロッテが女騎士のアメリアを伴って入ってきた。
「準備は整いましたか?」
「ええ、慣れない衣服なので手間取りましたが・・・」
「まぁっ!侍女は何をしていたのかしら」
「いえ、僕が一人で着ると言って手伝いを拒んだんです」
「そうですか・・・」
リーゼロッテが俺をまじまじと見る。
「・・・?おかしなところがありますか?」
「い・・・いえ、とてもお似合いです」
「・・・ありがとうございます」
礼を言い笑いかけると、リーゼロッテは俺を見たまま動かなくなった。
何なんだよいったい・・・
クスリ・・・
小さな小さな笑い声。
釣られて朱里を見ると、リーゼロッテを見ながら微笑んでいた。
一見穏やかに微笑んでいるように見えるが目が笑ってないんだよな。
付き合い長い俺だから気が付くことだけど・・・お前、怖いよそれ。
「リーゼ様、お時間が・・・」
動かないリーゼロッテをアメリアが促す。
「あっ・・・そうでした。コースケ様、アカァリ様ご案内いたします」
この世界の人には俺たちの名前は発音し難いらしい。
俺たちは頷くと、先導するリーゼロッテについて部屋を出た。
歩きながら考える。
聖巫女、リーゼロッテ・ヴィージンガー、14歳。
ヴィージンガー公爵家の娘。
神の声を聞き、俺たちを召還した張本人。
朱里を見慣れている俺でも一瞬目を引かれたほどの美少女だ。
女騎士、アメリア・マランゴーニ、確か22歳と聞いた。
地方貴族の出身らしい。
隙の無い身のこなし、かなりの使い手だろう。
聖巫女の護衛のようだ。
彼らに対し思うことは多々あるが、今は透流を見つけ出すことが先決だ。
元の世界への帰りかたとか救世主とか魔王とか、問題は山積みだが、一番は透流の安否。
せめてどっちの方角にいるかがわかればいいのだが、漠然と、透流の気配とその存在を感じるのみなのがはがゆい。
案内されたのは神殿の一室。
召還された地下や、一般に開放されているところではなく、奥まった場所だった。
祭壇の上には一振りの剣。
細かな細工が見事な白銀の鞘に収まった・・・たぶんあれが救世主の剣だ。
そしてその脇には神官長のキーファがいる。
神官長、キーファ・ガルドゥーン、28歳。
王族の傍系らしいが・・・
朱里曰く、チャラ男。
何を考えているのか、掴み所が無いのが不気味だ。
剣を手に取り、
「では、救世主殿、こちらへ」
キーファが俺を呼ぶ。
さぁ、最初の試練だ。
救世主か否かが試される。
絶対に乗り切らなければ!
祭壇の前、手渡された剣のグリップを握る。
力を入れるが鞘から抜ける気配すらない。
俺は目を閉じた。
俺は確かに救世主じゃない。
お前を使うに相応しくは無いだろう。
しかし!
俺は、俺の大切な人を守るためにお前が必要なんだ!
その瞬間、瞼の裏が焼け付くような光。
そして、気がつくと俺は不思議な空間にいた。
真っ白い空間の中央に豪華な長椅子。
優雅な曲線を描く金の枠に金の刺繍が施された赤いビロードの座面と背もたれ。
シルクのクッション。
そして、そこに座る美少女。
見事な白銀の巻き毛を長く伸ばし、煙るような大きな銀色の目で俺を見ている。
年は7~8歳か?
着ている服はレースとフリルをこれでもか!っとばかりに使いまくった真っ白なロリータファッション。
頭には同じデザインのボンネット。
いや、ゴスロリか?
付けてるアクセが十字架とか髑髏とか・・・ハードだぞ?
厚底な真っ白いブーツに付けられたビスとかチェーンが・・・・・・
なんという違和感。
ここって異世界で、文明文化は中世ヨーロッパだよな?
どう見ても、この少女が着てる服とかアクセサリーは現代(・・・よりもちょい前か?)のものだろう!?
なんか・・・嫌な汗が出てきた。
俺が固まっていると、
「妾の眠りを覚ましたのは誰じゃ?」
少女がしゃべった。
い・・・違和感!!
何で"妾"?
「妾が待っておるのはそなたではない!疾くと去ね!」
きつい目で俺を見る。
・・・待っている?俺じゃない?
もしかして、この少女が救世主の剣?
そうだったら・・・・・・
「俺は去るわけには行かない。あなたの力が必要だ」
そう、絶対に必要なんだ。
救世主の剣を手に入れなければ俺は救世主になれない。
「ふん、身の程知らずめが。妾は救世主の剣ぞ?そなたは救世主ではなかろう?」
疑問系ではあるがきっぱりと否定している。
「あぁそうだ、俺は救世主じゃない。だが、あなたを手に入れて救世主になる」
「笑止なことを言う。どう足掻いたとてそなたのような者が救世主になれようはずがない」
少女は嘲笑した。
「疾くと去ぬがよい」
少女が指差すと、そこに扉が現れた。
「俺はあなたを手に入れるまでは絶対にこの場を去らない」
俺は少女をじっと見た。
「俺はやらなければならないことがある。そのためにはあなたが必要なんだ」
少女も俺をじっと見る。
「頼む!どうか俺に力を貸してくれ!!」
懇願するが、
「無理じゃ。妾は救世主のための剣。妾が今ここに在るのはリィン・・・先代の救世主との約定を果たすため」
少女は静かに言った。
小さな両手を胸に当て、目を伏せて優しい微笑を浮かべている。
「約定・・・それはどんなものなのですか?」
少女は顔を上げ俺を見る。
「次代の救世主をお守りする。それが妾の使命じゃ。妾は救世主を守る者」
それは凛とした顔で、俺は知らず見惚れてしまった。
「無礼は許す。去ぬがよい」
扉を指差す。
でもね・・・
「そうするわけには行かないって、俺も言ってるだろう?」
俺はにっこり笑った。
俺の笑顔を見て少女は顔をしかめる。
お、この反応は初めてだ。
「そなたは戯けか?」
「あなたの立場はよく理解してるよ。だからこそ協力を要請する。俺に力を貸してくれ」
少女は怪訝に眉をひそめた。
「俺の目的も救世主を守ることにある」
「・・・・・・どういうことじゃ?」
俺は頷くと、今までの経緯を少女に説明したのだった。
「なるほど、よくわかった。そのようなことであれば力を貸すこともやぶさかではない」
「・・・条件があると?」
「賢い子は嫌いではないぞよ?」
少女は楽しげに笑う。
賢い"子"って・・・
まぁ、この少女、見た目の年齢じゃないってことくらいわかるけどさ、なんかやっぱり・・・違和感。
「条件は、そなたらが帰るとき、妾も連れて行くことじゃ」
「まぁ、それくらいなら・・・・って、えぇ!?」
「そなたの話を聞きわかったことがある。リィンはそなたらの世界から来たのだと」
「リィン・・・先代ですね」
「うむ、妾の契約者、唯一無二の存在じゃ」
「連れて行ってもらえなかったんですか?」
「だからここにおろう?リィンめ、銃刀法違反になる、そう言って妾をここに置いて帰ってしまったのじゃ」
銃刀法違反・・・・・・
リィンは日本人?
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
「あなたが身につけているドレスやアクセサリーは・・・」
「おお、これかや?よく似合っておろう?リィンがこの方がいいと形作ってくれたのじゃ。リィンも可愛いと褒めてくれたぞ」
少女はものすごく嬉しそうにそう言った。
ほぼ確定。
リィンは現代日本のロリコンと呼ばれる種族だ。
先代救世主が活躍していた時と今ではものすごく時代が離れてるってのが疑問だが、異世界と俺たちの世界では時間の流れが違うのかもしれない。
こっちの数日があっちの数時間とか?もしかして数分ってのもありえる・・・
・・・ってことは・・・なるべく早く帰らなきゃやばいってことだよな?
年取って戻るのは嫌だぞ俺!
俺が頭をかかえていると、
「アリアンロッド」
「え?」
「妾の名はアリアンロッドじゃ。リィンが付けてくれた」
名前を教えてくれた。
「そなたの名は何じゃ?」
「あぁ、俺は高垣浩輔」
「ふむ、浩輔じゃな」
「あれ?まともに名前発音してる?」
「あたりまえじゃ。人と同じに考えるでない」
少女は得意げに言う。
「妾はすでにリィンと契約を結んでおる。契約は生涯に1度きりじゃ。よって、そなたとは結ぶことはできぬ。だが、"紛い"なことはできよう」
少女は扉を指差し、
「戻るがよい。そして妾を抜け。妾はそなたに力を貸そうぞ」
蠱惑的な笑みを浮かべた。
「ありがたき幸せ」
俺もにやりと笑うと少女に騎士の礼をとり踵を返し、扉をくぐった。
目を開ける。
あの空間に俺はどれくらいいたのだろう。
周りの様子から数秒もなかったのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺はグリップを握り直し一気に剣を引き抜いた。
あっけないほど簡単に鞘から抜けた剣は眩しいほどにきらめく。
鞘と柄の拵えは白銀。
そしてその刀身は傷一つ、曇り一つないクリスタル。
強大な魔力を帯びた美しいロングソードだ。
感嘆の声が周りから聞こえる。
「救世主コースケ様・・・・・・」
リーゼロッテが呟いた。
俺は剣を鞘に戻す。
ありがとう、アリアンロッド。
透流を守るためこれからよろしく頼む。
――わかっておる、安心して妾に任せるがよい――
剣から思念が流れてきた。
このままでも話せるのか。
――そなたが妾に触れておればこうやって会話は可能じゃ――
便利だな。
・・・まてよ?
そうすると、触っていると俺の考えとか全部読まれるのか!?
――なんじゃ?よからぬことでも考えておるのかや?――
アリアンロッドがコロコロと笑う。
――安心せい、そなたの考えなど読めても読まぬわ――
左様でございますか。
俺はこっそり溜息を吐いた。
祭壇の前を辞し、朱里の横に戻る。
強い視線を感じる。
キーファだ。
緊迫した空気。
それを破ったのは聖巫女だった。
ある意味KY?
「これでコースケ様が救世主だと証明されました。城に戻り救世主襲名の披露を・・・」
「その前に!」
キーファがリーゼロッテの言葉を遮った。
「コースケ殿、アカァリ殿、お二方にお話があります」
「今でなくてはいけませんか?」
リーゼロッテがキーファをにらむ。
「はい」
「では、どうぞお話ください」
聖巫女は神官長よりも立場が上なのだろうか?
不機嫌さを隠そうともしていない。
「いえ、少々長くなりますので私の執務室へ行きましょう」
キーファに促され俺たちは後に続く。
「あぁ、リーゼロッテ様は王にご報告をお願いします」
キーファは立ち止まり、リーゼロッテに言った。
「救世主襲名披露の準備もありますでしょう?お二方は話が終わり次第そちらへお送りしますのでご安心を」
優しく笑いながらも有無を言わせぬ威圧感が微妙に出ている。
リーゼロッテは一瞬顔色を変えたが、
「そうですね、陛下には私がご報告いたしましょう」
踵を返し、毅然とアメリアを伴って城へと帰っていった。
「さて、邪魔もいなくなったことですし、さっさと行きますよ」
口調変わってるし、邪魔て・・・はっきり言うな、こいつ。
俺は朱里と顔を見合わせ頷きあうとキーファについていった。
キーファの執務室は召還された時に通された部屋の隣にあった。
たぶん向こうのドアで繋がってるんだろう、そんな感じのつくりだ。
勧められるままソファに座る。
「さて、話をする前に・・・」
キーファが何事かを呟くと、
キ・・・ンッ
甲高い音がして部屋が何かに包まれる。
「これで盗み聞きも覗き見もされる心配が無い」
「盗み聞き?」
「君たちも気がついているんじゃないかな?天井裏の存在に」
キーファはにこやかに笑う。
朱里が頷いた。
「えぇ、気づいています。でも、いいのかしら?さっきのは魔法でしょう?こんなことをしたら・・・」
「大丈夫ですよ。彼らは幻影を見ています。彼らの目には他愛も無いおしゃべりをしている私たちが見えています」
「ここまでして僕たちに話したいことってなんですか?」
俺がそう問うと、キーファは朱里に見せていた笑みそのままに俺を見た。
「コースケ殿、あなた、救世主ではありませんね?」
疑問系をとっているが断定された。
「どうしてそう思うのですか?僕はこうやって救世主の剣も手に入れました。僕が救世主ではないと言われる意味がわかりません」
やばい気がする。
「そう・・・だね。確かに君はその剣を抜くことができた。だが、最初は抜けなかった。違うかい?」
俺はキーファをじっと見つめた。
キーファも俺を見ている。
そして、そんな俺たちを黙って見ている朱里。
キーファ・・・こいつだけはごまかしきれないかもしれない。
俺は溜息をついた。
「最初は抜けなかった・・・ですか。見られているとは思っていましたが・・・」
「認めるんだね?」
「ええ。ですが、結果的にはこうやって剣を手に入れています。これではいけませんか?」
「いけなくはないよ。剣を抜いた時点で君は救世主だ」
キーファは笑みを絶やさない。
「コースケ殿・・・」
「浩輔で、呼び捨てで構いません」
「ではコースケ、何故君は自分が救世主だと偽った?」
「透流を守るためです」
「黒髪、黒い瞳の君たちの友人だね。・・・そうか、やはり彼が救世主なんだね」
「・・・やはり?」
「君たちから彼の特徴を聞いたとき、彼が本当の救世主なのだろうと思ったからだよ」
「どうしてそうだと思ったのですか?」
俺たちの会話を黙って聞いていた朱里が問う。
「他の人は浩輔くんが救世主だとすぐに受け止めていました。あなたは違ったのですか?」
「私も最初はコースケが救世主だと思った。しかし、共にこちらに来たという友人の特徴を聞き、違うと感じた・・・いや、わかった」
「何故?」
「救世主は黒髪黒目だと決まっているのか?黒は忌み色なのだろう?」
貸してもらった歴史書にもそんな記述はなかった。
まして、救世主が忌み色を持っていたら、今、忌み色などというものはないはずなのでは?
「これはね、神官長にだけ口承で伝えられることなんだ。表の歴史には出ていない」
口外無用だよとキーファは俺たちを書架の前に誘った(いざなった)。
数冊の本を動かすと、書架全体に魔方陣のようなものが浮かび上がる。
「ここで見聞きすることは口外無用だ」
書架が二つに別れ、その裏に空間が現れる。
その奥の壁に1枚の大きな絵画。
長い黒髪黒い瞳、アリアンロッドを地に突き・・・
「この方は先代の救世主リィン様だ」
臙脂のドレスを身に纏い、純白のドラゴンに寄り添うように立つ小柄な・・・
「透流くん・・・?」
透流によく似た・・・いや、そのものな少女が微笑んでいた。
剣擬人化ロリ少女姫言葉は王道ですよね!
斜め下ばかりじゃなくたまには王道も行かないといけないと思いました!なんとなく。